79話 俺はやや鈍った意識の中で、彼女の顔をぼーっと眺めていた。
俺は誰もいなくなった透析室の出入り口の方向をただ眺める。
俺の何が悪かったのだろう。
今度も、ベルさんの俺への好感度はプラスとマイナスを行ったり来たりしているに違いない。
ベッドの上に胡座をかいて、考えを巡らせる。
透析室にはカシャカシャという機械音が響き始めた。
ゴブリンは、相変わらずヨダレを垂らしてよく寝ている。
透析の機械の音は気にならないのだろうか。
透析室から出て行った彼女がいたところからは、仄かに柑橘系の香りがする。
ベルさんが手を握っていたのを考えていたら、一連の向こうでの出来事へ疑いを抱いてしまった。
骨折の痛みさえ残っていれば、もっと信じられたかもしれない。
ゴブリンが握っていた手の感触はどんな感じだったか。
入浴中は覚えているのに、途中からは痛みしか思い出せない。
実際にはモルフェウス界なんて存在せず、全てがただの妄想だったのか。
モルフィンやモルフェウス、そして、実家に帰った記憶は……ただの夢だったんじゃないか?
あんなに苦労したのに夢だったとか……思いたくないのに考えてしまう俺。
出来事を確かめる術……。
ステータスか。
名前 :小林直樹
種族 :人間
ジョブ:なし
レベル:1
HP :103
MP :33
力 :7
敏捷 :7
体力 :7
知力 :30
魔力 :40(腎臓内に10万)
運 :20
ステータスは上がってる……。
上がっているけれど、その他の表示が全くでない。
夢の旅人というジョブは?
モルフェウスから貰った、あの素晴らしい身体のステータスはどこに……。
透析の機械を眺めながら、いろいろ考えてみた。
透析の機械は洗浄を表す青のパイロットランプを点灯させている。
やがて、自己診断へ移行していくとランプは赤と緑の2色の点灯へと変わっていった。
彼等はパイロットランプをチカチカさせて、一生懸命に働いている。
……いっそのことゴブリンを起こして聞いてみようか。
でも、もし本当に全部が夢だったら気持ち悪がられるな……。
俺と一緒にいた夢の中のこと覚えてる? なんて聞いたら完全に変質者と思われるに違いない。
ゴブリンの寝顔をジッと見つめてみる。
だらしない表情だけど、何だか可愛らしくて……どことなく癒された。
やっぱ、これ以上変態のイメージを強くするのは……好ましくない。
それでも、俺の中のモヤモヤした気持ちはどうにも収まりきれず大きくなっていく。
そうだ、確かめる術が一つだけあった。
でも、やり方がわからない。
それでも自然と魔法バッグの中をまさぐってみようという気持ちになった。
何となく手を突っ込んでいると俺の手は何か棒状のものを掴む。
取り出してみると、おもちゃのステッキ……。
これは……。
咄嗟にこのステッキへ魔力を込めようとした。
しかし、思いとどまる……。
モルフェウス界では自分の姿を見ることができなかった。
自分の姿を確認したくて、奥のナースステーションの傍にある手洗い場にある鏡の前まで行く。
鏡に映っているのは、見慣れた自分の顔。
どこにでもある特徴のない男の顔だ。
上半身しか映らないけど……、これで準備は万端。
自分の顔が変わった感じがあったから、自分でも確認してみたかったんだ。
俺はオモチャみたいな60センチほどの棒状の物体に魔力を込めた。
途端に俺の身体が虹色に輝く。
胸の所に青い宝石が現れて、リボンのようなものが身体を覆っていく。
顔も小顔になって、髪は長く伸びていき、胸もふっくらと盛り上がっていった。
下を見ていると、ジャージはなくなってヒラヒラとしたスカートになっていく。
ウエストのくびれもさる事ながら、足も長くなってかっこいいスタイルだ。
すっかり変身が終わると、目の前には見たこともない茶髪の女性の姿が鏡に映っていた。
なんて、可愛いんだ……。
あの時のアレクの反応に納得がいった。
そう思ったのも束の間、全身から力が抜けて変身が解けていく……。
ガクガクと膝は曲がっていき、お尻をペタンと床につけるや否や俺の視界は白くなっていく。
「小林さ~ん」
遠くでベルさんの声が聞こえる。
「ん? ベルさん? お兄ちゃんに何かあった?」
ゴブリンも起きたみたいだ。
そんなこともどこへやら、俺の視界は真っ白になった。
どこまでも真っ白で、真っ白以外には何も見えない世界。
けれど、暫くすると誰かが見えてきた。
赤い髪のあの人が立っている。
「また会ったね」
ベルゼ・バブブ……。
赤い髪がキラキラと煌めいて、漆黒のマントはふわりと柔かで優しい感覚を伝えてくる。
黒いボンテージは素敵な身体のラインをなぞらえて、妖しくも神秘的な美しさを漂わせ続けた。
俺は彼女に……何か、伝えようと思ってたことがあった気がする。
「俺の友達の身体……返してくれませんか?」
トオルの身体がベルゼバブブの所にあると、モルフェウス界で聞いた気がする。
「身体?」
ベルゼバブブは驚いたような表情で聞き返してきた。
今までと違って、今度は話が通じるようだ。
「そう、トオルっていう男の身体……」
「ああ……そういえば、ルシファーがおいて行った奴の名前かも」
思い当たるフシがあるようだ。
「でも、中身は他のことに使っちゃったから……。……でも……う~ん」
他のことに使うって何?
「うん、……わかった。君の頼みだものね……ちょっと、やってみる」
ベルゼバブブがくるりと後ろを向いたかと思うと、ベルさんの声が聞こえてきた。
「ブイエフ! 200ジュール、ショックします!」
「痛ッ」
バシンッという激しい痛みを胸に感じる。
目を開けると、ベルさんの真剣でどこか見とれてしまうような表情があった。
「小林さん、大丈夫ですか?」
俺のジャージのチャックは全開。
ベルさんの手のひらはシャツが捲くりあげられた俺の右胸と左脇腹に当てられている。
セーラー形態への変身には今の俺のマジックポイントでは足りなかったのか。
白い世界には、もう二度と行くことはないと思っていたのに……。
ベルさんの熱い手のひらは汗でジットリと湿っている。
「……ありがとう。ベルさん、助けてくれて……」
俺はやや鈍った意識の中で、彼女の顔をぼーっと眺めていた。
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