64話 ゴブリンと一緒に実家に帰った
セピア色は全くなくなっていた。
植木の色も、土の色も空の色も全てが普通の色をしている。
それにしても、ずいぶん長い夢だ。
夢から全然覚めないという、不思議な状況。
俺、夢から二度と目覚めないのかな。
ゴブリンはいるけれど、幻かも知れないしひどく心細い。
夢の中とは言え、どこに行くかわからないし、履物が無いと歩くのに痛そうだ。
実家に行き、履物がないか探してこよう。
「ゴブリン。ちょっと実家に行こうと思うんだけど……」
「え? 急に? 困ったな……こんな格好で変な人だと思われちゃう」
変かどうかというと、頭おかしいと思われるかもしれないけど、どうしようもない。
飛んでいる時は、人が見えたかもしれないけど、家に人がいるかどうかも怪しいものだ。
小心者の俺はそーっと、実家の敷地内に入っていく。
母家の造りも両親が住んでいる建物も、農業用のモノを入れて置く建物も全部転移前のまま。
車の数からして、母親しかいないようだ。
祖父は自分が病気になる前に亡くなり……祖母は認知症が進み施設へ行ったので母家は空っぽ。
弟は子供が出来て、外で暮らしている。
妹は20歳の頃に子供が出来て、嫁に出て行ってしまった。
「えっと、履物……履物っと」
「履物を探しに来たの? 私は別にいいのに」
ゴブリンはいいだろうけど、庭を歩くのにも俺は足の裏が痛くて痛くてたまらない。
誰もいない母家に入ったけど、靴はなかった。
住んでいる方に行ったら、誰かのが……いや、俺のがあるかもしれない。
人がいるかドキドキしながら、ドアをガチャッと開けて見た。
「直樹……」
「あ……」
お母さんがいた。
50歳くらいだけど、10歳くらいは若く見える小柄な俺の母親。
オレンジのTシャツに黒のジャージで玄関に立ってた。
身長155cmでゴブリンよりちょっとだけ身長低い……。
「え……?」
ゴブリンの動きも止まった。
「直樹のお化け?」
お化け?
俺って、死んだ扱いなんだろうか。
「俺って死んだことになってる?」
「……死んだことになってるよ……。生きてるの?」
生きてると思うけど、何て言っていいかわからない。
「……ん~。元気になってる途中かな? また、すぐこれから出掛けるけど」
「途中? 元気になったら、帰ってくるの? 死亡届……出しちゃったよ」
死亡届出しても、生きていたってことになれば、大丈夫なんじゃなかったっけ?
日本では警視庁で1年間に2万体もの変死体が扱われている。
そんな中には死体は人違いで、1年後にお父さんが帰ってきたっていうのがあったし……。
「もし帰ってきたら、戸籍はきっと元に戻せるから大丈夫。帰ってきた時、また相談しよう」
俺が帰って来れたら、帰ってきた時に考えればいいじゃないかと思う。
今は考えるだけ無駄だ。
「そんなことより、履物貸してくれない? ふたり分。俺のとか残ってない?」
母は俺たちの足元を見ると、不思議そうに眺めた。
「靴……何でないの?」
何でないかは、自分でもわからない。
「……悪いやつに追われてるんだ。それで、逃げてくる時に脱げちゃったんだ」
ゴブリンは俺の方に痛そうな目を向けている。
嘘だけど、何かそれっぽい適当な事を言わずにいられなかった。
母は何か言いたそうだけど、そのことには触れずに他の言葉を返してきた。
「直樹の高校の時の運動靴があるけど……そっちの人は私の昔の靴とか?」
「高校の? ま、いいや。出して」
母は下駄箱から、ちょっと潰れた2つの靴を出してきた。
俺のは26.0センチで、母の昔の靴は23.5センチ。
俺のは高校の靴だからエンジ色の運動靴で母のお古の靴は白い運動靴で青いラインが入ってる。
雑巾を借りて足の裏を拭いてから、俺とゴブリンは靴を履いてみる。
「うん、大丈夫みたい。履ける?」
俺は自分の靴だから履けないはずはないけれど、ゴブリンは履けるかな。
「大丈夫みたい……」
偶然にもゴブリンの足と母の足のサイズは同じくらいみたいだ。
「靴下履かないで履いてくの?」
母がおかしいでしょ? っていう表情だ。
母は二階に上がって靴下を持ってくると、俺とゴブリンに渡してくれた。
靴下を履くと、より一層に足が良く馴染む。
ゴブリンも大丈夫みたいだ。
「お母さん、ありがと。じゃ、行こっか」
「ありがとうございました」
ゴブリンが丁寧に頭を下げてお礼を言う。
どこに行くかわからないけど、とりあえず他に行ってみようと思った。
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