第1話「旅立ちの日に」
「…て…きて…おきて…」
「ん……」
ハッとして目を覚ます。あれ、俺こんなとこで寝てたっけ。ってか、なんだここ…。
「真っ暗じゃん」
「そこは我慢して頂戴。これが私の創れる今の限界よ」
どこからともなくその声が響いた。
「っ…誰だお前⁉ てかどこにいるんだよ!」
すると黄色い人魂のような光が頭上から自分の目の前に降りてくる。
「ここだよ?」
その人魂がとぼけた声で言う。
「は…?」
確かに声はその光から聞こえているような気がする。が、ありえない。なんでこんな光が喋ってんだ…。考えられることと言ったら――
「あ、これ夢とかじゃないからね」
思ったことをそのまま言われた。なぜわかった? …というよりも!
「どう考えても夢だろうが!」
「ん~……まぁ寝ているときにしか神経を繋げないから、夢と言ったら夢…いやでもこれは夢じゃなくて……」
急に人魂が悩みだす。どう考えても夢だろ、こんなん。さっきからほんとうに何なんだこいつは…。
「と・に・か・く!」
「はぁ…?」
適当に生返事で返す。それを完全に無視して人魂はなぜか嬉しそうに俺の周りをくるくる回る。そして回りながら笑い、話す。
「私はね――――
**
——お兄ちゃん! 起きてぇ~~っ‼」
「ひゃいっ⁉」
がバッと布団をはいで起きる。見慣れた部屋が目に映る。急に明るい世界になったのでびっくりする。
「戻ってきた…のか……」
さっきの夢のせいか汗がひどい。…と、妹が視界の隅からひょこっと顔を出す。
「お兄ちゃん…急に何言ってんの?」
不思議そうな顔で聞いてきたので焦って答える。
「いやぁ、何でもない。変な夢を見てただけだ。ところで萌花、なんでこんな朝早くに起こしにきたんだ?」
時計を指差して言う。時計は6時の少し前を指していた。
「だって、今日入学式でしょ」
「あぁ、そういえばそうだった」
そうだ。俺は今日から高校生になるんだった。
「もう…そんな大事なイベントを忘れるなんて……お兄ちゃん高校生なんだからしっかりしてよね」
「面目ない…」
12歳に言われるとなんだか心がえぐられる。
「ところでお兄ちゃん、何の夢見てたの?」
「あぁ、夢な…ってあれなんだっけ……」
本当になんだっけ…。ほんの数秒前まで覚えてたのに急に忘れてしまった。多分、どうでもいいような夢だった気がするけど。
「そういえば萌花も入学式だろ。何時からだっけ?」
思い出せないものは忘れるに限る。モヤモヤを抱えるよりよっぽどマシだ。話題を変えて話を逸らす。
「私は午後から。お母さんと一緒に行く」
「そっか」
萌花ももう中学生かー…。なんて思考にふけっているうちに「それじゃ、先に下降りてるからね」と言って萌花1階に降りて行った。
「そんじゃ、俺もそろそろ行こうかな…っと」
ベッドから飛び起きてカーテンと窓を開ける。澄んだ風は心地がよい。
**
『おはようございます。6時になりました。2080年、4月3日、木曜日のニュースです……』
NHKの朝のニュースがリビングに流れる。
『あの[東京事件]から今日で14年になりました……』
トップニュースはそれか。テロップには『東京事件から14年 当時の教訓を次の世代へ』と銘打たれていた。そういえば今日はそんな記念日だったっけか…。
あの事件がなければ今のような学校制度になることなどなかったのかもしれない。それに、父さんも……。
が、まあそんなことを考えたところで起こったものはなくならない。考えるだけ無駄か。いつものルーティーンワークで食パンをトースターに入れる。
『それにしてももう14年ですか…。あの地獄のような1年の間に生まれた子どもたちはもう中学生になっているんですね』
早速コメンテーターが話題について切り出す。地獄とは失礼な。それにその数日前に生まれた俺はもう高校生だ。中学生だけじゃないっての。
