鍛冶場の夜
鳥は空でこそ舞う、という言葉がある。
人は地でしか生きられず、という言葉もある。
どちらも適材適所を示す言葉であり、特に前者はその人の才能を活かしたいのであれば必要な環境を与えるべき……といったような意味である。
バーンシェルの場合には鍛冶場がまさにその環境であるのだろう。
夕飯の場にも現れなかったバーンシェルは、鍛冶場で何かを作っていた。
すでに佳境に入っているのだろう、槌で叩き仕上げていくその姿には職人じみたものがあり……しかし、長時間炎の熱に曝されているその身体には汗一つない。
当然だ。火神の一柱であるバーンシェルにとって火は空気と同じであり、忌避すべきものでも恐れるべきものでもない。
極端な話、マグマ煮え滾る火口や天に浮かぶ太陽の中で鍛冶仕事をしたところで、バーンシェルには傷一つ付かないであろう。
まあ、そんな温度に耐えられる鍛冶道具こそ存在しないだろうが……バーンシェル自身は、高原の涼やかな空気に包まれているのと何ら変わらぬ感覚でしかない。
ともかく、彼女にとって鍛冶とは権能でこそないが趣味……フェルフェトゥの料理と似たようなものであり、それなりの……あくまで神の感覚で「それなり」の域に達している趣味でもあった。
「よし……!」
言いながらバーンシェルは出来上がったソレを満足そうに眺める。
夕食の後鍛冶場に戻ってきたコロナはそれを離れた場所に座り覗き込むように見て……「あっ」と声をあげる。
それは、刃だ。
しかし、包丁や細工道具の類ではありえない程の長さの刃。
例えるなら、そう……丁度ロングソード程度の長さ。
美しく輝く刃には時折赤い輝きが混ざり、火の魔力が練り込まれている事が理解できる。
「バ、バーンシェル殿。そ、それはもしや……」
「ん? おう、剣だよ。お前の剣はアタシが焼いちまったからな。代わりのが欲しいんじゃねえかと思ってよ」
言いながら、バーンシェルはすでに用意していたらしい柄に剣を嵌めていく。
カチャカチャと響く音にコロナは思わずそわそわとしてしまうが……やがてバーンシェルが立ち上がって素振りを始めると、同じタイミングで立ち上がってしまう。
「んー……まあ、こんなもんだろ」
言いながらバーンシェルは剣を鞘に仕舞い、コロナへと差し出す。
「お、おお……!」
その差し出された剣を、コロナは震える手で受け取る。
神の鍛えた剣、すなわち神剣。精霊信仰の強いエルフといえど、神剣の凄まじさは知っている。
人間の鍛えたもの……最高峰と言われるドワーフ製のものを遥かに超えると伝えられる剣。
鍛えた神の権能の一部を宿すとまで言われる神器クラスのものから、僅かな加護を宿したものまで様々と言われるが……伝説に唄われるような上位の神剣ともなると何処かの国の王が国宝として仕舞い込んでいるとか、流浪の剣士が持っているとか……とかく、実在が疑われるものでもある。
「ま、大したもんでもねえが……それなりにゃ仕上がってるはずだ」
「は、はい! ありがとうございます!」
言いながら、コロナは剣を鞘から抜く。
そうすると、先程見た刃が今度は間近に現れる。
美しい銀色は、鉄では有り得ない美しさ。
恐らくはミスリルか……それに類する金属だろう。
練り込まれたバーンシェルの魔力が刃に煌く赤の輝きを付与し、魔力を通すと赤熱するように赤の輝きが銀を覆い尽くす。
「素晴らしい……この魔力の伝導率……やはりミスリル、なのですね?」
「まあな。偶然鉱床を見つけたからよ」
「えっ」
ミスリルの鉱床。場合によっては戦争になるような利権の塊だが、そんなものを世間話のように聞かされてコロナは思わず静止する。
「ま、ミスリルの方は結構どうでもいいんだが……今回の役にはたったわな」
「ど、どうでも……ミスリル、ですよね? 聖なる金属と名高い……」
「それがどうした。金属は金属だろうが」
「は、はあ……」
言いながら、コロナは剣に意識を戻す。
材質はともかく、見れば見る程素晴らしい剣だ。
魔力の伝導率も今まで見たこともない程に高く、赤く輝く刃もまるで熱を持っているかのように……。
「ん、んん!? な、なんだこれは……熱を感じる!?」
いや、実際暑い。まるで剣自体が熱を放っているかのように熱さを感じるのだ。
「あー、そりゃな。アタシの権能の一部が備わってるんだから当然だろ?」
「そ、それは……それではまるで上位の神剣ではないですか! 神の権能を宿すなど……!」
「まあな。神剣っつーか神器だな。そんなもんを作るのは初めてだが、意外に手間かかるもんだ」
神器。疑いようもなく伝説クラスの神剣。
そんなものを「意外に手間かかる」で済まされたコロナは冷汗をかくが……同時に喜びが湧いてくる。
「そんなものを、私に……?」
「まあな。ちょっとした練習みてえなもんだが……一応本気で作ってる。名前は、そうだな。火刑剣ってところか。魔力を通せば通す程応えるようになってるが、この村の中で本気で振るうんじゃねえぞ。たぶんひっでえ事になる」
一体どれほどの。その言葉を呑み込み、コロナは鞘に仕舞った剣を掲げ膝をつく。
「……火刑剣、確かに拝領致しました。この身は御身が為に。この剣もまた御身とこの村が為に」
「あー、そういうの要らねえよ。重い。重いのはベルフラットだけで充分だっつーの」
「お、重い……」
「寝ろホラ。御身がどーのっつーのは神霊化してるアタシが見えてからにしろ」
「うっ……」
鍛冶場の隅に敷いてある藁を指差すバーンシェルにコロナは反論できない。
神霊化しているバーンシェル達が見えないコロナの為なのかは分からないが……神々は、皆コロナにも見えるように実体化している。
「そういえばバーンシェル殿。セージュ様は……」
「……御身が為とか言う割にゃ、アタシは「殿」でセージュの野郎は「様」なんだからなあ。エルフってやつあ……」
「えっ。あ、いえ、その。癖みたいなものでして……!」
「別にエルフの精霊信仰をどうこう言うつもりはねえよ。セージュのアホはどっかで何かやってんだろ。精霊ってのは自分勝手だからな」
さっさと寝ろ、と手を振るバーンシェルにコロナは「はあ」と頷きながら藁へと向かっていく。
それをチラリとだけ見て、バーンシェルはコロナから見えない位置で凶悪な笑みを浮かべる。
そう、精霊は自分勝手だ。連中は悪神よりも自制心が無い。
ユータに迷惑がかかるから余計なことすんな、と三神がかりで言ってはいるが……それをどう解釈したか。
きっとロクな事にはなってはいないだろうと。
そう考えて、バーンシェルは楽しそうに笑った。




