第十一話『新・魔王軍』(ストーリーパート)
第十一話『新・魔王軍』
薄暗い廊下。足元からの冷気が身体が冷える。見事に磨き上げられた大理石の石畳が原因ではあるが、その上に引かれた赤色の絨毯が、それらの冷気を幾分か抑えていたが、それでも肌を突き刺すような寒さは変わらない。
お世辞にも快適とは言えぬ廊下を魔王と、小ボス。そして一体のシゼルが歩いていた。
傍らにいるシゼルの手には燭台が握られており、これがこの場所での唯一の光源であった。
三人並んで歩くのがやっとの廊下をシゼルが前を照らし歩き。
魔王と小ボスが続いた。
前を歩いていたシゼルは、三メートルほどもある重厚な木製の扉の前に立つと、両開きであるその扉を開けた。
扉の先も、これまた薄暗い部屋。
魔王城の王室と似たつくりではあるが、団らんの為のテーブルも、ソファーも当然ながら無い。
あるのは数段の階段の上にそびえる王座のみ。
天井から淡い紫色をした垂れ幕があるが、その垂れ幕も今は上がっており、魔王の視線の先にある王座が良く見えた。
そこへと魔王は真っ直ぐ歩くと、王座へと腰掛けた。
そして垂れ幕がゆっくりと降り、小ボスとシゼルは王座に腰掛ける魔王を垂れ幕越しに見つめる。
シルエットが確認できるだけで、誰が座っているかは分からないが、その禍々しいまでの魔力は“魔王”を知る人物にとって、間違えようがなかった。
それを理解しているのか、次に部屋に入ってきた人物。ビムと呼ばれ、シゼル達の親玉である者が王室へと入ると、垂れ幕越しに、魔王に跪く。
「ビムか。状況は」
「はっ――現在レッドシゼル含めた二百体のシゼルを用い。国王軍をさせましたが、思ったより抵抗が激しく、未だ魔王城の者を攻撃するに至ってはいません」
「……“覚醒”の方はどうなっている?」
「既に私の中に魔王様と小ボス様のデータを組み込み終えました。時機に全てのシゼルが“覚醒”段階に至ります」
「例外である“レッドシゼル”だけではなく、全てのシゼルがあれと同等になるのか。それに至れば現状の数でも不足あるまい」
「はい、それに増援として三百体ものシゼル達が魔王城南門に向かって進行中です。北門の二百を合わせれば今現在の戦闘力でも時間の問題でしょう」
目を細め、満足そうに魔王は笑う。
満足の行く回答を得られたのか、魔王はご機嫌であった。
それにほっとしたビム。
本来は自分があそこに座り、魔王がこうして頭を垂れていたはずなのに、結果は見ての通り。
ビムが下で、魔王が上であった。この様なあり様にも関わらずビムは魔王に対して反駁の意志は無かった。
当初の予定ではビムは、小ボスとリンクを行い。小ボスとは血肉の契約で繋がっている魔王すらも手中に納め。最強と謳われる魔王の力を使い。自分のような人工生命体を生み出した魔族や人族を根絶やしにする予定であったが、ビムである自分とリンクした魔王はあろうとことか、こちらの制御下に置かれるのではなく、逆にこちらのシステムその物を乗っ取ってしまった。
これでは魔王によってシゼルや自分を滅ぼされる。そう考えたが。
しかし魔王は、人が変わったように自分と同じ目的を語りだした。
原因は分からないが、大方、システムの全てを乗っ取る事はできず、僕の当初の目的である“魔族や人族の滅亡”は残り。魔王の思想へと移ったのだろう。
このように考えていたビムの考えは、半分は当たっていたが、実際は魔王が生まれた時に持っていた強大な力の源であるレゾンデートル。≪世界を破壊する者≫を呼び覚ましていただけだとは彼は知らなかった。
魔王はビムが想像している人族や魔族を根絶やしにするだけではなく。この世界その物を破壊するつもりだったのだ。
こうして、世界は再び破滅への扉を開けた。
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魔王城王室では現在。姫、それに人族の王。そして中ボスが顔を見合わせ、話し合いが行われていた。
「つまりシゼル……いえ。ビムの手に魔王様が落ちたと」
そんなはずはないと言いたげな口調で中ボスは姫の顔を見ながら言った。
ここに来て人族の代表である国王に構っている余裕はないのか、中ボスはいまだ国王に一言も話しかけてはいない。
「そうよ、白虎……四神の一人である彼がそう言ったのよ」
「なるほど白虎ですか……」
知ってるの? と姫が言い、中ボスは少しの沈黙の後。口を開く。
「四神は全て魔族ですので、私含め四神の名は魔族の間では口にすることが憚られるほど」
「元は魔族側だったの!?」
