エルフの国にて
エルフの国、リーンセルト。
大森林リーンセルトを中心とした国であり、その国土のおよそ9割以上が森に覆われている。
エルフの護りと呼ばれる魔法がかけられた森は迷いの森と化し、許可なき侵入者達を迷わせる。
過去の戦争でヒューマンが火をかけて森を焼き払おうとした経験から耐火の魔法もかけられており、エルフの森では枝を拾っても焚き木にもなりはしない。
そんなエルフの国では精霊信仰のせいか、上位の精霊が多く居る……と言われている。
実際にはそんなことはなく、自由主義者の精霊達は何処にでも居るし、何処にでも行く。
そしてそれは精霊という存在が自然界に存在するあらゆるものに宿るモノであるからであり、言ってみれば神々よりも「自然」に近い存在であるという証明でもあるだろう。
けれど……それでも。
何故忘れてしまうのだろうか。
人と近い隣人のような存在であったとしても、自然とは元々恐ろしいものであるという事実を。
精霊とは自然同様に気分屋であり、言葉の通じるだけの「何か」であるということに。
ヒューマンやドワーフなど、多くの人間はそれを遠き昔に忘れ去り……精霊信仰を掲げるエルフですら、言葉面以上にはそれを理解していなかったのかもしれない。
もし、理解していれば。本当に理解していたならば。
世界樹の森へ呪いをたっぷりと籠めた鎧を向かわせるなどという愚行はしなかったであろうに。
彼等の幸運は、その鎧が世界樹の森までは届かなかった事。
彼等の不運は、そこまで届かずとも世界樹の精霊は……激怒していたという事である。
そして、リーンセルトの王都アイセルムは今……静かな空気に、包まれていた。
「なんだか今日は妙な空気だな……」
アイセルムを巡回するホワイトエルフの兵士が、そんな事を口にする。
妙と言っても、ちょっとした気分のようなものだ。
いつもよりも風が無いとか、光魔法がちょっと弱い気がするとか……そんな程度。
たまにあることだ。
「かもな。精霊様の機嫌でも悪いんじゃないのか?」
ダークエルフの兵士がそう返せば、ホワイトエルフの兵士は「おいおい……」と嫌な顔をする。
「冗談でもそんな事言うなよ。怖いだろ」
「ハハッ。そうは言っても、精霊様が機嫌を損ねる事なんかないだろ。毎日しっかり拝んで感謝をささげてる」
「だといいんだがな……」
そんな事を言いながら歩いていく彼等だが、精霊を「見る」才能は彼等にはない。
精霊術士と呼ばれるタイプの魔法使いがエルフには多いが、そんな精霊術士達も精霊の存在をなんとなく感じる程度の才能は持っていても神霊化している精霊を見られるわけではない。
例外として「契約」した精霊を見る事が出来る場合はあるが……もし彼等がそうであれば、精霊達が怯えているのが分かっただろう。
そう、今この国には……一人の精霊が外からやってきていた。
精霊の中でも、最も古き一柱。
火や風、水や土、光や闇の大精霊といった古き者達……王と称される部類の精霊。
そうした精霊の王たちからも恐れられる、原初の精霊。
最初に世界が生まれた時に同時に生まれ落ちたとも伝えられる始原。
世界樹を宿とする精霊。世界樹の精霊と呼ばれるモノ。
一人の人間により「セージュ」と名乗る事になった精霊は、エルフの国を静かに歩いていた。
真ん中分けにした長い緑色の髪と、少し垂れ目気味の同系色の目。
着ている服は白い貫頭衣にも似たような服。
外見的には、およそ20代前後のヒューマンの女……といったところだろうか。
けれど、黙って歩くその女に、巡回の兵士達は気づかない。
気づいたのは、この付近にいた精霊達だけ。
その精霊達もセージュの纏う怒りの波動に脅え隠れ、あるいは伏している。
風が無いのは道理だ。
この場の風の精霊達はセージュの道を阻まぬように伏せ、一切の無礼が無いようにしている。
光が弱いのは道理だ。
この場の光の精霊達は、自分の輝きがセージュの怒りを増さぬようにと脅えている。
気分屋で平気で上位の者に逆らう精霊達ですら脅え自ら伏せる、それ程の怒り。
天地開闢より数えても、上位精霊のここまでの怒りは数える程しかあるまい。
セージュはゆっくりと歩き、気付かぬ門兵達の前を堂々と通り過ぎ閉ざされた城の扉をすり抜ける。
歩き、歩いて。セージュは、城の中でも一際広くて立派な玉座の間に辿り着く。
そこには、この時間にも関わらずしっかりとした装いを纏ったエルフ王の姿がある。
精霊信仰の強いエルフ達ではあるが、王は王族の中でも最も精霊術士としての適性があるものが選ばれる。
今代の王アリアスもやはり精霊術士としての適性が強く、神霊化した精霊の姿が見える男だった。
精霊限定とはいえ、これは他の国を合わせても凄まじく稀有な才能ではあった。
それ故に神霊化したセージュの姿がアリアスには見えていた。
その側に立つのは風の大精霊シルフィドであり、その事実がアリアスの才能を示している。
「……見知らぬ強き精霊よ。こんな夜更けに何の御用か。貴方の怒れる気配に、シルフィドが強い警戒を促す始末だ」
「警戒を、アリアス。アレは世界樹の精霊です」
シルフィドに言われ、アリアスは眉をピクリと動かす。
「世界樹……なるほど。そういえば心当たりがある。あの混ざり者を貴女のおひざ元へと送ったが……何か不敬を働きましたかな?」




