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80話 モルフィンをダレンさんって言ったのがいけなかった気がする。



 徐々に重くなってくる彼女の身体。


 床から感じる冷ややかさ。


 太ももに伝わる熱い感触……。


 ベルさんの香りと透析機の音。


 俺の頭はまだ低稼働だ。


 それでも、ベルさんが俺の上に乗っているのは分る。


 心臓マッサージにはこの体位以外にないだろう。


 けれど、電気ショックには要らない体位だ。


 ベルさんだって感電するし、何のメリットがあるのだろう?


 彼女の熱く柔らかく……潤った太腿は、ジャージ一枚を隔てた向こう側。


 上半身の薄っぺらな布は身体から垂れ下がり、丸みを帯びたふくらみを懸命に隠している。


 感触と視界から導き出された姿は、Tシャツとパンツの薄着な格好。


 きっと、俺の不整脈を感知して飛んできてくれたのだろう。


 人型になる時に自己放電というのを覚えたから、解ってしまうっぽい。


 しかし、太腿に寄り掛かる素敵な熱くて柔らかな感触は、苦痛へと変わっていく。


 自分より全てが大きな女性の身体……。


 身長も大きく、骨格もがっしりしている。


 大きい胸やお尻は重りでしかない。


 ひ弱な俺を柔らかくヘビーな苦痛が襲う。


 俺の太腿はベルさんの体重に耐えきれない。


 その時、ベルさんが何か言葉を発した。


「サイナス、ハートレート60。サチレーション100%、アーテリアルプレッシャー120、60……」


 アーテリアルプレッシャー?


 動脈圧が測れるんだ。


 心拍数や血中の酸素飽和度はそんなでもないけど、心電図や動脈圧波形が見れるのは凄いかも。


 動脈圧波形は動脈に針を刺して、管を入れないと見れないし……入れられるのも怖いし痛そうだ。


 透析中に動脈圧が見られれば、リアルタイムに血圧が分かって安全に透析ができる。

 

 それはそうと……痛みが強くなってくる……。


 健康な人なら何てことのない重さなのに、筋肉の少なくなった身体にはキツイ。


 けれど、紳士な俺は重いなんて言えずに、表情が苦痛にゆがむ。


「小林さん。どうしたんですか? 苦しい? 痛い? 心電図は問題ないのに……」


 ベルさんが心配そうに俺の上から聞いてくる。


 大腿部が痛くて、モゾモゾ動いてずらそうとするけどあまり効果はないようだ。


「ああ……ん、だ、大丈夫ですか、小林さん……」


 余計に苦しいように見えてしまった。


 重いって言ってしまおうか。


「……お、お、お……お……お」


 俺の迷いと、紳士たるプライドの戦いは呻き声のようなものを生じさせた。


「え? 何? 何?」


 言葉だと思って、必死で聞き取ろうとするベルさん。


 悪気は無いのに、俺を苦しめてる……この存在。


「お……お……おしっこ~」


 俺の紳士のプライドが勝った。


「あ、トイレに行きたくなっちゃったのね……」


 ベルさんは、すんなりどいてくれた。


 重りが取り除かれ、急激に痛みが減少していく。


 ベルさんが乗っていたところだけ温かく、仄かに汗ばんでいた。


 立ち上がった彼女のTシャツの裾下からは、チラチラと黒い下着が見えている。


「そういえば、着替えていたんだった……人格交代もするんだっけ……」


 ベルさんは独り言を呟くと、見えない程の速さで透析室から立ち去っていった。


「お兄ちゃん、おしっこ出ないでしょ……?」


 その様子を見ていたゴブリンがゆっくりと近づいてくる。


 腎不全だから出るはずがない。


「ああ、ゴブリン。おはよう。いい夢見れた?」


 まだ、足が痛いので寝たまま挨拶した。


「おはよ。……普通にどいてって言えばいいのに」


 ゴブリンは俺の様子に気付いていたのか。


「紳士たるもの、重いなんて女の人に言えないから」

 

「紳士?」


 ゴブリンめ、紳士の意味も知らないとは……カトリーヌギフトも大したことないな。


「礼儀やマナーに長けている男性はもっと機転を利かせると思う」


「……」


 俺の紳士度では決して到達できない、ハイレベルな紳士を求めるゴブリンに絶句した。


「あれ? 何か棒が落ちてる……」


 俺が意識を失っている間に、おもちゃに見える変身ステッキは俺から少し離れた所に転がっていた。


 ゴブリンは拾って、不思議そうに観察する。


「何これ? 何か書いてある……ゴブリン語で……」


「ゴブリン語?」


 ただの模様かと思っていたら、ゴブリンの国の言葉だったのか。


「我が弟子マルガリタへ贈る……モルフィンより」


 俺……弟子になるのは断ったはずなのに、何のつもりなんだろう。


「それ、俺のなんだ」


「お兄ちゃんの……?」


 何が不思議なのか、首をかしげた。


「マルガリタって女の人の名前でしょ? モルフィンって人が女の人に贈ってるのに……何で?」


「……マルガリタって、俺の……俺の、……う……ん。あだ名みたいなものかな」


 洗礼名ってのが自分でも良く分からないので、適当に誤魔化した。


「ふ~ん、変なあだ名。女の子みたい……。それに、ただの棒を何するの?」


「えっと……肩を叩くんだ。魔力を込めると自動肩たたき機になるんだって」


 女の子に変身するものだなんて言えないから、嘘をついた。


「肩たたき? こんなのが? じゃあ、モルフィンって誰?」


「えっと……ダレンさん……かな」


 何か嘘に無理が出てきた。


「変なあだ名……。それに、ダレンさんだと気持ち悪い関係……」


「……」


 ……確かに、男同士で棒を贈るなんて仲が良すぎる。


「さーってと、足が楽になったし顔でも洗ってこようかなあーっと」


 話を切り上げて、朝の支度をしようと立ち上がった。


 この話は終わりにしよう。


「ダレンさんにきいてみよーっと……」


 え? 


 それは、まずい……。


 嘘による傷口が大きすぎる気がした。


「……………………ゴメン! 嘘なんだ」


 モルフィンをダレンさんって言ったのがいけなかった気がする。


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― 新着の感想 ―
[一言] ベルさんの方が小林君よりも重いらしいですね。 人間の形した医療機器なので、 必要以上に緊張しますね。 心臓マッサージならともかく 電気ショックには不要な体位で、 必要以上に肉感的な医療機器で…
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