初めて聞く真実に姫は目を剥く様に驚いた。だが隣に居る国王に姫が質問するような眼を向け、それに対して頷いた事で、それが真実だと分かる。
「我々魔族にとっては信頼するに値しない情報ではありますが、この状況。そう考えるのが妥当でしょう」
中ボスは窓際に歩くと、既に最後の門付近で戦闘している魔族達を見た。
次々に城壁に取りつくシゼル達。人ならざる力で軽々と十五メートルはある城壁を飛び越えるのだから、どこに兵を置こうとも対応するのは難しかった。
それでも持っているのは、既に人族も共闘しているからだろう。
人海戦術で対応してはいるが。魔族は不死の魔法があるが、人族にはこれが利かない。ならば人族の数を当てにしたこの防衛手段も、一日も持たずに機能しなくなる。
主である魔王様がビム含めたシゼル達に囚われているなら、助け出す必要があった。
だが、中ボスとて。魔王様がどこに居るか分からなければ助けようがない。
そう思っていたその時――
「中ボス様!」
今まで聞いた事の無いほどの大声で中ボスの名を呼び、王室へと入ってきた白色のローブを着た少女。
それは中ボスが求めていた魔王の位置を知るやも知れぬ人物であった。
「リーリ! 無事でしたか!」
互いに駆け寄り、中ボスはリーリの手を握る。
姫や国王はそのローブを着た少女に面識が無いので、二人の話しているのを黙って見ている事しかできない。
「小ボスは、魔王様は今どこに!?」
中ボスの問いに答えるようにリーリのフードに隠れていたネコが姿を現し、話し始めた。
「主は今、北西にある渓谷で大量のシゼル交戦しているはずだ、早く増援もごもご」
矢継ぎ早に話すネコの口をリーリは抑えた。
目の前に居る二人の人族。そして先ほど見た人族軍と魔族軍が共闘してシゼルと戦っている様子。
そして他のシゼルとは波長が似ていても、比べ物にならない怪物が五体。
それら全てを総合し、リーリは既に気がついていた。
「……魔王様はビムの手に落ちたの?」
「…………はい」
中ボスは苦虫を噛み潰したように顔を歪め、答える。
彼とて魔王が敵の手に落ちたなど想像でき用もないのだろう。
重苦しい雰囲気が王室が包むが、それを打ち砕く様に王室に入ってくるものがいた。
「リーリが返って来たの!?」
「ヴァナ、ここは王室ですよ、入って良いかの確認をしてくださいよ!」
金色の刺繍が入った甲冑を着た女騎士と枯草色のローブ姿の男性の二人が王室へと入ってくる。
「……煩いのが来た」
「はぁ~……ラゼ、貴方が居ながらヴァナをどうして止められなかったのですか……」
持ち場を離れてどうすると言いたげに中ボスは二人の顔を見るが、ラゼはともかくヴァナに至ってはリーリの無事を確認する事が全てにおいて優先されていたようだった。
事実、今まさに嫌がるリーリに構う事無くヴァナは彼女に抱擁を食らわせていた。
「苦しい……」
「良かった無事で! それで私の魔王様はどこ?」
今さら魔王が居ない事に気がついたのか、ヴァナはリーリを抱きしめながら周りを見渡した。
「俺様居る?」とネコは中ボスに近寄り、そう言うが。
中ボスは、リーリが手を離せないので仕方ないと、ひざを折り、体勢を低くするとネコと話し始めた。
「魔王様が最後に居た地点。どこであるか正確に覚えていますか?」
「おう、ばっちり覚えてるぜ」
なら――中ボスはネコの頭に静かに手を乗せ。目を瞑ると、何かを唱え始めた。
「お? おお!?」
頭上に小さな魔法陣が現れ、驚くネコ。
しかしその現象も数秒で終わり。中ボスは再び立ち上がる。
「私は魔王様を助け出しに行きます」
ネコから地形情報を抜き出した中ボスは、そう言い皆の方を見た。
ラゼやリーリ。ヴァナもついて来ようと声を上げたが、それでは城の防備が薄くなり、一日どころか数時間もも無くなるので却下。
「私は?」
姫の言葉に中ボスは頷いた。
城全体に掛かっている不死の魔法は人族である姫には当然の如く効き目は無い。
この場所においては姫よりもヴァナやリーリの方が圧倒的に上なのだ。
なのでリーリ達を連れていくくらいであれば、姫を連れて行った方が良いに決まっている。
できうるならば姫も城の防衛に回したくもあるが、彼女の目が『何が何でも付いて行く』と言いたげなので、何を言っても無駄であろう。
そして不死の魔法が利かない事を理解している国王は、自身の精鋭部隊である勇者部隊を連れて行くように言った。
確かに姫と同じような理由で、人族である勇者部隊もここに居るよりは、中ボスと共に行動した方が活躍は期待できるが、だがその一方で、これ以上の戦力低下を防ぎたいのも確かだった。
