70話 大して強くなれないだろうに、リスクだけは高いとかやめてほしい。
確かにモルフェウスの与えてくれたこのシステムは、とてもコストが掛かっていそうだ。
それでも、俺の中の評価が覆ることはない。
この契約の成り行きは……モルフェウスの奥さんの気遣いであって、モルフェウスのものではない。
それでも、レベルがものすごく上がってしまえば、1%でも大きいかなあ……。
ダレンさんみたいな、平均ステータス1000になっても現実では10しか上がらない……。
せめてこの加護の強さを感じることができれば、モルフェウスの評価も上がるのに。
それでもモルフィンさんには罪はない……悪い気分にさせても申し訳ないな。
「レベル上げしていくよ。モルフェウスの加護の力のもとに……」
ちょっとだけ、ご機嫌をとった。
「そう? じゃあ~、どうやって経験値あげようかな」
モルフィンさんはちょっと、嬉しそうに腕を組んで考え始めた。
「え? これから決めるの?」
意外にも、まだ決まってなかった。
「だって、今日は会うつもりなかったんだもの……今日中に考えようと思ってたの」
モルフィンさんは、魔法でポンッとホワイトボードを出すと水性ペンを取り出して何か書き始める。
「ねえ? 退屈なのと、退屈じゃないのどっちがいい?」
「え? そりゃ、退屈じゃないほうがいいかな」
退屈なのって誰でも選ばないと思う。
「じゃあ、これか……これね」
モルフェンさんは、書いてあったものを布っぽいもので拭いて消していく。
書いたものの殆どが退屈なの?
「上のと下のどっちがいいと思う? 読めないと思うから、勘でいいよ。運も大事~」
「内容教えてくれないの? 変なやつだったら、レベル上がらないんじゃ……」
文字はモルフェウスが使っていたカクカクした絵のような文字。
「そう? そういうのも運命よ。私とキミもそこまでの関係。レベル上がりにくかったら自然消滅で」
「そういうもんかなあ……」
まあ、この加護は今のところ無くても問題がない能力なのかもしれない。
「男と女なんて、ちょっとしたことで付き合って、ちょっとしたことで別れるの」
「俺とモルフィンさんってそういう関係じゃないけど……」
言ってることがおかしい気がする。
「もう~。男ならどっちかさっさと選んで。上? 下? どっち?」
「う……、下かな、下で」
上のカクカクした方はなんだか尖りが多くて、下のほうが丸みが多くて安心感があった。
「男なら上でしょ!」
「え? え……。じゃあ、上で」
理不尽にも程がある。
「はい、じゃあ上で決定~~」
女の人って自分の中で決まっていても、人に聞くから面倒くさい。
ホワイトボードをポンッと消すと、今度は青い光の玉をつくって地面に潜らせていった。
地面が青白く一瞬光ったかと思うと、パッと何も見えなくなった。
いつの間にか周囲が真っ暗になり、俺もモルフィンさんも闇の中。
自分とモルフィンさんの姿だけが暗闇の中で見える。
「モルフィンさん? なに……これ?」
急に真っ暗になるから、不安で仕方がない。
「大丈夫、安心して。ミッションが始まるのよ」
落ち着き払った彼女の表情は、どこか嬉しそうにも見えた。
すると、どこからともなく音楽が聞こえてくる。
昔懐かしのテレビゲームのようなレトロ感あふれる不思議なメロディー……。
二人の目の前に、6畳くらいの大きめの画面が出現した。
画面には何かのタイトルっぽい感じで、文字がデカデカと表示されている。
タイトルはブロンズソード。
俺が持てなかった銅の剣のことだったりするのかな?
きちんと、今度は文字が読める。
「このミッションは、シューティングゲームをクリアすることよ」
シューティングゲーム?
「ゴブリン王国に出現するモンスターを倒していくゲーム。アレクという神を退治すればクリア」
ゴブリン王国って、ゴブリンがいたところ?
