74話 これが外れると、後はもうお手上げだ。
「さあ、次は自分で動いてみて」
モルフィンがそういうと、この青ジャージの身体は俺の身体になった。
フォレストウルフがまた一匹、少し離れたところで澄ました顔をして待っている。
多少胸のでっぱりに違和感はあるが、動き自体は元の身体より断然動きやすい。
この身体の方が俺の貰った身体より、遥かに強そうだ。
まずは、唐竹切り。
銅の剣を振るう一挙手一投足が、自分の斬撃とは全く違うのを感じた。
モルフィンのは斬る。
俺の以前の動きは叩く……あるいは当てるという感じがした。
もう、今の俺にとってフォレストウルフはザコ敵も同然。
何匹ものフォレストウルフと戦い、一通りの切り方を試した。
「うん、うん。よく出来ました。これで剣術の基礎はできたね」
モルフィンの身体を張った指導に心から感謝。
きっと、俺を殺そうとは思っていないのだろう。
そうでなければ、ここまでやってくれる事の説明がつかない。
彼女の熱い体温は、中に入っている俺の鼓動を高め、神経伝達速度も速めてくれる。
ステータスの高さは時の流れをゆったりとさせ、人生にゆとりを与えるものなのだと思った。
涼しげな夜風は今の身体には心地よく、彼女の平熱の高さを火照りと感じてしまう。
「私の身体を好き勝手にしたんだから、光栄に思うのよ」
人聞きは悪いが、間違ってはいない……。
「ありがと……う……ご……」
お礼を言おうと思ったが、意識が後ろへ吐き出されて行くのを感じる。
◇◇◇
気が付くと、目の前に青ジャージの女性が浮かんでいる。
さっきまで自分が入っていた高スペックな存在。
両手を前に出して、自分の掌をグーパーしながら確認してみた。
……ああ、俺の手だ。
モルフィンのエネルギーに満ち満ちた可憐で美しい腕とは違う。
何て貧相でつまらない手。
さっきまでの火照った感覚と研ぎ澄まされた感覚が懐かしい。
目の前の女神はこちらを振り返って、手をヒラヒラと軽く振っている。
「じゃ、頑張ってね~」
目の前の青ジャージの女神は光の球に包まれたかと思うと、パッと消えた。
お礼も言わせず、自分のペースで進めるところが何だかモルフィンっぽい。
それでも善意でやってくれたかと思うと、悪い気はしなかった。
モルフィンが消えてすぐにフォレストウルフが現れた。
今はまだ、ハードモードなのだろうか。
フォレストウルフは俺の少し前まで飛んでくると、やっぱりその場で止まって待ち構える。
自分からは動けないのって、不憫なもんだ。
それでも、俺にはやらなくちゃいけない。
銅の剣を右手で引き抜き、左手を握って剣を構える。
フォレストウルフへ向かっていく。
一気に近づき、袈裟斬りで一気に仕留めようとする俺。
接近戦の能力が判定以下なら、命がなくなる。
腰を十分にひねって、敵の右肩から左腹へ向かって素早く剣を走らせた。
モルフィンの身体で斬り付けた時と比べると、何て遅いのか。
この身体の神経伝達速度の遅さは時を加速し、ステータスの低さは技の威力を数段下げる。
それでも、フォレストウルフの判定レベルを何とかクリアできた。
モンスターの身体は光の粒子になって消え去る。
モルフィンの中に入ったまま戦ったフォレストウルフは何体だったのか。
しばらく何を倒しても現れなかったエネルギーボールが目の前に現れた。
このエネルギーボールを収めると、4個目のエネルギーボール。
死に戻りしたから、スピードアップに使った分も手に入れられている。
今使えば、レーザーか。
後ひとつで分身ができるし、ふたつ取ればバリアができる。
今決めてしまうより、エネルギーボールが出てきたら考えようと思った。
選択肢がないことは、今の状況では一発アウトになりかねない。
なんせ残機ゼロ。
一度でもやられたら、現実世界の命までなくなってしまう。
俺が知っているゲームだと、何個も簡単にエネルギーボールが出てくるのに、出が渋い……。
どこまで真似ているのだろうか。
遠くからモンスターの気配が近づいて来る。
割とたくさんなので、フォレストウルフではないだろう。
ナイトファルコンというモンスターらしい。
ナイトバットより、接近スピードが速い。
黒い身体で、オオワシくらいの大きさ。
オオワシは日本最大の猛禽類だから、翼を開くと200~250センチくらい。
遠目からは巨大なカラスだ。
今から早めにウォーターの魔法弾を打ち込んでいく。
動きはだいぶ速いが、何とか目で追える。