悩む中ボスに対して、勇者部隊隊長であるワドワーズ。そして白虎が現れる。
「なら私含め三名のみを連れて行きましょう。それに白虎殿を合わせ四人。これなら“ギリギリ”という所でしょう?」
飄々とした態度で現れたワドワーズに、中ボスは敵意を隠し切る事は出来ていない。
中ボスの高まる魔力に対して、危険を察知した白虎が仲裁に入る。
「ちょい待ち。中ボス。いまここで仲間割れしてる場合ではないだろうに」
仲裁に入っている白虎ですら敵意の対象であると言わんばかりに、中ボスは殺気を向けていた。
「青竜の気分で、魔族に付いたり魔族に付いたりと、コロコロと宿り主を変える輩に口を挟んで欲しくはありませんね」
「分かってはいたが、随分嫌われたもんだな……」
嘆息しつつ、白虎は首を横に振る。
彼とて青竜の気分に振り回されている一人なのだ。中ボスの言いたい事も分からなくはない。
だがしかし、今回人族に付いている理由の一端はそちらにあるにも関わらず、一方的に悪者呼ばわりされるのも癪であったので、白虎は少しだけ反論する事に決めた。
「元を言えば、魔王。アイツが青竜との婚約を蹴ったのが原因だろうに」
「男に振られたから、敵側に付くなどそんな子供染みた行動で敵対されているこちらが悪いと言うのですか?」
中ボスも構わず反論するが、この中でまったく話しが理解できていない姫が突如間に入る。
「え!? 魔王と青竜が“婚約”なによそれ!?」
「姫さんは知らなかったか、青竜が生まれ育った村では、女が嫁ぐ男は、そいつより強い男じゃないとだめだって言う古い仕来りがあってな。本当は元祖・魔王が旦那になるはずだったが、アイツも青竜の婚約を蹴ってな。その時人族側に俺たち四神は付き。そして元祖・魔王を討った。だがほとぼりが冷めた後は再び魔族側に付いていたが、次は元祖・魔王の息子である“魔王”。アイツに婚約を蹴られたんだよ。そしたら今まさに、また人族側に付いたって訳だ。四神の歴史は男に振られた歴史でもあるんだよ。笑っていいぞ~」
何が何だか分からない、呆れるように気の抜けた表情で姫は白虎の話しを聞き終える。
なまじ自分も青竜と同じように『自分より強い男としか付き合わない』と言っているだけに、妙なデジャブ感があった。
魔王があれほどの美人との婚約を蹴った事より、それに怒った青竜がそれだけの理由で人族に付いていたなどとは予想打にしていなかった。
「それっていつの時?」と姫は聞く。
「確か魔王様が九つの時ですかね」
淡々と答えた中ボスに、姫は少し考え込む様に黙る。
私が全く手も足も出ないような白虎。
そしてそれが属して居る四神。
そのトップである青竜をあの魔王が九つの時に打ち倒した?
あり得ない。そう鼻で笑い一蹴してやりたかった。
だが、笑ってやりたくもある話にも関わらず。誰一人その話に疑問を抱いていなかった。
それはつまりこの話が事実以外の何物でもないという証明。
姫の中で、魔王。彼がどれほどの強さがまるで見当が付かなくなり、自らが測っていた物差しが正しくないと思い始めた瞬間であった。
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「魔王様。敵がこちらを目指し、動き始めました」
ビムは斥候の為に各所に放ってあるシゼル達からの情報を魔王へと伝え。
王座に腰掛け、垂れ幕で表情が窺えぬが、ビムは確かに魔王が『微笑』を浮かべたと感じた。
「…………。敵の戦力は」
「注意すべき人物は四神の一人『白虎』に中ボス。あとは雑兵ばかり。全てのシゼルに戦闘送らなくとも、レッドシゼルを二十。これだけで不足ないでしょう」
甘い。――魔王は呟き、始めからビムやシゼルを当てにしていないのか、王座から立ち上る。
「御身自ら出られるのですか!?」
「あまりに不安要素が多すぎる。どうせ有り余っている力だ。出し惜しむ必要はなかろう」
ビムの制止を無視する魔王。魔王の脇で静かに控えていた小ボスも、それに合わせるように動き出す。
そしてその瞬間、全てのシゼル達が自分の管理下から、魔王へと指揮権が移った事を感じ取る。
「もはやお前は不要だ。これからはシゼルは全て俺様が使う」
「なっ!?」
「――シッ」
小さく息を吐き、突撃する小ボス。
瞬く間に間合いを詰め。破壊的なまでに強化された小ボスの拳が寸分違う事無くビムの頭部を撃ち抜いた。
まったく興味が無いのか、魔王は一瞥もすることなくその場を離れ、王室を後する。