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第九話『変化』(ストーリーパート)

第九話『変化』




 ところ変わって、フィーラ平原開戦前。


 四神(ししん)のリーダーであり、フィーラ平原での人族側の全権を与えられている青竜の指示により、白虎が直接の護衛として姫に付けられていた。

 どう考えても喧嘩にしかならない朱雀は元より、玄武は補助役として手元に置いときたいのか、白虎が姫の担当となる。


 一応、最初に四神の中では最初に面識があった事もあり、特別反対する理由も無いので姫もそれを了承した。



「俺が守れるのは姫さん、アンタだけだ」

 と白虎に言われているのでレティとミュリエルは本陣で待機してもらっている。

 と言っても、彼女らは別に戦闘訓練を受けている訳でないので、元から連れていくつもりはない。


 なので今現在白虎と私。それと十名ほどの兵だけである。


 眼下には数万からなる両軍の軍隊が長距離魔法の射程外ギリギリの所で睨み合いを続けていた。

 姫達が居るのは森を一時間掛け抜けた、主戦場になると思しき場所から少し離れた小高い丘の上。

 偵察の為か敵が複数居る気配があるが、あちらも同規模な上に、任務は偵察だけだと思われるので積極的に近寄ってくる事は無かった。


「あそこが敵本陣、っであれが我が本陣って訳だ」


 見事なまでに突撃陣形に固めた魔族軍。

 作戦の基盤に元祖・魔王やかなり力のある者を置き、こちらの大将を討つつもりらしいが、その陣形も今まさに変わり始めていた。


「ありゃ防御陣形に変わるな。こっちの指揮官が青竜だってのに気がついたな」


 魔王軍は敵本陣に攻撃を掛ける事は、四神を含めた多くの敵を一度に相手する事だと気がついたのか、突撃は諦めたようだった。


「元祖・魔王や力のある精鋭を防御の要として、守りを固めに来たか。こりゃ俺らが前に出ないといたずらに被害を増やすだけだな。だが姫さん、アンタにとってはチャンスだな」


 白虎は意外にも頭がキレるのか、姫の考えを理解していた。

 姫にとっては敵大将である元・魔王さへ倒せばいいのだ。なら敵に本陣を攻撃されるより、こちらが敵本陣に攻撃を掛けるほうがありがたい。


 この場合敵本陣を守るように敵軍は固まっているが、それでも個人としての突破力が異常な姫にとっては、烏合の集でしかない。昔魔王城に奇襲を掛けるより容易なことなのだ。


「姫さん、青竜からも聞いたはずだが、俺がアンタの命令を聞くのは開戦から三十分、それが限界だ。それ以降は俺に従ってもらう」


 開戦から三十分。四神のうち一人欠けた三人で元祖・魔王を三十分も止めてみせるつもりらしい。

 姫はその貴重な三十分の間に敵本陣まで辿り着き、元・魔王を討たなければならない。

 こういう時、空でも飛べたらと思うが、飛行系の魔法は消費も大きく、飛行中は殆ど攻撃がおこなえない事もあってか、無防備になる。

 それを考えたら敵がうじゃうじゃいる場所の上を飛ぶのは、もとより自殺行為なので、飛行が可能でもそれを選択する事は出来なかった。


「……分かっているわ。白虎、貴方にも私の手伝いをしてもらいますからね」

「たった三十分だけの主従関係だ。アンタの好きにしてくれ」


 そして人族の軍が、突撃を告げる銅鑼(どら)が鳴らされ、魔族軍より先に動いた。


 姫はそれを合図に、一気に丘を下る。


 数十秒後には、魔族軍による長距離魔法の雨と、弓隊の攻撃が行われ。

 一瞬にして数千という単位の命が消えた。


 三十分もすればこの数が可愛らしく思えるほどに死傷者が出るだろう。


 姫は一分一秒でも早く、敵本陣に切り込み。敵大将である元・魔王を討つ必要があった。


 敵は完璧に守りを固めていただけにどの場所に奇襲しようとも反応は早く。

 たった二人ではあるが、その捕捉は早かった。

 勇者や魔王のように、強大な力を持つ者は単機であっても千人の精兵すら凌駕する戦闘力を持っているので、姫達に気がついた兵は、この二人が並みの戦闘力でない事を瞬時に理解した。


