60話 雲と空
白い光を抜けると、青色が視界に広がった。
青色といっても濃い紺色のような青がだんだんと薄くなっていくというグラデーションをしている。
多分、空の上だと思う。
濃い青色の上は黒っぽくなっていって、宇宙への黒になっていく。
なぜか落ちていたはずなのに、俺たちは水平方向に吹き飛んでいく。
風がとても強くて、多少の冷たさを感じる。
どこまで飛んでいくのだろう。
俺の顔は進行方向にあるために冷たい風をモロに受け、左手はゴブリンにつながって後ろにいる。
目なんて開けられないと思いきや、前方を向いてもさほど苦はない。
高さはきっと、かなり高いところだろう。
いくら飛んでも何にも当たらないし、視界の下には雲も見える。
これは、夢に違いないと思う。
そう思うのは、あまりに甘い体感状況……。
前の世界の常識では100m上空に上がるごとに0.6度気温は下がるはず。
地表の気温が多少高くても、上空で氷点下でないはずがない。
雲があるという上空6000mは、俺のいるところより更に下に見えるのだ。
上空に吹き荒れる風の強さもこんなものであるはずがない。
上空10000mは風速350kmのジェット気流が吹くこともあるそうだし……。
気圧だって富士山の頂上よりさらに低いのだ。
俺のカヨワイ身体で酸素が欠乏しないはずがない。
上空なんて行ったことがないけど、ジャージ姿でいられるなんて、まるでギャグ漫画。
夢以外に考えられない。
夢なのに……地獄つなぎの左手は痛いし、風は冷たいし、落ちたり飛んだり散々だ。
この夢に何か意味があるのだろうか。
続きも悪夢に違いない、早く目を覚ましたい……。
俺の中で……強く想い、念じ、気合を入れて、頑張ってこの世界から逃れようとしてみた。
けれども終わらない、この世界。
どこまでも飛ばされていく俺たちの身体。
それでも、徐々に速度は落ちていき、ゆっくりと高度は落ち始める。
ようやく今の状況を把握しようと頑張ってみる俺。
青のグラデーションの下には雲が見える。
雲の隙間に海が見えて……、何か有用な情報は得られそうにない。
高度が落ちてくると、雲の氷の粒が身体に当たる。
初めは絹雲、筋みたいな雲。
ちょっと下がると、巻積雲。
見た目は違うけど、今の俺には雲は雲で、同じ水や氷の粒でしかない。
このまま落ち続けたら、海に落ちてしまうのだろうか。
しかし、しばらく高度が下がってくると、遠くの方へ陸が見えてきた。
陸に落ちたら、夢でも痛そうだ……。
けれども、落ちる場所は運任せだろう。
俺の、ちょっとした身体のひねりも足の動きも、何もかもが飛行状態には影響がない。
高度が下がると、雲の性状は変わっていく。
氷の粒が水の粒になってきた。
遥か下の方へ、小さな積雲やちょっとした層雲が見える。
雨雲となる乱層雲や、雷雲となる積乱雲っぽいものに突入しなかったのは良かった。
今日は晴天で、陸の近くではカモメみたいな鳥が飛んでいるのが小さく見える。
地上から眺めていると、曇ってのは全部同じように見えるのに、いざ空を飛ぶと高さが全部違うのが良く解った。
どんどん陸が近づいてきて、まだ勢いの衰えきっていない身体は陸の上を飛んでいく。
衰えるというよりは、速度も高さも一定を保っているという感じもする。
カモメはいなくなって、スズメやカラス、カモ……あとは知らないなんかの鳥が下の方に見えた。
山々や木々。
建物や車。
そして、人々みたいな点が見え始める……。
都市を越え、山を越え、高速道路を越え、町を越え、田んぼや畑だらけの田舎の所まで来た。
少し家のあるような所に来ると、飛ぶ勢いはスーッとゆっくりになって行き、やがて止まった。
下を眺めると農家らしい大きな家と、普通の庭付きの家がセピア色に見える。
周りの家は普通の色なのに、その2軒のみがセピア色……。
その民家の近くにくると、そこが最初から目的地だったかのように視界が下がっていく。
俺もゴブリンも地面に足をスタッと……痛た……。
裸足だった。
降りたところは砂利道だ。
舗装された道路があるのに、わざわざ石ころだらけの所に降りるなんて……。
ゴブリンはようやく、目を覚ましたようでぼーっと辺りを見回している。
ゴブリンも裸足だけど、平気っぽい。
ここはどこだろう。
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