76話 モルフィンはサービス精神旺盛なのか?
エネルギー波が遠ざかっていくにつれて、辺りには暗闇が戻っていく。
俺は遥か彼方に見えるその光がすっかりと見えなくなるまで、空を眺めていた。
やがて、聞こえてきたのはファンファーレのような音。
競馬場で流れてくるようなエネルギッシュな音楽だ。
この静寂に似つかわしくない、雰囲気をぶち壊す……そんな場違いの音だった。
俺はそんなヘンテコな演出に少し驚いて、そして……腹が立った。
やっと強敵を倒して……、その余韻に浸る時間くらい与えてくれてもいのに。
これで、エンディングだろうか。
何だか演出が雑だなって思った時だった。
辺りから急激に霧が出始め、あたりは真っ白に。
そして、何もかも判別不可能なほどに霧が覆っていく。
ポーズボタンを押して時を止めようと思ったが、何故かボタンが見当たらない。
上も下もわからないくらいの白い世界。
もう、モクモクで意味がわからない。
そんな状態がいきなりクリアになった。
俺は……石畳の城下町に独りで立っていた。
分身体の二人はいつの間にかいない。
周りからは歓声の声。
「勇者様、魔王を倒していただきありがとうございます」
「キャー、素敵。勇者様。結婚して~」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
「あの時は助けて頂きありがとうございました」
「アナタとの夜は最高だったわ」
これは、凱旋パレードに違いない。
こんなセーラー形態の姿で歩くのは、なんだか恥ずかしい。
それに、歓声には身に覚えのない声が混じっているし……。
それでも俺の足は、俺の意思など聞かずにゆっくりと石畳の広い道を進んでいく。
いつの間に現れたのだろう。
知らないうちに、槍を持った鉄の鎧で武装された大勢の男性兵士に囲まれて歩いている。
言うことを聞かない身体は勝手に歓声に応えて手を振り、自由に歩き続ける。
どの兵士も雰囲気がイケメンで、格好いい男性に見えるのは何故だろう。
セーラー形態の自分は感覚がおかしくなっているようだ。
しばらく歩き続けた。
大きなお城の城門が見えて、城内に進んでいく。
城内に入ると、お付の兵士は二人だけになった。
真っ白な、おとぎ話に出てくるような美しいお城。
お城に住んでいるお姫様を連想して、少しだけいいな……と思ってしまった。
やがて、謁見の間に通される。
赤い絨毯が敷かれていて、玉座があって、シャンデリアがあって……豪華この上ない作り。
その赤絨毯の通路を彩るかのように、様々な彫像や絵が飾られている。
さすが謁見の間。
玉座には誰か座っているけれど、遠すぎて見えない。
どんだけ広く造っているのだろう……。
イケメンな兵士二人は入口で立ち止まり、俺は独りで歩みを進める。
勝手に歩いていくので、何も考えることはない。
謁見の間をずっと歩み続け、玉座へ登っていく階段の手前で片膝をついて王の言葉を待つ。
玉座への階段は10段くらいのちょっとしたもので、片膝をついて下を向くと何も見えない。
片膝をつくとか、なかなか経験のないこと。
勝手に身体が動いてくれるから、ちょっと助かる。
「よくぞ魔王を倒した、小林直樹よ」
俺の名前、知っているのか。
王の声は、もっと低くて重々しいものと思っていたのに何だか高い声だ……。
「おめでと。ミッションクリアだよ。レベルを上げてあげるわ」
「ん?」
途端に自由になる俺の身体。
顔を上げてよく見ると、金色の髪の毛がきらめく……美しい女性が立っていた。
王様だと思っていたのに、なんてこった。
赤いリボンにひらめくミニスカート。
ヘソがチラ見えの恥ずかしい格好。
これは、俺のセーラー形態を真似ているようだ。
「モルフィンさん……何やってるの?」
「え? エンディングの演出。こういう風に登場して、クリアを祝ったほうがいいかな~って思って」
神様って暇人だから、こういう下らないことするんだろうな。
微妙に自分より胸が大きいのが腹が立つ。
「じゃあ、レベル上げてあげるからこっち来てよ」
「え?」
そうだ、そもそも……そのためのミッションだった。
俺は今度は自分の意思で足を動かして、モルフィンの方へ近づいていった。
やはり、近づいていくと香るユリの匂い。
甘くていい匂いで、心地よい気さえしてくる。
彼女は俺の方へ手をかざすと、青い光が俺の中に入ってくる。
〈セーラー形態はレベルが上がった〉
〈スーパーセーラー形態になった〉
俺の身体が虹色に輝き始めた。
「おお……」
虹色の光が収まったかと思うと、頭から何か生えてきた。
これは……。
「ウサ耳よ。このセーラー形態になると、ステータスが2倍になるのよ」
モルフィンさんが自信満々に説明している。
けれど、そうじゃない。
俺が求めている強さって、こういう美少女を伴わないものだったはず。
「可愛いでしょ。こう、ギュ~って抱きしめたくなるような感じ」
モルフィンさんは何かおかしい感覚の持ち主なんだろうか。
「モルフィンさん。違うの。こういうんじゃなくて、セーラーが関係ないやつがいいな……」
「そう? いいと思うんだけど。……ま、わかっててやってるんだけどね」
分かっててやってるのは、タチが悪い。
モルフィンさんは指をパチンッと鳴らす。
すると、ポンって音が鳴って、俺の身体を煙が包んだ。
元のジャージ姿の俺になった。
やっぱり、この姿がしっくりくる。
「可愛いのに……勿体無いなあ」
モルフィンさんは、残念そうだ。
そんなことより、俺のレベルを早く上げて欲しい。
「普通にレベル上げてくれればいいって……変なことしなくていいよ」
「よし、特別サービス。スーパーセーラー形態になれる能力は私からのプレゼントよ」
変なことを言い始めるモルフィンさん。
「要らない……レベルあげてくれればいいって……」
女性化する能力……しかも、恥ずかしい姿だなんて……持ってるだけで恥ずかしい。
「遠慮しなくていいのよ。君は女心わかってないから、この能力でもっと勉強するべき」
俺は嫌がっているのに、モルフィンさんは無理やり俺の身体に手をかざすと能力を与えてきた。
「嫌だって言ったのに……」
何だか汚された気分だ。
絶対使うもんか。
「ついでにレベル上げるんだよね。上げてあげるね」
〈小林直樹はレベルがあがった〉
〈小林直樹はレベルがあがった〉
〈小林直樹はレベルがあがった〉
レベルが猛烈な勢いで上がっていく。
やっと鳴りやんだレベルアップ。
そっと、ステータスを開いてみる。
名前 :小林直樹
種族 :人間
ジョブ:夢の旅人
レベル:30
HP :300
MP :300
力 :300
敏捷 :300
体力 :300
知力 :30
魔力 :1100
運 :20
一気にレベルがたくさん上がっている。
しかも、現実世界へのステータスはいくら1%でもプラス2ではなく、3になった。
「頑張ったから、さらに特別サービスで剣術スキルをあげちゃう」
モルフィンはサービス精神旺盛なのか?
でもこれは、役に立つかも……。
こっちのステータスの影響は微々たるものかもしれないけど、ここで得たスキルは大きい。
読んだらブックマークと評価お願いします