 一瞬で三百人ばかりの兵士が迎撃体勢を取る。

 距離はまだ百メートル近く開いており、敵は空に向かって弓を討つ。

 百本ばかりの弓が空から飛来するが、当りそうな本数は少なく、姫は自分の得物である大鎌を天に向かって振う。

 人外なまでの力が成せる、力技で凄まじい風圧を作り、まるで木の葉を散らすかの如く弓矢を躱した。

 横にいる白虎は姫とは違い、正確に着地地点を予測しているのか、全くと言っていいほど無駄の無い動きで弓矢を回避。

 初めは弓矢避けの風系の付加魔法(エンチャント)でも掛けているのかと思うほどに、矢自体が避けているかのような印象を与えた。


 目を剥く兵士達。

 五十メートルを切ったところで、水平に弓を番え、姫達に狙いを定める。

 何倍にも精度が上がった攻撃ではあるが、先ほどと同じように姫は大鎌を振い、風圧だけで躱す。

 しかし白虎はあくまで回避に専念したいのか、それらの攻撃も最小限の動きで、己の身体の動きのみで躱していく。


 魔力が少ないのか?

 姫がそう結論付けようとしていた、その時。

 白虎が自分の刀へと手を掛ける。

 敵との距離は未だ二十メートルはある。とてもではないが剣の間合いでは無い。

 

 姫は疑問を浮かべるよりも先に、その異常な行動に対して、何故か回避体勢を取る。

 白虎とは二メートルほどの距離ではあるが、横へと飛び。一瞬で十メートルほどの距離を取ったのだ。


 言うより先に“悟った”か……なるほど、できる――と白虎は思い、そして遠慮がいらなくなった事で、すぐさまその刀を振るった。


 その先は起きた事に、姫はただただ圧倒されるだけであった。


 白虎の得物である刀から、突如凄まじい爆音が鳴ると共に、目の前にいた三百人の兵士が一瞬で上半身と下半身が分かれるように切られていたのだから。


 きっと凄まじい速度で刀を振り、風圧だけで敵を切ったのだろうが、それにしても異常であった。

 姫自身もあれの真似事は可能だが、二十メートル先となれば話は別だ。

 姫の本気でも、それほどまでの長距離となると、そよ風程度の風圧も無いだろう。


 うちわは扇いで風を送るという性質上の作りになっているので、当然数メートル先に風を送る事は想定していない、そして剣や刀も元より刀身で敵を殺す為の物なのでそれに()った作りになっている。

 うちわより、風を送る事が出来ない物体。それどこのか風を送るなんて発想で作られている物ではない。

 にも拘らず、うちわの数百倍。いや数億倍の風圧を生むなんて人間技ではない。


 それを白虎はやってのけたのが、あれが化物以外のなんだと言うのだ。


 姫がそうして呆けている間に、白虎はどんどんと先へと走って行く。

 思考停止している姫も、それを見て慌てて走り、あとを追うが追いつけず。


 白虎に第二第三と敵の波状攻撃が迫るが、その(ことごと)くを一刀のもとに切り捨てていく。

 (うるさ)いハエを、追い払うように易々と殺し、白虎による死亡人数が千を超えたところでようやく白虎は足を止め、後ろにいる姫へと視線を送る。


 辺りには(むくろ)の山が出来、その生きている兵士も脅えているが、それでも尚逃げ出す事がないことに白虎は感心していた。

 そんな彼に姫は追いつき、振り向く白虎に突如ビンタをお見舞いした。

 護衛対象にビンタと言えども、手を上げられるとは思いもよらなかったのか、白虎は『何故?』と言いたげに姫を見る。


 白虎の疑問に答えるように姫は、大声で述べた。


「お前にも言ったはず! 私は少しでも多くの者を救うためにここに立っているの! アナタか十分に強い事は分かったわ、なら今度は一人も殺さずに私を元・魔王のところへ導きなさい!!!」


