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65話 母の涙がこぼれる前に俺の意識はどこかに飛んでった

「え? ちょっと待って、お茶入れるから上がって行きなよ」


 母は引き止めてきた。


 そういえば、夢の中だけど自分の実家。


 折角会ったからちょっとくらい良いかなって思った。


「じゃあ、ちょっとだけ……寄っていこうかな……」


 家に上がってみると、俺ら兄弟が使っていた1階の部屋はリフォームされて、リビングになってた。


 2階は寝室だろうか?


 リビングは三部屋を潰して造っただけあって、10畳以上あるだいぶ大きな部屋。


 母の後をついて行くと、何となく座ってくれっていう雰囲気のある大きなちゃぶ台がある。


 何も言われないけど、そこに二人で並んで座布団に座った。


「はい、お茶ね。今、パパは仕事行っちゃってるから私しかいないけど、何か遺言あった?」


 母がお茶を出しながら、言ってきた。


「別にない……」


 遺言って言われるとアレだけど、こっちでは死んでるようなもんだから何も言わない。


 自分と考え方が合わないので、父親と一緒にいると俺はイライラする。


 いい加減で、ズレてて、腹黒くって……そのくせ、世間体ばっかり気にする。


 居なくて良かった。


「ところで、その子は誰? 天使? 神様? 彼女? 奥さん? 宇宙人? 幽霊? どれ?」


 母はゴブリンのことを聞きたいから、お茶飲んでいきなって言ったのかもしれない。


「えっと、名前はゴブ……リン……。関係は……何だろ……?」


 ゴブリンは俺にとって何なのだろう、咄嗟に答えられない。


「リンちゃんっていうの? へえ、可愛い子じゃない?」


 母は耳糞でも詰まっているのだろうか。


「リンです。お母様。不束ものですが、よろしくお願いします」


 ゴブリンがリンという名前になって、勝手に挨拶してる……。


「何か、結婚の挨拶に来たみたい……。え? ひょっとして……もう、付き合ってるの?」


 母はそういう発想にすぐに行き着く。


「そういう関係じゃなくて、友達というか、協力者というか、仲間というか……そういう系の関係だよ」


 ゴブリンは隣で多くは語らず、じっと澄ましている。


「そうなの? 見た目は可愛くって礼儀正しそうで、いい子に見えるんだけどな~」


 母はゴブリンのことを気に入ったようだ。


 こんなヒラヒラしてる変な格好をしているのに、何でだろう?


「そんな、お母様……。私なんか直樹さんの優しさに支えられている方です」


 ゴブリンって猫被るのうまいなあ……女の人ってこういうところが凄い。


「へえ、戻ってくる時は何か形になってるといいね。その代わり、私が生きてる間でお願い……」


 ちょっと意味がわからないけれど、母は少し嬉しそうだ。


「ところでさ。今、どこに住んでるの? ご飯はちゃんと食べてるの?」


「今は異世界の病院で治療を受けていて、ご飯はちゃんと食べてるよ。ね?」


 ゴブリンに同意を求める俺。


 ゴブリンは頷く。


「堺の病院? 大阪に居るの? はは~ん、アレね。何か秘密結社とか、そういうので行方不明を装ったとか?」


 何だかよくわからない勘違いをしているようだ。


「……」


 俺は何て返したらいいかわからない。


 話しても、話が通じないのだとは思った。


「直樹が居たベッド。周辺がえぐれるように丸々なかったんだって。遺体もないけど、ベッドもないの」


 俺が転移した後は、不思議なことになっていたっぽい。


「あれから、あと2ヶ月で直樹が居なくなってから1年。……危ないこと、やってないよね?」


 1年?


