75話 森も草も大地さえも抉ったそれは、気が済んだかのように空へ逸れて登っていく。
「ちょっと……。何してるの?」
モルフィンが入力欄に集中している俺に声をかけてきた。
俺が黙って上ばかり見ているから、不思議に思ったのかもしれない。
きっと、彼女からは俺のことが見えているのだろうと思う。
「ここに入力欄があったから、心当たりあるコードを打ち込んでたんだ」
「……それって、矢印だらけのボードが出てくる?」
モルフィンの声はどこか心配そうにも聞こえる。
「そうそう。それそれ。たまたま知ってたコードがあったから、今、打ち込んだ」
「……それって、ひょっとしてウエウエ、シタシタ、ヒダリミギ、ヒダリミギ、ビーエー?」
モルフィンも知っているんだ。
前の世界では、とっても有名だったものね。
「そうそう。神様でも知ってるの? すごいな……」
「それ! ダメよ! 自爆コード!!」
モルフィンは思いっきり大声で、俺に怒鳴った。
「じ、自爆?」
俺は慌てて、BSキーで消していく。
「け、消したよ……自爆って……」
「なんかこれ、隠しコードがいくつかあるんだって。すっかり忘れてたけど……それだけ覚えてた」
自爆コードだけ危険だから覚えてたのか。
俺のためを思って覚えてくれてたとか?
「君がムカつく奴だったら、最初に教えて消そうと思ったけど。そんなでもなかったから忘れてた」
……怖っ……、俺がモルフィンの希望に添えない人間だったら消されてたのか。
「……そ……そうなんだ。他には覚えてない?」
怖いけど……、今の俺には隠しコードが突破口になるかもしれない。
「隠しコードだから、1回しか見られなかったんだけど……コードだけは覚えてるよ」
「コードだけ? 怖いなあ……」
効果がわからない魔法みたいな響き……。
「ねえ? 自爆はもうないからさ。面白そうだから、試してみましょ」
モルフィンの声は腹が立つほど嬉しそうだ。
俺の命に関わることなのに……それを楽しむなんて、悲しくなってくる。
それでも、今の俺にはやってみるしか手がない。
「うん、わかった。……教えて……」
「えっと、最初は上上上下下下左で決定してポーズを解く」
俺は彼女の言うとおりにした。
時は流れ始める。
緊張の一瞬……一体何が起こる?
「何だ……これは……?」
アレクが驚きの声を上げる。
弱体化のコード?
〈アレクのステータスがアップした〉
また、不思議な声だ。
え? アレクがアップ?
「おお……、力が沸いてくる」
名前 :アレク
種族 :神
レベル:50
HP :3000
MP :3000
力 :3000
敏捷 :3000
体力 :3000
知力 :25
魔力 :3000
運 :10
ステータスがすごいことになっている……。
絶対勝てない……。
ポーズボタンを押す。
「ダメだ。アレクがパワーアップしてるよ」
「え? そう? じゃあ、これは? 上を10回のあと下を10回で決定、ポーズを解く」
モルフィンが違うコードを伝えてくる。
今度こそ……打ち込んで……決定してポーズ解除。
「お……おお」
俺は驚きの声を上げた。
俺の身体が虹色に輝く。
胸のところに青い宝石が現れて、リボンのような布がそこから出てきた。
全身を包んでいく布。
身体中のジャージがすっかり全部なくなって、その布が俺の身体に新しい服となっていく。
これは、無敵な感じがする。
それにしても、何かヒラヒラするな……。
すっかり、全ての光が収まったあと……新しい姿の俺が誕生した。
自分では全身が見られないが、姿は変わった気がする。
〈小林直樹はセーラー形態へ変化した〉
な、なんだそれ?
自分の下半身を見ると、白いミニスカート。
少し膨らんだ胸に何か青い宝石とリボンがある。
だけど、布は少なくて……自分のへそ部分が見える。
これはどうやら、セーラー服になったらしい。
銅の剣はいつの間にか、オモチャみたいなステッキになっている。
「おお、美しい……」
アレクは何故か俺を見てうっとりしている。
「は? 何これ?」
声も自分の声じゃない。
高い女の人の声になっている。
髪型も女性みたいなサラサラとしたものになっているようだ。
ポーズボタンを押して、モルフィンを呼ぶ。
「ウフフフ、面白いわ。それ美少女戦士になっちゃうコードみたいね」
「勘弁してよ~。期待したのに……ホントは効果分かっているんでしょ?」
こんな目に遭うなんて思わなかった。
「バレた? でも、今の君は魅力的よ。とっても可愛い……」
モルフィンの声はどこか妖しさを含んでいる気がする。
「やめてよ。全然嬉しくない……。これ、ミッション終わったら戻るんでしょうね……」
今の姿から戻れなかったら、俺は性同一性障害になってしまう。
「大丈夫よ、このミッションの中だけだから」
良かった……。
「そんなことより、何か倒せそうなコードないの?」
俺の口調はちょっと、女性化してるかもしれない。
「えっと、これなんてどう? 上をひたすら30回」
「これの効果は?」
もう、知ってるって分かったからきちんと確認してからやる。
「君が人生の中で出会った人の中で、一番強い人と二番目に強い人の分身を召喚する」
そういうのか……。
役には立ちそう。
けれど、俺の知っている強い人ってダレンさんとベルさんとゴブリンだけ……。
とてもじゃないけど、アレクに勝てるとは思えない。
でも、ないよりいいか。
「そんなに強い人知らないけれど、使うだけ使うわ」
「まあ、そうでしょうね。でも、どんなのを呼ぶか面白そうだからやってみましょ」
モルフィンは完璧に楽しんでいる。
俺は上をひたすら30回押して決定、ポーズを解いた……。
時間が動き始めるやいなや、ものすごいエネルギーが俺の傍で発生する。
そのエネルギーに耐え切れず、俺はセーラー服姿のまま数メートル吹き飛ばされた。
きっと、あられもない姿をアレクに色々見せてしまったに違いない。
……恥ずかしい。
やがて現れたのは赤い髪に黒い翼。
黒いボンテージに身を包んだ美しい女性……。
誰だ……これ?
どこかであった気がする。
ベルゼバブブ?
続いて、グニャリと一箇所の背景が歪んだ。
その歪みから白い光が現れ、人影に変わった。
それは、黒いコートに身を包んだ……つるっパゲで白い髭を蓄えた小汚い老人だった。
こいつこそ、誰だ?
あ……。
近所にいた変態のおじさん……。
ベルゼバブブは分かるけど、このおじさんは一体……どこが強いんだろう。
俺が知っているおじさんと違うのは、前のボタンをしっかり閉じているところだ。
いつもはコートの下の裸体を公衆に晒しているのに、前を閉じているとまともに見える。
そんなことを考えていたら、強い力を感じた。
何というか、威圧感にも似た強いエネルギー。
すると、ベルゼバブブの分身体は手を前方に向けて、赤いエネルギー波のようなものを発した。
ものすごい威力を感じる。
近所のおじさんの分身体も手を前方にかざすと、白いエネルギー波のようなものを発した。
こちらもすごい威力を感じる。
二つのエネルギー波は混じり合うと、そっから先の風景を全て吹き飛ばしながら進んでいく。
その光景は壮絶で、やっぱり俺は風圧で吹き飛ばされる。
それでも、今度のあられのない姿はモルフィンにしか見られていないハズだ。
今は女同士だから、まだ少しの恥ずかしさで済んだ。
残ったのは、荒地のみ。
森も草も大地さえも抉ったそれは、気が済んだかのように空へ逸れて登っていく。
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