73話 青いジャージ、なびく金髪、鼻腔をくすぐるユリの香り……。
ホッと一息を付いていると、モンスターが近づいて来るのを感じる。
モルフィンは出ないって言ってたけど、フォレストウルフだったらどうしよう。
嫌な予感がする……段々とモンスターは近づいて来る。
数は一匹のみ。
うん……フォレストウルフらしい。
特殊な能力なおかげで、分かるんだ……。
モルフィンは、何て嘘つきなんだろう。
ノーマルモードじゃ出現しないって言ったのに……。
前回のフォレストウルフを考えると恐怖しかない。
それと同時に、嘘をついたモルフィンに対して怒りを覚える。
死ぬ前に文句を言いたくて、ポーズボタンを押した。
「何? さっき、私を無視したでしょ。腹が立ったから、今ハードモードにしといたわ!」
ポーズを押した途端、すごい機嫌が悪い声が返ってきた。
ああ、さっきのゴブリンの時か。
悪いの……俺?
「ちょっと待ってよ。あんなの倒せない。死ねっての?」
もう、俺を殺そうと思っているんだろうか。
「大丈夫よ。出てくるのは普通のフォレストウルフだから、剣が使えれば勝てるわ」
「剣さっき落としちゃ……」
落としたことを言おうと思ったけれど、いつの間にか銅の剣は戻ってきてた。
「私を無視した罰に、少しくらい痛い目に遭えば?」
くそ、モルフィンが悪魔に見える。
少しって何だよ。
「俺、面打ちしか高校の時やってないから、上からしか上手く切れないよ」
高校で剣道部に入って、初めて部活で剣道をやった俺。
面打ちしか打てないまま大会に出た。
有段者と戦って、いい感じに負けたのが思い出される。
「え……、そんな程度? 唐竹切りだけかあ。それじゃ死んじゃうかもね。……どうしよ」
意外な答え……、一体俺をどうしたいんだろう。
「モード戻せばいいじゃん」
ノーマルなら全然余裕だし、フォレストウルフだって消滅するんじゃない?
「モンスターが現れちゃうとダメなんだよね……空白時間あるじゃない? あの時はできるのよ」
確かに、モンスターとモンスターが現れる間に微妙な時間がある、その時なのか。
「よし、これは……私が剣術を教えてあげるしかないわね」
「え……何? 何だって?」
モルフィンが教えてくれる?
「ちょっとだけね……」
ポーズを解除した覚えがないのに、時が流れ始める。
しかし、何か言った割には、何も変わりがない。
こっちに来るのかと思いきや、何も来ないし……。
星の瞬きばかりが時の経過を知らせる。
そして、冷たい風が緊張感を高める。
フォレストウルフの姿が見えてきた。
純白の美しい狼……。
それでも、ウルトラハードの時のフォレストウルフよりかなり小さい。
ゴールデンレトリバーかラブラドール位の、割と小さめの大型犬くらいの大きさ。
大きさや気配からウルトラハードとハードにはとてつもない差があることが感じられる。
ひょっとしたら、俺でもいけるかもしれないと思った。
魔法弾を遠巻きから打ち込んでいく。
それでも、すべての魔法弾はフォレストウルフの直前で全て掻き消えていく。
魔法は効かないようだ。
銅の剣を鞘から右手で引き抜く。
このフォレストウルフ……やってやろうじゃないか。
俺は距離を縮めていく。
フォレストウルフは俺の姿を認めると、その場で進むのをやめ待ち構える。
ウンともスンとも声を上げずに澄ましていやがる。
俺の先制攻撃だ。
渾身の面打ち切り。
しかし、剣筋はフォレストウルフの身体のすぐ横を擦りぬける。
剣筋が読まれてる……。
思いっきり振り抜いたせいで前方へ体制が崩れる……。
それでも、ここは空中。
そのままの体勢で振り抜けてみる。
距離は稼げたけれど、俺の背中はガラ空きだ。
懸命に正面を向こうとしたが、すぐ後ろにフォレストウルフの気配を感じる。
……間に合わなそうだ。
「ガウアー」
フォレストウルフが襲いかかろうとしている?