『そうですね。そして新学校制度が始まってから10年になります。現在となっては学校防衛隊が各学区ごとに自治を行っているので……』
コメンテーターの失言を軽やかに無視してアナウンサーが解説を始める。さすがNHK、アナウンサー鍛えられてんな——と、アナウンサーに合わせるようないいタイミングでトースターからパンが出てくる。それを取り出し、バターを塗ってほおばる。テレビでは学校防衛隊の武装した隊員が映し出されていた。それを眺めながらコーヒーを啜る。俺だっていつか…。
「なんて言っても難しいんだけどな……」
**
「それじゃ、気を付けてね」
「はいよ…っと」
靴を履きながら返事する。母と萌花が見送る、と言って玄関まで来てくれた。
「お兄ちゃん羽目はずしちゃだめだからね!」
「わかったわかった…」
お姉さんぶってはいるが果たして『羽目をはずす』の意味が分かっているかも怪しい。萌花もそういうお年頃になったのかな。
なんて考えながら歩いていると、あっという間に駅に着いた。
****
「え~、皆さんには…安全で…えー…楽しい学校生活を……」
長っっっっっげぇ‼ さっきから何分喋るんだよこのおっさん⁉
入学式が始まってもう30分は経っただろうか。どうして入学式を学区内一斉でやるんだよ…。そもそも全学校の校長全員が喋る必要なんて…‼ そこまでいってからヒートアップした自分を落ち着ける。これはあれだな。
「考えた奴は大バカ者だ」
*
「ぶぇっくしょん‼」
「司令、大丈夫ですか?」
盛大にくしゃみをした男性――司令に秘書が寄り添う。
「いや…今誰かに噂されたような気がしてな…」
はぁ、と秘書は溜息をついてモニターを指差す。
「そりゃあ、こんなことしてたら恨まれても文句言えませんよ」
モニターには大勢の生徒が詰め込まれた高校の入学式会場の映像が流れている。
「いくら3万人も収容できる桜月スタジアムとは言っても2万5000人の生徒に加えて保護者までって…しかもこんな長時間。さすがに理事会に怒られますよ」
「なーに、いつ奴らが襲ってくるかもわからないんだ。各学校で入学式なんてやってたらそれこそ被害が出るかもしれん。窮屈だろううが命には代えられん」
それに話が長いってのは俺にはどうもできん、と言い再びモニターに向き直る。
「そうは言っても…ここ数か月敵襲なんてないんですから今年くらい各学校ごとでもよかったんじゃないですか? 第一、敵には入学式がいつかなんて分かりっこないはずですし…」
秘書は腑に落ちない、といった顔を浮かべ、自慢(自分で言っていた)の金髪をくねくねといじる。
「どうしたエディ。俺のカンは案外当たるぞ? 今年はなんだか来そうな予感がする! ってな」
せめて面白い話風に持っていこうとしたが、ため息をつかれ、「それ毎年言ってます」と表情一つ変えずに一蹴された。極めつけに「私お茶淹れてきます」とばつが悪そうな声で言い、秘書――エディは指令室から立ち去った。
「いや、ティーカップ持っていかんのかい…」
彼女はプライドが高い方だが、そんなに怒るようなことだったか? うーむ、と1人でうねっていると、エディと入れ替わるように別のオペレーターが入ってきて「防衛省からです」と紙を渡す。
「ほ~ら、俺のカンも捨てたもんじゃないだろう?」
にやり、として立ち上がる。「ところで俺ってエディに嫌われてる?」と紙を持ってきたオペレーターに聞くとこれまたため息をつかれ「かわいそうなエディ…」とよくわからないことを呟いていた。
**
「ふぁ―――――――っ! やっと終わったぁ‼」
椅子の上でけのびをする。結局おじさんたちの話で1時間もかかり、全体で1時間30分もの間、椅子に座りっぱなしだった。まずは保護者から学区外への帰宅を案内をしますというアナウンスがあってから5分。そこへ、ピンポンパンポンとよく聞くチャイムが流れる。
