69話 俺の中でのモルフェウスの評価が低過ぎるのを察したのかな
こうして寝転んでから、どれくらい時間が経ったのだろう。
俺の身体は疲れていないのに、気持ちが落ち込んで仕方がない。
少しだけでも強くはなったのだから、騙されたわけではないのかもしれない。
けれど、俺は期待をし過ぎていた。
モルフェウスの力が物凄いものだと、思い込み過ぎていた。
それが、たった1%の効果しか無いなんて……。
もう、レベル上げへのモチベーションはだだ下がりだ。
眠ってしまおうかとも思った。
けれども、ここにある薄い桃色の空は俺の気持ちを癒してくれる気がして、ぼーっと空を眺める。
草の匂いも、小川のせせらぎも、俺の中の心の穴を懸命に埋めてくれようとしているようだ。
何となくゴロゴロと寝転がってみる。
草の匂いと土の匂い、それとこの世界のピンク色の雰囲気に身体が馴染んでいく感じがする。
大の字になってもう一度、すっかり親しみの沸いたピンク色の空を眺めてみた。
少しだけ、期待からの落差で受けたダメージが和らいでいく気がする。
目を静かに閉じて、この世界の自然を肌で感じる。
背中の下の草の感覚、地面を伝わって来る土のぬくもり、顔を撫でていく風の感覚……。
すっかりそれらの感覚を堪能すると、不思議と頭がすっきりしていく感じがした。
風の流れは強くなっていき、吹き荒れる風が身体を包んでいくようで気持ちいい。
そんな心地よい感覚の中で、鼻腔へユリの花のような甘い匂いが入り込んできた。
ユリは夏のイメージの花だから、この春っぽい世界には浮いている?
香りにちょっとだけ違和感を感じて、空に向けて静かに瞼を開けてみた。
目の前にはハタハタと白い布がはためいて、その下から肌色の細長いものが伸びている。
それが、誰かが頭上に立っているものだということだとは直ぐにわからなかった。
「貴方がパパの代理人?」
ハタハタとしている白い布の向こう側から声がする。
肌色の細長いものは足だった。
布がハタハタと捲れる度に、足の始まる根元には純白に輝くパンツが見える。
きっと、モルフェウスの娘が来たのだろう。
「代理人……」
つぶやくように言った。
風と白い布のはためきの加減で、僅かに髪の毛が風でなびいている様子が見えた。
髪の毛は金色でモルフェウスと同じ色だと思う。
「パパは300年経つと飽きてしまうことが多いの。飽きた時のための代理人よ。300年坊主ってママが言ってた」
気が長いのか、短いのか……判断がつかないのが神様の感覚。
俺がそれに対して何も言わないのに、一方的に話し続ける。
「私が生まれた時にパパは、私のことが好きだって言って、毎日遊んでくれる契約を結んでくれたの」
契約を破ったら……、何か凄いことが起きそうな気はする。
「ママがパパの300年坊主を心配して、契約書の逃げ道に代理人を立てられるようにしたんだって」
妻の予想が当たってたみたいだ。
それで……俺?
