68話 何もかもめんどくさくなった俺は地面に寝転んで、この世界のあまりに甘美な雰囲気に身を任せた。
モルフェウスは俺のやる気まんまんの発言を受けて、快く応じてくれると思った。
「さっそく、強くなりたいんだね……。……でも、今日は色々時間も遅いし、帰っておけば?」
予想外の反応。
今の時間は一体何時だか知らないが、もう現実の自分は寝ているので、いくら遅かろうが関係ない。
「いや、出来る時にやっておきたいので……」
こっちの世界の身体は、病気もないし積極的に強くしたい。
「でも身体のエネルギーが足の先まで安定しきるのに、あと1時間かかるからさ。待ってられる?」
何だか、邪魔にしてる?
「1時間くらい大丈夫です」
早く経験値を手に入れてレベルを上げたいのに、なんでだろう。
「まだその身体を創ってからそんなに経ってないからね。頭からだんだん足先まで安定していくんだ」
裸足で歩いた時に痛かったのはそのせいだろうか。
「本当にやっていくの?」
「やってく、やってく」
次に来るのがいつかわからないから、やっていくのが間違いないと思う。
「……実はさ、1個だけ謝らないといけないことがあるんだ」
「……え?」
何だ? 神様のこういう発言は何て怖いんだろう。
女性の「ちょっと頼みがあるんだけど」より怖い。
「神様って、夜寝ないから暇でさ……。僕みたいな大人の神はやることがありすぎて、忙しいからいいけど……」
「……」
黙って、モルフェウスが何を言うかドキドキしながら聞く俺。
「娘がね。最初の100年間はしょうがなく相手してあげていたんだけど、300年も相手をしていると、僕のやりたいことができなくて困って、困って……」
何が言いたいんだか、さっぱり……。
「で、何ですか?」
「……経験値の取得方法の決定権は娘に委託したから」
どういうこと?
「ごめん。こうするしか方法がなかった。1日1回の娘の遊び相手になるとか……もう、面倒で面倒で」
モルフェウスはものすごく深刻な表情で、頭を下げてきた。
娘の相手をするのがめんどくさいのか……。
「えっと、経験値取得方法は娘さんの……暇つぶしに付き合うと手に入ると……こういうこと?」
「そう。そして、僕は君のお陰で呪縛から解放される」
モルフェウスは、とても嬉しそうだ。
「契約書に書いてあるから、もうどうにもならないけどね~」
俺は強くなれるのならどうでもいい。
けれど、騙して契約させたことに器の小ささを感じた。
契約前に説明しないとか、……これは計画的犯行。
モルフェウスというこの神は、俺のことを都合の良い存在としか思っていないのだろう。
「今日はもう、君が来る前に相手してきたから次でいいんだけどなあ……」
なるほど、契約を結び終わった俺は、モルフェウスにとって無用な存在らしい。
しかも、モルフェウスの時間を奪う存在。
経験値を取得する方法について聞かなかったら、何も説明せずに済ませようとしたのかもしれない。
「よし。僕はもう帰るから、娘に1時間くらい経ったらここに来るように言っておくよ」
何て勝手な神様なんだろう。
モルフェウスは青い光に包まれると、跡形もなく消えていった。
残された俺は一人佇む。
ここで待ち合わせをしている都合上、動くこともできず、ただ突っ立っていた。
辺りには温かな春のような風が吹いていて、草花の緑の匂いが鼻腔に広がる。
遠くで真っ白な白鳥が飛んでいて、クエーッという鳴き声も聞こえる。
俺が昔見たというこの夢の世界は、なんて平和なんだろう。
正確にはコピーなのだろうけれど、それでも、俺が見た夢の世界なのに違いはない。
きっと、黒くてドロドロした医療や人間の心の闇を見る前に見た夢なんだろうなあ。
◇◇◇
どれくらい時間が経ったのだろう。
1時間って待ってみると長い。
ボーッと1時間も立っているのは、飽きてきた。
やることがないので、自分の強くなったステータスを見て、嬉しい気分を味わおうと思った。
「ん~~何て、俺強いんだろう」
ついつい、独り言。
ゴブリンに比べれば弱いけど、ちょっと強い存在になったかと思うと嬉しい。
ステータスを見て気分に浸っていると、ステータスの上の方に矢印があるのに気付いた。
小さい文字で「現実世界の身体のステータス」って書いてある。
この今のステータスが連動した現実世界のステータスが見れるようだ。
俺は楽しみに、その矢印の先の画面を開いた。
名前 :小林直樹
種族 :人間
ジョブ1:なし
ジョブ2:夢の旅人
レベル:1
HP :102
MP :32
力 :6
敏捷 :6
体力 :6
知力 :30
魔力 :40(腎臓内に10万)
運 :20
「!」
何だ、これ……。
俺は見間違えたと思ったが、どうやら間違いがなさそうだ。
この加護は詐欺とは言わないが、とてつもなく効果が低いらしい。
今のこの強い身体が、現実の世界の身体に及ぼす影響はおそらく1%だ。
俺はショックでショックで、全身の力が一気に抜けてその場にヘナヘナと座り込んだ。
この世界の空気はあまりに温かくて、風が気持ち良すぎる。
遥か遠くで聞こえる象のパオ~っていう鳴き声は、何故か俺の心に染みてきた。
何もかもめんどくさくなった俺は地面に寝転んで、この世界のあまりに甘美な雰囲気に身を任せた。
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