77話 俺の意識はふわふわと揺らぎ始め、そのままどこかへ飛んでいった。
モルフィンは更に説明を続ける。
「今の君の剣術レベルは1。切れば切るほど熟練度が上がって、総合能力としてレベルが上がるのよ」
あんなに練習したのに……まだ1?
「剣術レベルが1になったから熟練度見えるようになってるはずよ。手のひらを見つめて念じてみて」
剣術レベルが1にならないと見えないのか。
世の中の剣術ができる人はみんな見えていて……俺だけ知らなかったのだろうか。
唐竹 :300
袈裟切り :175
逆袈裟 :50
右薙ぎ :75
左薙ぎ :75
左切り上げ :75
右切り上げ :100
逆風 :75
刺突 :75
剣術レベル :1
唐竹だけ高校の時にやってた面打ちだから数値が高い。
全部合わせて1000だから、合計した値でレベル上がるのかな……。
「10個の斬撃の平均が100上がるごとにレベルがひとつ上がるのよ」
次のレベルには、熟練度を何でもいいから1000上げればいいのか。
同じ剣術レベルでも、斬り込みの熟練度によっては自分より低い剣術レベルの相手でも負けそう。
「ありがとう、モルフィンさん。俺、頑張って強くなるよ」
「うん、また明日ね」
明日?
「えっと……気が向いたら来るよ」
正直、ミッションは辛すぎて気持ちが疲れた。
「来ないの?」
モルフィンは悲しそうな表情をして、俯いた。
「強くなりたいんでしょ? ……それとも、私のこと嫌いになった?」
ものすごい熱い目線を送ってくるモルフィン。
何が彼女をそこまでして、俺をここに来させたいのだろうか。
「嫌いじゃない。嫌いじゃないけど……疲れた」
「意気地なし。それでも男なの?」
男だけど、1日くらい休んだっていいんじゃない?
「神の寿命って長いのが殆どなのに、娯楽が少ないの。だから、君の存在が私にとってすごく貴重なの」
結局、俺たち生き物は神の娯楽の域を出ないのか。
それに比べて、ダレンさんは何て素晴らしい神なんだろう。
「モルフィンさんにとって、俺は何?」
「ちょっと変わった育成シュミレーションゲーム……」
神様って、俺……好きになれないな。
俺の表情は険しくなってたのかもしれない。
「……じゃなくて……えーと……」
俺の気持ちが伝わったのだろうか、言い直そうとしている。
「……可愛い……えーと、弟子?」
「弟子?」
育成シュミレーションゲームと意味は似ているが、価値は大幅に上昇した気がした。
「うむ、直樹よ。今日から君は私の弟子とする。洗礼名はマルガリタだぞよ」
何か変な演技モードで喋るモルフィンさん。
「え? 洗礼名? 要らない……。それに、その名前女性だし……。弟子はちょっと怖いな」
弟子になったら、師匠からの命令だ、とか言って無理難題を押し付けられそう。
「そっか……。う~ん……。じゃあ、寂しいから来てよ。私って、友達少ないから」
「……」
モルフィンの素直な言葉は、来てやってもいいかなって気持ちに少しだけさせる。
「次は恋愛シュミレーションゲームとか、どうかしら……」
モルフィンはボソっと呟いた。
なんだろう……探究心をくすぐられる……。
そして、危険がなくて、経験値を手に入れられる?
「わかったよ。モルフィンさん、明日もここに来る」
利害一致だ。
「え? ホント? 嬉しい……」
モルフィンは変わった人だし、嘘つきだけど……嬉しそうな表情に偽りは感じない。
神様って、ひょっとしたら想像以上に孤独感が強いのかもしれない。
「ところでさ……どうやって、帰るの?」
来る方法もイマイチわからないが、帰り方はもっとわからない。
「じゃ、また明日ね」
モルフィンは、微笑みながらゆっくりとその熱い手のひらを俺の目の前にかざす。
俺の意識はふわふわと揺らぎ始め、そのままどこかへ飛んでいった。
◇◇◇
気が付くと、覚えのある感覚が自分の下にあった。
布団だってしっかりかけられていて、枕だって頭の下にある感覚がある。
あの世界の実家の前で聞いた……ゴブリンの話が本当なら透析室のベッドなんだろう。
うっすら瞼を持ち上げてみると、まだ透析室は暗い。
照明をダレンさんが暗くしている事を考えれば、まだ朝じゃないのだと思う。
眠りの心地よさに身をゆだねて、このまま朝まで寝てしまおう。
モルフェウス界で貰った身体があまりに素晴らしすぎて、この身体がひどく窮屈に感じる。
だるいし、重いし脆い。
弱いし、きついし、苦しい。
以前よりはずっと良くなっているのだろうけど、腎不全の身体に戻ったのだ。
苦痛を感じないはずはない。
緩やかな眠りの欲求が俺の中で徐々に強まってくる。
熱い体温を手のひらに感じた……。
隣で寝ているのはゴブリンだろうか。
夢の中で味わった地獄つなぎの痛みは、特に今は感じない。
しっかりと繋がれた右手の指先から伝わって来るのは、俺より高い体温の熱っぽい感覚のみ。
ゴブリンが服を着せようとして折れてしまった俺の手は、問題なく治ったようだ。
そして、ステータスの違いすぎる彼女の手の束縛は、やっぱりビクともしなくて振りほどけない。
ダレンさんは、また神界に帰ったのか。
それとも、この透析室のベッドのどこかで眠っているのだろうか。
そんな想いはどこにやら……まどろみきった思考は落ちていく。
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