ますます、都合の良いように利用された感じが募ってくる。
流石にパンツだけを見て話をするのは失礼な気がして、上体を起こして彼女の方へ身体をひねる。
目の前に現れたのは、金髪の女性。
透き通るような青い目で、セミロングストレートの髪型は風でサラサラとなびいている。
300年以上は生きているはずなのに、どこか幼い感じのする人だ。
16歳以上20歳未満……そんな見た目。
白い半袖のワンピースを着ているが、神様の服と違って風で捲れると足やらパンツやら色々見える。
俺は、危険なことがないか彼女の様子をじっくり観察する。
胸の大きさは服がはためきすぎて良く分からないけれど、多分、普通にあるように思う。
一生懸命に彼女の身体を観察をしていると、俺のことを見下ろしている彼女と目があった。
彼女は俺の顔を見ると、ニッコリと微笑みかけてきた。
「これから、長い間よろしくね」
長い間は、ものすごい長い時間なんじゃないかということが容易に予想できた。
「よ……よろしくお願いします」
これから永い時間を共にしなくてはならない……そう思うと、緊張した。
「緊張してる? 人間だものね……」
神様だから、俺のことを何だかちっぽけな存在だと思っているのかもしれない。
「キミの名前は何ていうの?」
「小林直樹……です」
緊張して、思うように喋れない……。
「私の名前はモルフィンよ」
モルフィン? 薬の名前じゃないか。
1804年にドイツのフリードリヒ・ゼルチュルナーがモルフェウスの名前にちなんでつけた名前。
これは「夢のように痛みを取り除いてくれる薬」としてつけたらしい。
神様なのに、病院で使うような薬品と同じ名前だということで、少しだけ親近感が湧いた。
「この契約はね。パパからキミに移ると内容はものすごく優しくなるから。知らないと思うけど」
「契約内容、俺……何も知らないです」
考えてみると、モルフェウスの説明が信じられない今、何も知らないのと同じだ。
「何も?」
「契約書の文字が読めなかったから、説明して貰ってサインしたんです。でもアレ……嘘つきだから」
追加の要項を黙っていたモルフェウス……、嘘つきだ。
「人の親をアレって……。ま、嘘はよくつくから、身に覚えはたくさんあるけど」
日頃から嘘つきなんて、神様の風上にもおけないやつだ。
「契約書はきっと、読めないようにワザと翻訳機能が効かない文章を使ったのね……」
ワザと?
「誰もモルフェウス界の拡張に協力しろとか娘の相手をしろとか……そんな契約書サインしないものね」
「……」
考えてみれば、浅はかだったかもしれない。
「もう少し……キミは騙されやすいから人を疑った方がいいよ」
ゴブリンに出会った時に言われた言葉……こんなところでまた聞くなんて。
「話を戻すけど、この契約は300年経った時点で、パパが飽きるのが決まっていたらしいから、ママが代理人に気の毒じゃないように優しくしてあるのよ」
「優しく?」
「そう、もうあるのか無いのか分かんないくらい……」
「なにそれ?」
「この世界に来られるのは、キミの意識がない時だけ。そして、決定権はキミにある」
「ひょっとして……それ」
「来ても来なくても、どっちでもいいの……今日が最初で最後かも知れないし、私に恋したら毎日かも」
恋はしてないけど、レベル上げをずっとしていれば1パーセントでもきっと……。
「そ、そうなんだ」
「そうなの……」
会うことが強制ではないのだと知って、あからさまに喜ぶのはどうなんだろう。
何だか分からない微妙な空気が流れた気がした。
「モルフィンさん……ひょっとして趣味は裁縫?」
空気に困った時は、趣味を聞くのが良いと思った。
神の服じゃないから色々見えているわけで……きっと、自分で作るか何かしないとそうならない。
「え? そうだけど……創造神が創った服ってみんな着てるからつまらないでしょ?」
「創造神? 創造神が作ってるの? 随分とマメな神様……」
「創造神はもういないわよ。どっか行方不明。飽きて他の世界に行ったとか言われてるけどね。自動製造機に何かしらのエネルギーを入れるとつくってくれるのよ……神の服はスーパーでも売ってるけど」
神の服が一般的で、その他の服は珍しいのか。
ドクロンブランドは神の服から考えると奇抜だし、神の服の「色々見えない技術」がすごいからあまり売れないのかもしれない。
「そう言えば、レベル上げ……やってく?」
「あ、ああ……どうしようかな」
いつでもこられるし、レベルを上げたからってあんまり効果があるとは思えない。
「パパの名誉のために言っておくけど、そのキミの身体って神のエネルギーと同じだからね」
「神のエネルギー?」
「キミはこの世界では神と一緒の存在よ。出られないから意味はないけど……二つの身体の連動だってすごいことなのよ」
俺の中でのモルフェウスの評価が低過ぎるのを察したのかな……。
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