63話 忘れられない存在
場面がパッと切り替わる。
目の前に広がったのは、6畳くらいの独身男性の部屋。
本棚とテレビとベッドのシンプルな配置で、電気は昔ながらの輪の蛍光灯に四角い傘がついてる。
四角いコタツテーブルがあって、成人誌とか男の部屋にありそうなものが自然に置いてある。
幼馴染は八分のズボンにTシャツという服装で、いわゆる部屋着ってやつだ。
幼馴染はベッドの脇に座って、『俺』はコタツテーブルの前。
目の前のコップに炭酸飲料が注がれている。
その様子を俺とゴブリンは部屋の隅に突っ立って見ている。
「お兄ちゃん……、これが男の人の部屋なのね」
「うん……まあ」
ゴブリンはこっちの世界初めてなのに、何だか異世界の存在らしからぬ反応。
カトリーヌギフトのこっち世界の知識のせいだろうけど、まるで、第23世界の女の子のようだ。
「今、トオルくんは何やってるの?」
幼馴染の名前はトオルくんだった。
「コンビニでバイト。何にもやらないのもアレだからな。雇ってくれるとこなんてないからさ」
高校中退の人間は、今も昔も働く場所は限られている。
俺が新しい病院に行く前も、やっぱりコンビニでバイトしていた。
「何で、高校辞めちゃったんだよ……。卒業すれば就職先はあったろうにさ」
「……実は俺も留年しようと思った……。直ちゃんのこと気に入ってた担任のおばちゃんいたろ……」
高校1年生の時の担任の先生は、背の低い60歳近い丸メガネをかけた人で国語教師だった。
学級員やっていたり、国語のテストの点が良かったり、俺への評価は高かったみたいだ。
「……ああ、いたけど……それが?」
「あのババアさ。俺が留年したいって言ってるのに、留年は出したくないの一点張りで……」
そうだ、この話は過ぎたことでどうしようもないけれど、腹が立って今でも仕方がない話。
「留年を出したことないのが、そのババアの自慢なんだとさ……だから、辞めるしかできなかった」
「意味わかんないんだけど? それで、押し切られちゃったってこと?」
そういう話し合いは親と一緒に行くのだろう。
でも、あの親じゃ無理もないかな、とも思った。
彼の両親も兄弟も、全体的に頭が弱い人が多い。
母親は精神的にちょっと不安定らしく、いつも独りで何かつぶやいては急に大きな声を出すような人。
姉と兄は知恵遅れで、障害者手当をもらっている。
父親はトラック運転手だけど、帰ってくるとお酒ばっか飲んでた。
近所に住んでいても、とてもまともな感じには思えなかったし、唯一まともな彼を不憫にも思った。
「どうしようもなかったんだよ……俺がいくら言っても話は通じないし……親はやる気ないし……」
「俺が力になってあげられれば…………、教師の記録なんか糞くらえだ……」
腹が立ったけれど、もうその時は何年も経っていたし、どうにもならないこと。
「そんな事はもういいんだけどさ……これ見てみ」
「おお、……これは……」
何を渡されたんだっけな、あれ……。
ちょうど、出っ張ってる本と『俺』の頭が邪魔で見えない。
「お兄ちゃん、あれ何?」
「忘れた……」
ゴブリンをその場に残して、『俺』の背中側から近づいて覗いてみる。
成人女性の写真がいろいろ載っている本。
「何だった?」
「えっと……、勉強の本」
「二人共、まじめだ……」
そう思って貰おう。
「そうだ、そうだ。今、面白いアニメのDVDあるんだけど観る?」
「何、何?」
有名なロボットアニメのDVDだ。
最初から終わりまで全部ある。
「それ、貸してやるよ。全部観たら返してくれればいいから」
「ありがとう」
こんな感じで俺とトオルの交友関係が始まった。
「トオルさんっていい人なのね」
「俺の中の芸術的感覚に、いろいろな影響を与えた……いわば師匠といってもいいかな」
アニメや美少女ゲームやテレビゲーム、学生でお金が無かった俺はトオルが遊んだ後のものをたくさん貸してくれた。
俺が転職して、新しい病院に移る時も心配してくれたっけな。
オンラインゲームで会った時はネカマになってたけど、今でも忘れられない友達。
いろいろ浮かんでくる想い出に浸っていたら、いつのまにか再び暗転。
元の実家の前の道に戻ってきた。
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