『学校防衛隊から、生徒の皆さんにお知らせです』
なんだ? 周りの人たちもヒソヒソ声でしゃべりだす。
『現在、桜月学区にウル独立同盟国の輸送機が向かっていると思われます。安全のため、会場の隊員の指示に従って避難してください。繰り返します。現在……』
輸送機って…あ、そういうことか。状況が分かっていない会場の生徒たちの間では「マジかよ」「え、これ大丈夫なの?」「何これなんかテンション上がるんだけど!」的な、心配と期待の混ざった声が混ざり、地獄絵図そのものとなっていた。声の大きさは時間に比例するように大きくなっていく――と、
「それではァ!これかこちらで指示を出します! 我々の指示に従ってください!」
急に1人の男性が壇上に登り、野太い声で叫ぶ。確かあの人、今朝見たような……
「我々は、関東学校防衛隊桜月基地の者です! 現在情報が回っていませんが、司令部からの指示に落ち着いて従ってください!」
あ、この人…今朝のテレビのVTRで見た人だ。にしても、これだけの人数を一声で圧倒するなんてどんな声量なんだか…。
「月野宮高校と久遠高校の皆さんは18番ゲートから第5地下シェルターに移動してください!」
全体の指示があってから10分くらい経ったくらいの時間でやっと避難の指示があった。その声でわぁっと大勢が動き出す。なんで1000人単位で動かすんだか。やっぱり学校防衛隊の上層部は馬鹿だな。
*
「へくしょんッ!」
「またですか司令…」
「あぁ、今日は不思議とくしゃみが出る。絶対誰かに俺祟られているわ……」
エディが今日何度目かのため息をつき、馬鹿なんじゃないですか、と呆れた口調で罵る。
「んで、避難の状況は?」
左前にいた司令部のオペレーターに確認する。
「全50校のうち43校が第1から第4地下シェルターに移動を完了しています。現在点呼中です。残る高校は7校で、第5から第7地下シェルターに移動中です」
避難は間に合いそう、か。
「で、敵の動きは?」
今度は右前のオペレーターに確認する。
「はい、下田のレーダー基地からの情報だと、敵の機体数は10。日本の南の上空から基地に向けて14時の方角から侵入。現在空自が対応中です。第5航空警戒隊からの情報ではおそらく機体はY‐20輸送機だということです」
「なるほどね。やはりウル独立同盟国で間違いないな」
「はい」とオペレーターが答える。
「こちらへの到達予定時刻は?」
「一〇一五に桜月学区第一防衛ラインに到達。その際、2から3機体で編隊を組み、複数の学区に向けて攻撃するものと思われます」
「わかった。予想進路に含まれる学区に情報を共有。加えて連携を要請しろ」
よいしょ、と立ち上がる。
「すでに発令中の第一次警戒態勢及び第三種戦闘配備を、第一種戦闘配備に移行。以降の戦闘は学校防衛法第9条および第10条により、関東学校防衛隊桜月基地司令部司令権限において稲田和義の名で許可する。また、関係省庁及び周辺基地に以上の発令を通達」
「「了解」」
司令部があわただしく動きだす。さて、どう出る。
*
「いやぁ、久しぶりにやってくるからには面白いもん見せてくれるんだろうな」
ブラックコーヒーの入った缶を呷る。苦っが…。カフェオレにしておけばよかった。
「何不謹慎なこと言ってるんですか。平和に越したことはないんですよ」
と言って先ほどの男性に並んでいる女性はカフェオレの入った缶を呷る。甘んま…。ブラックにしとくんだったなぁ…。
二人そろって缶をゴミ箱に抛り捨てる。
「そんじゃ、行きますか?」
「「はい‼」」
後ろからついてきた総勢13人の男女が頷く。
「UNIQUE000、出動」
『了解』というオペレーターの声とほぼ同時に彼らの周りの空間が歪んで――――
消えた。