敵は弾を避けるわけでもなく、どんどん数は減っていく。
この容易さはノーマルモードに違いない。
ただ、この速さが上がるとしたら目で追えなくなることだろう。
フォレストウルフの件から考えても、ハードモードはステータスだけじゃクリアできない可能性がある。
俺はチャレンジ精神に溢れる性格でも、器用でも、マメな性格でもないからノーマルで十分。
このミッションは終わってくれさえすれば、それでいい……。
ノーマルモードのこの後は、たわいも無いナイトバッドやナイトファルコンの繰り返し。
たまに出てくるゴブリンは、逃げ回りながら魔法弾を撃っていれば簡単に倒せた。
ただ、エネルギーボールは一向に出てこない。
もう……このままレーザーにしてしまおうかと思った時、このゲームのボス……アレクが現れた。
10メートルくらい先のまばゆい光の中から、茶髪の青年が現れる。
男なのに長髪とか、ウザったい髪型だなって思った。
サラリとした長髪に赤いマント、白くてキラキラした鎧。
身長は俺よりちょっと高いくらい……175センチくらいだろうか。
顔も細長くて、全体的な印象からやせ型の細身という印象を受ける。
腕組をして、こっちを見下ろしてなんだか偉そうだ。
「この神たる私が……こんな役目など、屈辱だ……」
このボスって、罰ゲーム的な何か?
見るからにプライドが高そうで、キザそうで……貴族っぽい感じもする。
これといった個性の薄い俺より、キャラが立っていてちょっと羨ましい。
「人間ごとき、この私が滅ぼしてやる」
アレクはあんなにカッコイイ鎧を着ているのに、なぜか魔法で攻撃してきた。
魔法弾ではなく、火炎放射のような炎が前方に発せられる。
咄嗟に避けたけれど、俺の左手のジャージは溶けてなくなった。
化学繊維のジャージだからしょうがない。
どんな強さなのかと、ステータスを見てみる。
名前 :アレク
種族 :神
レベル:50
HP :300
MP :300
力 :300
敏捷 :300
体力 :300
知力 :25
魔力 :2000
運 :10
武器 :なし
防具 :ホワイトアーマー
:ホワイトガントレット
:ホワイトグリーブ
武器ないのか……。
流石、神。
俺より強いみたいだ。
ノーマルだから、楽勝とかいう考えは捨てたほうがよさそう。
ウォーターの魔法を遠巻きから打ち込んでみるが、いくつかは当たるものの炎で無力化してしまう。
当たると痛いようだが、炎と水だとウォータの魔法は圧倒的に弱まる。
サンダーやウィンドも撃ってみた。
すると、アレクは右の手のひらを前に出すと炎の剣を呼び出す。
カッコイイ……。
炎の剣をひとふりすると、俺の魔法弾は消し飛んだ。
どうやって勝てばいいのだろうか。
とりあえず、ポーズボタンを押してみる。
「モルフィンさ~ん、アレクに勝てないんだけど」
「え? そうなの? たまたま、今の神って強いのきちゃったかしら?」
名前は知っていても、どういう神が来るのか知らなかったらしい。
「これで、ハードだったらもっと勝てないよ」
「大丈夫よ、すべてのモードで最後のボスは全部固定だから」
最終的にはどこのモードで行っても、アレクとぶつかるのか。
「そうだなあ……、ちょっと調べてみるね」
調べても、ステータスの差が随分あるから難しそうだ。
何か、方法はあるのだろうか。
昔、これっぽいシステムのシューティングゲームって難しかったけど、何かあったような気がする。
何かを思い出せそうな気がした時、モルフィンが戻ってきた。
「う~ん、今回はちょっと勝てそうにないね。私なら楽勝だけど、君には無理かなあ……」
「……」
思った通りの答えが返ってきた。
どうしようか……。
ポーズを解かない限りはやられなさそうだ。
そういえば、ボーナスで残機が増えてたりしないだろうか。
頭上を見ると0の文字が見える。
うん、増えてない……。
でも……なんだろう……あれ。
さっきは気付かなかった小さな入力欄があるのを見つけた。
よく分からないけれど、こういう時はいじくる以外の選択肢はない。
入力欄を集中して見ていると、十字の矢印キーとAとBのボタンが現れた。
ENTERキーとBSキーもある。
これは入力ボードに違いない。
入力内容はあれしかない。
これが外れると、後はもうお手上げだ。
意識を集中して、入力ボードに打ち込んでいく。
有名な裏ワザ↑↑↓↓←→←→BA。
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