72話 ようやく……俺の2メートルくらい先で粒子になって消えた。
疼く両肩、輝く星空。
冷たい夜風に、疲れた心。
何だか本音はもう辞めたい……。
まだ始まったばかりなのに、心はもう折れそう。
敵はケモノ臭いし、弾は避けるし、傷も痛い。
とりあえず、ゆっくり手を持ち上げて目の前のエネルギーボールを身体に収める。
肩の傷跡はそれほど深くないのに、痛くて上手く動かせない。
ジャージが破れ、その穴から染み出ている血液が痛々しい。
出血多量で、死んじゃうかも知れない。
その傷跡を見ていたら、回復魔法を覚えたことを思い出した。
透析室で人工血液を輸血して貰った時に覚えたヒールの魔法。
現実の病弱な身体は、一度でも使うと気絶する恐れがあった。
今なら問題なく使えるんじゃないか。
試しに肩の傷にヒールの魔法をかけてみる。
右手を広げて左肩にかざす。
傷を癒すイメージを魔力に込める。
右手から暖かな光が傷口に当たると、痛みも傷跡も跡形もなく消えていく。
右肩も同様に左手をかざして、ヒールの魔法を使う。
嘘のように傷の消えた肩を見て、回復魔法ってなんて素晴らしいんだろうって思った。
これを医学に生かせたら、ノーベル賞ものだ。
その時、いつかの不思議なメッセージが聞こえた。
[小林直樹はレベルがあがった]
[小林直樹はレベルがあがった]
[小林直樹はレベルがあがった]
なかなか終わらないレベルがあがった、のメッセージ。
[小林直樹のレベルは10になった]
なんだと、いきなり10?
ミッションをこなさなくても、モンスターを倒しただけでもレベルがあがった。
今までやる気がなかったけれど、ザコ敵でレベルが上がるなんて……これは行けるかも。
名前 :小林直樹
種族 :人間
ジョブ:夢の旅人
レベル:10
HP :226
MP :226
力 :226
敏捷 :226
体力 :226
知力 :30
魔力 :1026
運 :20
レベル1あたり、2くらいしか上がらないのか。
けれど、レベルが上がるということ自体が嬉しい。
生きている内にコツコツやっていったら、この世界でレベル1億とかなっちゃうかも……。
そしたら、例え1%でもすごい効果だ。
このミッションに関しては、期限はないんだ。
生涯取り組める自由な趣味になるかもよ。
努力が直ぐに結果に結びつくということは、嬉しい。
今のところ現実世界に還元されるステータスは、相変わらず2のみだけど。
……その時、遠くの方からものすごい威圧感を放ったモンスターが近づいて来るのを感じた。
1匹だけなのに、強烈な恐怖とゾクゾクした感覚を伝えてくる。
フォレストウルフというモンスターらしい。
やがて姿を現したのは空をかける狼……。
軽自動車ほども大きさのある、真っ白い毛に覆われた獰猛な野獣だ。
あまりの迫力に動くことができない。
そのモンスターの動きは、まるで水の流れのように美しく、光のように一瞬で近づいてきた。
大きな口が開き……。
俺は一瞬で咬み殺された。
◇◇◇
気が付くと、また空に浮いていた。
まだ、ミッション中らしい。
遠くの方からナイトバットが20匹ほど飛んでくるのを感じる。
一列の編隊を組んでいるようだ。
編隊が見えると、俺はウォーターの魔法で次々と撃ち殺していく……。
出てきたエネルギーポールを身体に収める。
ナイトバットは大きくなく、魔法弾も躱さない。
これ……最初のナイトバット?
俺は意味がわからないので、ポーズボタンを押す。
「どうしたの? もう、クリアした?」
モルフィンの声が聞こえる。
この女神は俺の様子を全く見ていなかったようだ。
何て聞こうか、ちょっと口籠った。
「……いや、あの……、死んじゃったんだけど、生きてるなあって……」
「え? やられちゃったの? おかしいなあ、難しいゲームじゃないはずなんだけど」
これで難しくない?