「これがポーズボタン。ゲーム中に時間を止められるの。身体も動かないけれど、私のアドバイスとか聞けるから」
モルフィンさんはそういうと、ベルトを俺の身体に素早く装着した。
ベルトのバングルのところに赤いボタンが付いている。
ジャージにベルト……アンバランスで絶妙なファッション。
「モンスターは魔法と銅の剣で倒すの。はい、これ銅の剣」
カッコイイ緑色の鞘に入った銅の剣も渡された。
今度は重くて持てない、なんてことはなく……軽く受け取ることができた。
「準備が出来たら、ベルトのボタンをポチって押してね。はい、ポチ」
人の気持ちの準備など全く聞かず、勝手に押してしまう辺りがモルフェウスの娘っぽい。
ピロリロリンって効果音がしたかと思うと、俺の身体は空中を浮いていた。
目まぐるしく、周囲の風景が変わる。
ここは、どこかの空の上。
多分、ゴブリン王国?
冷たく涼やかな風が身体中を吹き抜ける。
腰の左側には銅の剣が備えられ、目下にはダークグリーンの樹海が広がっている。
ジャージ姿に銅の剣はカッコいいような、カッコ悪いような……。
空には満天の星。
いくら星が輝いてみても、たかが星の煌き。
地上は闇に包まれている。
しかし、今の俺には漆黒の夜でも遠くから何か飛んでくるのが見える。
俺は空中でぐるぐると動き回ってみながら、感覚をつかもうとする。
思ったより自由に動けるので、驚いた。
そうこうしている内に敵は来たようだ。
ナイトバットというコウモリが一列の編隊を組んでやってきた。
今の……強くなった俺の感覚は、現実世界とは全く違う次元にいるような感じがする。
モンスターがここに来る前にモンスター名と、なんとなくの隊列がわかってしまった。
「キィー、キィー」
コウモリだか何だか知らないが、鳴きながら近づいてくる。
俺は手の平を前に向けて、ウォーターの魔法を連続で撃ち放った。
現実世界みたいにプシューッとは出ないで、バシュッと水の弾丸になって飛んでいく。
一列になって飛んできたナイトバットの一体に水の弾丸が当たると、身体が花火のように破裂する。
効果は抜群だ。
次々と、ナイトバットに水の弾丸が当たっていく。
20体はいただろうか、飛んできたナイトバットを全て倒した。
すると、倒した後から赤い大きな光が現れた。
あれはなんだろう?
すかさずベルトの赤いボタンを押す。
空間の時間が全て止まる……。
身体も動かせないが、敵が近づいてくる気配も、風の流れも、星の瞬きさえも止まる。
「モルフィンさ~ん、あれ何?」
口だけは動く。
「おお、機能わかってるじゃない? そうそう、こういうふうに使うのよ」
「だから、あの赤いの何?」
説明不足で送り出した癖に……嬉しそうな反応に腹が立った。
「あれはエネルギーボール。ひとつ取った段階で使えばスピードアップ、二つで魔法弾が大きくなる、三つで分裂魔法弾、四つで魔法弾がレーザーに、五つで分身、六つでバリア」
「何か、有名なシューティングゲームに似ているんだけど……」
一言でたくさん言われたから普通なら覚えられないが、昔やったゲームの内容そっくりだった。
「しょうがないわよ。人間の夢世界が元なんだから、多少は似ちゃうわ」
そういうものなのか……。
「モンスターが近づいて来るのとかがわかる機能とかは、私が特別に付けておいたから感謝しなさいよ」
あれ? 俺が強くなったから分かるんじゃないんだ……がっかり。
「あと、死んだらホントに死んじゃうから、死なないでね」
「え? 死んじゃうの……何で?」
俺がまだ聞いているのに、勝手に時は動き出す。
俺の話なんか聞いちゃいない。
涼やかな風も、星の瞬きも、モンスターの気配も動き始めた。
死んじゃうとか聞くと、真剣にやらざるを得ない……寧ろ、やるなんて言うんじゃなかった。
大して強くなれないだろうに、リスクだけは高いとかやめてほしい。
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