81話 人格交代のことに気を遣っているみたいだ。
「やっぱりね……」
ゴブリンは溜息をつくと、またか……みたいな表情で冷たい眼差しを向ける。
やっぱり、本当のことを言ったほうが良いのか。
モルフェウス界の話は嘘みたいな話だから、信じて貰えるか不安だ。
「実はモルフィンって言うのは、昔飼ってた犬でさ……。昨晩みた夢の中に出てきたんだ」
この方がしっくりくるな。
「飼ってた犬……」
「それは可愛い四国犬だった。あんなに可愛がったのにフィラリアで亡くなって……悲しかったなあ」
遥か遠くの方を見るような眼差しを意識して、遠くの方へ視線を泳がせた。
「……」
ゴブリンは俺のそんな様子をじっと観察している。
「この建物は不思議な力があるから夢は現実にも影響を及ぼすんだって、それをくれたんだ」
なかなか、いい話を作れた。
「夢は現実に影響を及ぼす……不思議な力」
ゴブリンは俺が言った言葉を反芻すると、何だか嬉しそうな表情になった。
「今朝、お兄ちゃんが夢に出てきたんだ。一緒にお兄ちゃんの家に行って……お茶飲んで……」
ああ、一緒に行った時のことを話してるのか。
「そっか。それは、何か影響あるかもしれないな」
全部嘘だけど、嬉しそうだからいいか。
肩叩き機と言った事だって、魔法が使える俺じゃないと変身するものだと気付かれるはずがない。
ゴブリンは、おもちゃのステッキをジッと見つめて何か考えている。
「お兄ちゃんはさ~。この肩叩き棒を使おうとして、また気絶しちゃったんでしょ?」
「ん~、まあ……そうだよ。肩が最近凝っちゃうから……。でも、使えないからしまっておこうかな」
いろいろ詮索されると面倒だから、ゴブリンから返して貰おうと手を伸ばす。
「私が魔力のコントロールを少し教えてあげる。お兄ちゃんは下手すぎるのよ……いい? 見てて」
「へ? ちょっと待って……」
ステッキに魔力を通されたらやばい。
ゴブリンの身体から魔力が見えた。
サラサラしてるけれど、少しだけまとわりつくようなそんな魔力。
途端にゴブリンの身体が虹色に輝いた。
パジャマ姿だったのにシルエットが変わる。
胸の所に赤い宝石が現れて、リボンのようなものが身体を覆っていく。
髪が伸びて赤色に……、胸も大きくなって大人な女性のゴブリンが目の前に現れた。
可愛いというより、美しい……セーラー服姿の女性。
眼光が鋭く、神々しささえ感じる。
「何、これ? お兄ちゃん……。力が湧き出てくる……これは……」
ステータスが2倍になるって言ってたから、力が湧き出てくるのか。
途端にその女性の表情が曇ってくる……嘘がばれた。
「……ごめん。嘘なんだ」
俺は頭を下げて神速の謝罪を繰り出した。
ゴブリンからの世にも冷たい目線……強烈な眼力は背中が凍りつくようだ。
「……」
ゴブリンは何も言ってくれない。
あまりの恐怖で、俺は体勢を土下座に変えた。
その迫力は今までとは全く違った存在。
ゴブリン周囲からは風が巻き起こってきているのを感じる。
俺は殺されるのか。
何か言わないと……。
「ゴブリンと一緒に行った実家、俺も覚えてるんだ」
「え?」
顔をチラッと上げると、驚いた表情をしていた。
「あれは……神様の魔法みたいなもので、本当に一緒に行ったし……親にも会ったし、話もしたんだ」
「それは、さっき私が言ったからで……嘘なんでしょ? 証拠は?」
ゴブリンは俺の言ったことを、真っ先に疑っている。
当たり前か。
「えっと……ゴブリンが服を着せようとして骨折れちゃって、ダレンさんが治したっていうの知ってる」
「実は起きてたんでしょ? 寝たふりよ」
寝たふりで、骨が折れたのに気付かないふりできるなんてそっちのほうが凄い気がする。
でも、信じてくれないのもわかる気がした。
嘘つき過ぎだ……。
「んと、家の親がゴブリンのことをリンちゃんって呼んでた……。あとゴブリンは家の親の靴を借りた」
これは一緒に見ないとわからないことだ。
「……」
ゴブリンは考え込んでいる。
そうか、ひょっとしたら……。
ゴブリンの鋭い眼力から解放された俺は、そっと立ち上がって歩き出す。
自分のベッドから魔法バッグを持ってきた。
ゴブリンの前でゴソゴソと中をまさぐってみる。
「あった、証拠」
「証拠?」
ゴブリンの前に出して見せる。
俺の高校の時の靴と、俺の母親からゴブリンがもらった靴。
「それは……」
「そう、夢の中で貰った靴だよ」
おもちゃのステッキがこっちの世界にあったのだから、他のモノもあるんじゃないかと思った。
尚も考え続けるゴブリン。
俺の言動をまだ、信じきれていないのか?
この姿のゴブリンは変身前の甘さが感じられない。
靴のサイズだって夢の中と一緒だし……疑いようがないだろう。
その時、おもちゃのステッキからピシッと音がした。
ステータス上昇は2倍じゃないのかも……。
ステータスを見てみようと思ったが、頭の中でバチッとした感じがして見ることができない。
ステッキに更に亀裂が増えていき、やがて砕け散った。
散らかることなく、光の粒子となって消えていくその破片。
掃除をしなくて良いのは便利だ。
ゴブリンの身体は途端に元に戻っていく。
「え? 何?」
胸も小さくなり、髪の色も黒く……風の流れが止まり、力も急激に小さくなっていくのを感じる。
格好もセーラー服から元のパジャマに戻った。
ゴブリンは突然の身体の変化に驚いている。
「ゴブリンの力に耐え切れなかったんだな……きっと」
俺は感じるがままに、言葉にした。
「ごめんなさい……壊しちゃって……」
「ん~、大丈夫。俺には使えなかったし……元々、使うつもりなんてなかったから、要らないものさ」
そうだ、変身するつもりなんてなかった。
夢か現実か知りたかったから、しょうがなく使ってみたんだ。
それに、モルフェウス界に行ったらいくらでもくれそう……全然、大したことじゃない。
「お兄ちゃん、夢の世界のこと本当だったのね……」
「だから、そうだって言ってるじゃん」
こっちのゴブリンの方が怖くない。
壊してしまったことで、ゴブリンに引け目ができた。
嘘をついたことも、これで帳消しになったかもしれない。
「お兄ちゃん……何で私に嘘つくの?」
何で? 何でだろう。
「男の人ってのは、小さい嘘をたくさんつきたくなるもんなんだよ」
きっと間違っていない。
「男の人は調子がいい人が多いってことなのかしら?」
それも、きっと間違っていない。
そこに、ベルさんが戻ってきた。
Tシャツにジーパンという、何だか今までとは違った出で立ち。
「ベルさん、朝の準備終わったの?」
「ええ、今日は男の人がこの身体を使うから、ファッションも気を付けてきたの」
人格交代のことに気を遣っているみたいだ。
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