とんでもなく無理なゲームじゃないか。
あんな化物……。
「巨大なフォレストウルフが出てきて一瞬で……やられたけど」
「フォレストウルフ……?」
女神から不思議そうな声が返ってきた。
「えっと……説明書……、まずは死んだのに何で生きてるかだったわね……このゲームは残機がゼロになるとゲームオーバー……だって。ポーズボタン中に確認できるらしいよ、頭の上見てみて」
残機?
真上を目だけ動かして見てみる。
0?
「0ってある……」
「じゃあ、次で終わり」
女神は平然と怖いことを言い放った。
「モルフィンさん……このゲームって途中でやめられない?」
「無理……」
折角、転移して命が繋がったのに……俺の人生詰んだ……。
あんな強い奴に勝てる訳がない。
「……フォレストウルフなんて勝てないよ、どうしろっての?」
「あの……そのことなんだけどね。モードがウルトラハードになってたから、ノーマルに戻したよ」
ウルトラハード……。
「ウルトラハードはレベルが300でもクリアできないかもね。経験値はたくさん貰えるけど」
経験値……そうだ、俺のレベル……だから、あんなに上がったのか。
元に戻っちゃったかな、レベル。
……レベルは10のままだ、良かった。
「ノーマルになると、フォレストウルフ倒せるかなあ」
「フォレストウルフはノーマルじゃ出てこないから。ハードからよ」
何だか、一気に簡単になりそうだ。
「俺、クリアできそうな気がしてきた」
モルフィンのやつは全く謝罪をしないけれど、このミッションが終わればどうでもいい。
ポーズを解いて、ミッションを再開。
ナイトバットは全部小さいサイズ。
どのナイトバットも、弾を避けるなんてしてこない。
楽勝だ。
フォレストウルフが出てくるはずのところに差し掛かった。
今度出てきたのは1人の……ゴブリン……。
ゴブリンはゴブリンでも、ごついゴブリン。
病院のゴブリンは可愛いのに、このゴブリンは醜い妖精の異名のごとく恐ろしい顔をしている。
肌は人間と同じだけれど、筋肉隆々で眉間には深いしわ。
角も牛みたいに生えてるし、なんだか強そう。
そして、空中を俺と同じように飛んでいる。
俺の30メートルくらい離れた所まで飛んでくると、鼻息をフンフン鳴らせて剣を鞘から抜いた。
おかしいな……。
最初の方のダレンさんの話から考えるに、ゴブリンはもっと弱そうでなくちゃいけない。
何せ、人間の村人にもやられちゃうはずだ。
ステータスを確認。
名前:ヨサク
種族 :ゴブリン
ジョブ:村人
レベル:1
HP :200
MP :20
力 :100
敏捷 :100
体力 :100
知力 :25
魔力 :20
運 :30
武器 :ゴブリンソード
防具 :村人の服
:もんぺ
:ゴブリンサンダル
何てことだろう、ゴブリンって全然弱くないじゃないか。
ポーズボタンを押して、モルフィンに聞いてみる。
「何? 終わった?」
また、俺のことを見ていない。
「いや、聞きたいことがあって……。ゴブリンってさ。人間より弱いよね」
「何言ってるの? ゴブリンは進化してるから、普通の人間じゃ敵うわけないわよ……」
進化……。
「進化前はそういうこともあっただろうけど……、何で?」
対応がめんどくさいので、ポーズを解く。
途端に時が流れ始める。
ゴブリンの村人でさえこの強さ……ダレンさんのデータは大昔のものに違いない。
でも、流石にノーマルモード。
今の俺の敵じゃない。
マジックポイントだって、さっきやられた時に回復しているし、ステータスだって俺の方が上。
遠くから、魔法弾をぶつけまくる。
魔法弾を放たれて、慌ててこっちに向かって飛んでくる。
飛び道具はないらしい。
剣を持ったそんな怖そうな顔のやつのそばなんて、誰が行きたがるか。
呻き声をあげながら、必死でこっちに向かってくるゴブリン。
「グアアアアアアア」
俺もそんなのに来て貰いたくない。
来て欲しくない一心で魔法を撃ち続ける。
ようやく……俺の2メートルくらい先で粒子になって消えた。
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