 無茶な――白虎は表情だけでそう訴える。

 姫とて一人も殺さずに敵本陣まで辿り着けるとは思っていない、市街地ならともかく、ここは平地なのだ。

 しかし有り余るほどの力を見せる白虎に対して、姫は挑発するように「できるの? できないの?」と言う。

 横暴で傲慢な態度に、白虎は驚いたと同時に姫に対して憧れにも似た感情を抱く。


 そしてその無茶に答えるべく、白虎は姫の傍らへと近づくと、腰へ抱えるように持ち上げそのままの姿勢で走りだした。


「ちょっと! 私は自分で走れるわよ!」

「こっちの方が早い!」


 先ほどと似た現象が姫を襲う。

 耳を劈くような爆音と、暴風。大地を揺るがすほどの音で周りにいた兵士は腰を抜かし、その場でへたり込んでいた。

 そしてそれらの現象と同時に白虎は姫を担いだまま、十メートルは跳躍する。

 それを幾度も繰り返し、ついには敵本陣にまで辿り着いてしまったのだ。


 数時間で組み立てたと思しき防衛用の木柵も無意味。

 野営用のテントばかりの場所には、白虎の襲撃の伝令は未だ届いておらず、まったくと言っていいほど無警戒。

 敵か味方かは分からぬ服装の姫と白虎は見て、敵は困惑しているのか戸惑っているばかりで攻撃するようすはまだ無いが、その中で唯一二人を敵だと認識する者が居た。


「四神の一人がこんなところまでよく来ましたね」

「お父さん、あれが“姫”よ」

「へ~そうなのか。近くで見ると美人ですね」



 一人は魔王伝統の黒マントに、これまた黒を基調とした甲冑に身を包んだ男。

 そしてその傍らには姫もよく知っている人物が居た。


「妹ちゃん?」

「ん? なにどうかした姫? こんなところで合うとは思わなかったの? でもねそれは私も同じよ」


 姫の言葉に妹はいつもの調子で答えるが、妹の手には既に自身の得物であるトンファーが握られており、攻撃体勢こそまだ取ってはいないが、その眼だけは完全に敵意の色が出ていた。


「あと十分」と白虎が言い、彼はどうするのかと姫に目で問う。


「妹ちゃんが居る事は予想外だったわ……でも予定に変更はないわ。私が元・魔王を討つ」


 その言葉に妹はついに殺意をむき出しにした。

 姫の全身の肌がざわつくように鳥肌を立て、逃げろと警告する。

 冗談ばかり言っていた妹ちゃんの目では無い。

 覚悟を決めてここに立っていたはずの姫が、一瞬でほんと数週間前の楽しかった出来事を思い出し、逃避するように意識が離れる。

 最初の出会いこそ仲違いをしたが、一人っ子の姫にとって妹は、まるで本当に妹のように可愛がっていたので、自分に敵意を向けられた事に思考が追いついていなかった。

 底冷えのする氷のような視線が姫を射抜き、一瞬で足が竦む。


 気がついた時は姫前に妹が迫っており。

「やっちゃったなぁ……」


 ぼやくと同時に諦めの表情で、迫るトンファーを見つめる姫。

 だがその時、熱い意志と決意したばかりの己が道を思い出し、かつてないほどに胸が高鳴る。


 目を見開くように妹を見つめ返す姫。

 そして何故か妹は攻撃を中断し、素早く後方へとバックステップを踏んだ。


「うそ…なんで……なんで足が震えているのよ……」


 手足が恐怖で震える。

 あの時。姫の目を、一瞬。そう一瞬見ただけで今迄の経験から“危険”を察知し、後ろへと下がったのだ。


 そんな事象に驚いているのは妹含め、白虎に元・魔王の三人。

 姫自身は、何故妹が攻撃を中断したのかに対して疑問を浮かべているだけで、自身が行った事にはなんら気がついていない。


 妹自体は本能で察知しただけなので、何が何だが理解していないが、白虎と元・魔王。二人だけは何が起きたのか理解していた。


「神の目!? ごめんよパパ上君。力、借りるね」

 元・魔王は剣を抜き、姫に対して防御体勢の構えを取り、元・魔王の右目が黄金の輝きが灯る。

 それを見た白虎は慌てたように、姫の傍らに飛ぶと、先ほどと同じように姫を持ち上げた。

 

「姫さん、約束破ってわりぃが、ここは離脱させて貰うぞ」

「えっ!? ちょっと待ってよ――きゃぁ」


 再び空を舞う姫達。

 離れていく姫達を元・魔王も妹も追いかけようとはしなかった。

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