66話 モルフェウスの計略
目が覚めると?
いや、気が付くとピンクの空が視界に広がっている。
薄い桃色のようなピンク色。
そして、パッションピンクの象が大きな耳で羽ばたいて飛んでいるのが見える。
俺はピンク色だらけの世界に、横たわっていた。
ここはどこだ?
近くには清らかそうな小川が流れていて、メルヘンチックな雰囲気いっぱいの世界。
草も木も雲も、何もかもが、もともとの色にピンク色を帯びている。
まだまだ、夢なのか。
起き上がって、小川と反対方向に歩いてみる。
さっきまでいたゴブリンは消えていて、本当に孤独状態だ。
トボトボ、トボトボ……ただ、ピンク色を帯びた石や木や草が生えてる空間を歩く俺。
家の中にいたのに、さっき貰った高校の時の靴を履いている。
そのお陰で足の裏は痛くない。
さっき、履物を手に入れておいて正解だった。
母に感謝……と思っているのも束の間……。
どこからともなく声がする。
『モルフェウスの世界へようこそ』
何だか男の人の声のようだ。
『夢の神だけど、君は夢を見ているわけじゃないぞ。現実だよ』
現実なのか?
そう言われてみると、そんな気もしてくる。
どこから、声が出ているのだろう。
見回してみるが周りには誰もいない。
空のような気もして、自分の頭上にある空を凝視してみる。
空はどこまでも薄桃色が広がり、ゆったりとサーモンピンクのクジラが気持ち良さそうに泳いでいる。
誰もいないようだ。
……視線をゆっくりと地上に戻す。
え?
目の前3センチほど先にに突如、バンっと彫りの深い西洋人っぽい男の人の顔が現れた。
不意打ちでめちゃくちゃアップな顔。
「わああああああああああっ!」
俺は驚きすぎて、大声を上げながら自分なりの全速力で逃げる。
今までの自分では考えられないようなスピードで、一気に走った。
風が全身を包み、身体が風になっていく……そんな気さえする。
すごいスピードで走っているのに全く息が切れない。
もう大丈夫だと思い、走りながら後ろを振り返る。
誰もいない。
安心して、前を振り向こうとした。
ドンッ。
さっきまで前には何もなかったはずなのに、何かに追突した。
「フフフフフ。ビックリした? 面白い反応するね」
前を見ると、さっきの彫りの深い西洋人の顔をした男の人が立っていた。
さっきの出来事で、この顔に免疫が付いた俺は数歩下がってジッと見据える。
見た目的には、俺より年上……40歳くらいだろうか。
大人の男性の魅力が漂っている。
胸板も厚く、手足も太くて鍛えられてそうな身体。
身長は190センチくらいあるかもしれない。
美しい金色の髪の毛はこの世界の風でたなびき、神様のひらひらした白い服は仄かな輝きを放っている。
こんだけピンク色だらけなのに、服は白なんだ。
俺は恐る恐る口を開く。
「貴方は誰ですか?」
「モルフェウス。夢の神だよ」
初めの言葉は、モルフェウスの声だったようだ。
同じ神なのに、ダレンさんには感じられない威圧みたいなものを感じる。
「ごめん、ごめん。何千年も夢の神をやってると暇で暇で……驚かせて申し訳ない」
神様をやってると、暇で仕方がないらしい。
「あの……俺って夢……見てないんですか?」
気になっていることをぶつけてみる。
「真っ暗なところを落ちるまでが夢。後は、意識を引っペがして神のエネルギーで身体を与えてから、空を飛ばせた」
神のエネルギーで創った身体?
どおりで、空を飛んでも、全速力で走っても全然平気なはずだ。
え? でも、俺の身体とゴブリンの身体は……。
「元の身体はもしかして……死んでる……とか……」
俺はここにいるけど、ゴブリンは大丈夫だろうか。
「大丈夫だよ。こっちの世界に連れ出している間の身体には、眠りコブシの意識を入れてあるから」
「眠りコブシ? 気持ち悪いイメージがする……」
元の身体に何かあったら、責任とってくれるんだろうか。
「僕が創った効果的な眠りを促すためのプログラムだから大丈夫。明日の朝の目覚め、最高だよ~」
そんな話をしていると、小さな光がモルフェウスのそばに飛んできた。
「ほら、これが眠りコブシ。君が寂しがり屋だと思ったから、ゴブリンにも行って貰うことにしたんだ」
コブシというけれど、見た目は小さなただの光。
「この眠りコブシは、ゴブリンの意識と入れ替わって戻ってきたんだよ。握り拳と同じ大きさの光だからコブシという名前にしたんだ」
大きさだけ? コブシの要素は全く感じない。
眠りトカゲはヒラヒラとそこらへんを飛び回ると、遠くの空へ飛んでいった。
「セピア色の空間は……あれは、夢じゃないんですか。あれだけは、意味がわからない……」
現実の世界だというけれど、セピア色の世界で見た出来事は現実とは到底思えない出来事だった。
「ああ、アレ? アレは君の友達が見せた心霊現象だよ。彼の魂の想いが残っていたんだろうね」
心霊……心霊現象?
「トオル……トオルくんは死んで……死んでこの世にいない?」
「悪魔に魂を抜かれたみたいだね。今は……ベルゼバブブに肉体も魂も引き渡されたみたいだけど」
ベルゼバブブ?
ダレンさんに頼んでもらえば、何とかなるかも……。
「君は母親に何も言わずに、転移してしまったことをずっと気に掛けてただろう? 僕はその想いを晴らしてあげたんだ。感謝してくれ給えよ」
このモルフェウス……何で俺にこんなことをするんだ?
「神様は何でこんなことを? 暇だから? 趣味? 気まぐれ? 慈善事業? 変態?」
「最後の違くないか? いや……、実は頼みがあるんだ」
頼み? 怖いな……感謝しろって言ってるくらいだから、嫌なことに違いない。
「嫌です」
即座に断る。
モルフェウスは絶句しているかと思ったら、表情が怖くなっていく。
「まだ、何も言ってない!」
神様が怒った。
断られるということに対して、免疫がないに違いない。
覇気みたいなものがブワッと向かって来ると俺の身体は浮き上がって、数十メートル吹き飛んだ。
あまりの出来事に驚く俺。
そのまま背中から、地面に落っこちる。
幸いにも落ちた先は草むらだったので、衝撃は吸収された。
俺の顔を、いつのまにかモルフェウスが上から覗き込む。
「いいから、聞いてくれ。僕がいくら夢の神と言っても全部の夢の神じゃないんだ。人間の夢限定だし、動物などの他の生物は僕の兄弟の管轄で、しかもそれは全部の世界じゃないんだ」
モルフェウスは限られた世界の人間限定の夢の神で……思ったより、凄くなさそうだ。
「君の転移先の世界は管轄外だけど、君は元々第23世界の人だから管轄内。君を介して夢世界を拡げられないかなって……」
俺を利用して、自分の支配権を拡げようとしてる?
「しかも、君がこれから出会う、全ての生物に介入できる可能性がある。君を認識した時点でね」
勝手にやればいいじゃないか。
「それをやるためには、君に加護という形で契約を結ばせて……他の神に邪魔されないようにしなくちゃ」
加護か、加護があれば強くなれる?
ゴブリンやダレンさんに迷惑を掛けずに生きていけるかもしれない。
「やります。是非やらせて下さい」
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