 時間経過がおかしい……2つの世界の時間差はそんなに無いと思ったのに。


 やっていることは、危ないことしかないけど……そのまま言うわけにはいかない。


「……やってないよ……」


 母は俺のことを何か、信じきれていないようだ。


「そういえば、直樹の部屋に白い粉があったけど、変なクスリやってない?」


 母は俺のことを疑いの目で見ている。


 俺の発言は覚醒剤か何かのせいで、おかしいと思っているんだろうか。

 

「白い粉? どこにあったの」


 身に覚えが全くない……。


「看護学生の頃のファイルの中……」


「ああ……あれか」


 分かった。


「やっぱ……そうか、覚せい剤……やってるの……?」


 思いつめた表情で、母が見てくる。


「お母さんと一緒に……警察行こう」


 やっぱり……やってたか、っていう感じになってる。


「違う! 違う。違うよ、トロトロリンだよ。老人の誤嚥を防ぐために、お茶にとろみをつける粉!」


 俺は、慌ててその粉が何なのか説明する。


 老人は水分を取る際に、トロミがあるモノの方が気管に入ることなく飲み込みやすい。


 学校で貰ったやつがファイルに入ってただけだ。


「え? 何それ……。……誤嚥予防か……そっか、う~ん」


 頭の中で状況を一生懸命に処理しようとしている母。


 右手を握って小指側のコブシの下を左の手のひらにポンって打ち付ける。


「なるほど! 私もそうだと思ったんだよ~、もう。紛らわしいね」


 嘘つけ……めっちゃ疑ってたじゃん。


「そうだ羊かんがあったんだ。今出したげる。もう一杯お茶飲む?」


 母は間を誤魔化すように、羊かんを切りに行って持ってきた。


「そうそう、そう言えば隣のトオル。お父さんにそっくりに禿げちゃって……髪ないよ」


「まあ、もともと薄かったからね……」


 俺が転職して今の病院に行った時、既にトオルの髪はだいぶ危なかった。


「髪ないの? 前のダレンさん?」


 ゴブリンはボソッと、そしてヒソヒソ声で俺に聞いてきた。


「そう同じ。頭の形もダレンさんとトオルって、似てるんだよね……」


 俺も小さな声で呟く。


 あの若ハゲ……見てると癒される。


 ダレンさんの頭、実に勿体ない……癒し系要素をたっぷり含んでいたのに。


「そのトオルなんだけどさ。東京の秋葉原に遊びに半年くらい前に行って、行方不明だってさ」


「行方不明?」


 何で? 意外な話……。


「警察も探しているんだけど、見つからなくってさ。張り紙とかしても見つからない……」


 張り紙? 


 やばい……見てみたい……トオルの指名手配写真……ちょっと、想像すると笑いそう。


「お母さん、その指名手配……じゃなくて、お尋ねも……でもなくて……、尋ね人の張り紙ないの?」


「え? 張り紙? 家にはないけど、そこら辺に貼ってなかった? 日本全国に貼ってあるよ」


 空飛んでたから、分かんなかった。


 そっか……、絶対に帰りに探してみよう。


「直樹……、本当はどこから来たの。お母さんには本当のこと言って……」


 母が急に真剣な顔で俺の方を見る。


 異世界の病院だって言ってるのに。


「さっきも言ったけど、こことは違う世界の病院で神様に治療してもらってる」


 嘘は言ってないけど、大阪だと思っているとすると嘘だと思っても仕方がない。


 色々なことが説明が付かなすぎるから。


「違う世界って、天国? 地獄? 大地獄? 火星、金星、月、太陽? ……どれ?」


「どれも生きては住めないところばっか……でも、強いて言えば宇宙って考えると最後のは近いかな」


 異世界って言うけど、俺の中ではどっか別の星にいるんじゃないかって思ってる。


「宇宙か~……嘘みたいだけど、敵に追われてる話も裸足も直樹の突然いなくなったのも、何か納得ね」


 母は窓際に背を向けて立つと、なにか思いつめるかのように遥か遠くの方を眺めてる。


「……ごめん、お母さん……」


 親不孝だけど、急にいなくなる俺を許して。


 そう思った途端、俺の身体が足元から消え始める。


 隣を見ると、ゴブリンも消え始めてる。


 シュワシュワと光る粒子になって消えていく俺たちの身体。


 下から三分の二位消えた時だった。


 母はこちらを振り返ると、俺たちが消えていくのに気付く。


 泣きそうな表情になる母。


「直樹? 直樹! もう行っちゃうの……。せっかく会えたのに、そんな……」


 母の涙がこぼれる前に俺の意識はどこかに飛んでった。

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[一言] お母さんは小林君とゴブリンちゃんの関係が 気になっているんですね。 小林君と結婚秒読みかとか気になりますよね・・・。 この時点でゴブリンちゃんの見た目年齢は 小林君の彼女でもおかしくないく…
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