その時、俺とフォレストウルフの間に割り込んでくる存在。
「お待たせ」
何か背中に熱っぽくて柔らかな感覚を感じる。
柔らかなものは腰の少し上、そして熱っぽい背中らしき感触も布越しに背中へ伝わってくる。
その存在は俺の身体に一瞬体重を預けると、パッと後ろへ向かって離れた。
振り向いた時には、フォレストウルフは光の粒子になって消えていく。
流れる金色の髪は美しく、残心を残すその後ろ姿は凛々しくさえ見える。
なんて素敵な青ジャージ姿なんだろう。
そして、何でそんな格好をしているんだろう。
でも、青ジャージにブロンズソード……悪くない……。
モルフィンの持つ不思議な美しさが溢れ出ている気さえする。
彼女はこちらを振り返ると、ニッコリと微笑みかけた。
「フォレストウルフはね、接近戦技術を計測するための存在なのよ」
計測?
「ゴブリン王が近接ができる人材を判断できるように創ったの」
ゴブリン王……?
「剣術でも槍術でも何でもいいんだけど、一定レベルを超えないと絶対勝てない。どんなに強くてもね」
「どんなに強くても?」
やっぱり、モルフィンは一方的に説明をしまくる。
「フォレストウルフなんて、今の君よりステータスは全然下なのよ。けど、絶対勝てないのは剣術が弱いからよ」
剣道で面打ち切りしかできないって言った時、死んじゃうって言われたのはそういうことか。
「でも、測定器なら俺を殺そうとしなくてもいいのに……」
「ゴブリン王国では、人を襲わないし安全よ。だけど、ここでそれだと敵にならないでしょ?」
そういうもんかな……。
そう言われてみるとそういう気もする。
「今から、私が君の剣術レベルを引き上げてあげる」
「修行? 厳しいのは嫌だな……」
神様の基準は自分とはかけ離れている気がして怖い。
「私がやるから、君は身体を重ねているだけでいいのよ」
「身体重ねて……」
それは……くんずほぐれつ? アダルトなやつ……?
「それじゃ、始めるわよ」
やっぱりこの人は、心の準備を全く待ってくれない……。
俺の身体が輝き始め、全身が透けていく。
俺の身体はモルフィンに急激に吸い寄せられて行くのを感じた。
◇◇◇
気が付くと、モルフィンはいなかった。
目の前にはフォレストウルフが一匹現れている。
そいつはさっきと同じように、ただ待って澄ましている。
「フォレストウルフは測定器だから、向こうから襲ってこないの。攻撃して初めて戦闘よ。ウルトラハードは別だけどね」
モルフィンの声だ。
「斬撃にはね、唐竹、袈裟切り、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、左切り上げ、右切り上げ、逆風、刺突があるの」
一体どこから喋っているんだろう、とても近くから聞こえる。
切り方って、面と胴と小手じゃなかったらしい。
何だそれ?
「私が今からやるから、よく覚えてね。これを咄嗟にできるようになれば、フォレストウルフくらい簡単に倒せるんじゃない?」
その言葉を聞くやいなや、俺の身体は銅の剣を抜いてフォレストウルフへ飛びかかる。
自由が全く効かない……。
この身体の動きは面打ち……じゃなかった唐竹切りだ。
しかし、その太刀筋は信じられないくらい素早く、的確にフォレストウルフを切り裂く。
フォレストウルフは何匹も何匹も現れ、その度にいろいろな切り方で倒していく。
自分の身体じゃないかのような見事な動きだ。
倒すごとに、斬撃の名前と簡単なレクチャーが入る。
青いジャージ、なびく金髪、鼻腔をくすぐるユリの香り……。
この身体はモルフィンの身体……。
喋っているのも、この身体。
俺がこの身体の中に入っているのか。
「どう? わかった? ものすごくわかりやすいでしょ、この方法。バカでもわかる剣術よ」
「うん、確かに……。すごいわかりやすい。こんなの初めて。……ちょっと暑いけど」
自分の口ではしゃべれないので、この身体の口を借りて喋る。
きっと、独り言みたいな感じだろう。
「暑い? ああ、私の平熱38度だから」
平熱高いんだ、神様ってよくわからない。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」
モルフィンが唐突に言い放つ。
「なにそれ?」
「……なんでもない」
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