第四話『睨み合い』(ストーリーパート)
第四話『睨み合い』
「以上が現在の魔王城及び、魔界・人間界との状況です」
中ボスは簡潔にラゼに説明をすると、彼もすぐさま理解し、魔王達と同じ結論に至った。
「兵を使って近隣の村に防衛部隊を送りましょう。それならやや強引ですが、人間界での調査も可能です」
「それは既に手配済みです。国王にはまだ伝書が届いていないので、返事待ちではありますが、返事が来る来ないに関わらず、予定通り兵は村へと派遣します」
「返事は待たなくていいのですか?」
「何らかの制限は必ず掛かるでしょうが、許可は下りるでしょう。なので事前に動きます」
ラゼと中ボスが話している間、魔王は無言で机に広げられた地図に視線を落していた。
それが気になったのか、二人も地図へと視線を向ける。
「中ボスにはもう聞いたが、ラゼ。お前はどこに敵のシゼルの研究施設があると思う?」
「ん~そうですね。普通であれば人目の付かない場所。例えば険しい山間であれば発見は難しいですね」
「うむ、そうなったら最早お手上げだな。村や町の無い所にまで兵を派遣する事は無理だろう。ここを見てくれ。これはシゼル達が事件を起こしている地域に目印をしてある。こことここ。それにここに集中している」
地図の各所にある赤丸が事件の起きた場所らしく、魔王が指を指したところから円形に分布しており、どこも小さな町ばかりに被害が及んでいた。
「大きな街は除外し、千人……いや五百人以下の町ばかり狙われていますね。大きな街の場合は郊外での犯行。これに基づき、兵を派遣した場合、調査に回せるのはどの程度か…防衛を疎かにして村人に被害が出たら元も子もありませんし……」
「ラゼの言うとおりです、魔王様。人族を守るか、シゼルの研究施設を見つけるか……どちらかに重点を置かなければ、最悪な結果が待っているだけです。これが最も重要ですが、どのようにお考えですか?」
二人の視線が魔王へと集まる。魔王はテーブルから数歩下がり、椅子に深々と腰掛け、長考。
十秒、いや二十秒――、一分かも知れぬ。それほどまでに長い時間を二人は黙って魔王が話し出すのを待つ。
「…………まずは村々に対シゼル用の盤石な防衛体勢を整え、一度、一度交戦する。その後敵の戦闘力を考慮し、防衛部隊を再編制。余った兵で調査部隊を編制――」
そこまで言った所で、廊下から慌ただしい足音が聞こえ、ノックも無しに勢いよく扉が開かれる。
「小ボス殿」とラゼが口にし、魔王も「どこへ行っていた?」と声を掛けた。
「ネコと一緒に僕に似た化物の退治!」
無邪気にそう口にする小ボス。冗談かと中ボスは思ったが、左肩に乗っていたネコが仕方ない――と言いながら詳しい説明をする。
「主すまぬ、小ボスが一人で出て行こうとしてな、止めたんだが聞かなくてな……誰かにこの事を報告しようにも、その間居なくなってそうだと判断し、付いて行く事を選んだんだ。そしたらまさかのまさか、噂の化物と遭遇した」
「小ボス、貴方シゼルと交戦したのですか?」と中ボス。その言葉に小ボスは首を傾げた。どうやら“シゼル”という単語にはあまり記憶にないらしく、少し間が開く。
「ん? あ~、僕似た奴だね。うん、そうだよ。昔見たのとまったく同じで、僕にそっくり。それが一杯いたよ」
「……これで決まりだな、シゼル計画はまだ終わってなんかいない。それにしても厄介だ。もう既に量産体勢に入って入るとは」
「量産? 一体ではないと?」
魔王は苦虫を口いっぱいに噛みしめたような顔をし、中ボスはそんな魔王に代わって、シゼル計画に関して詳しい事まで知らないラゼに補足した。
「シゼル計画は先にも述べたように、神の器と呼ばれる究極生物を作る計画と言いましたよね?」
「はい、その為には多くの戦闘データが必要で、それを蓄積する事でどんな状況にも対応できる魔族を作る、ですよね?」
「その通りです、しかし“神の器”と名称されるだけあって、シゼルの成長速度は異常です、乾いたスポンジが水を吸う、なんて次元ではありません。交戦した相手の戦闘パターンをそのまま記録するのです。言わばあらゆる戦闘パターンを記録、再現可能な人型の複写機みたいな物です」
「えっ? つまり私がそのシゼルと交戦すると、一度見せた攻撃は必ず記憶され、もう同じ攻撃は予測されてしまうと?」
「概ねその通りです。補足するなら、例え理解していても、回避可能な状況や、防ぎようがある場合に限り。なので例え一度目にしていても、小ボスクラスの攻撃となると来ると分かっていても、それを捉える事ができようと、反応可能なレベルにまで身体が強化されてなければ意味が無いという事です」
それを聞いてラゼは安心したように息を吐いた。
それなら相手が受け切れないほどの強力な魔法で攻撃すればいい。ならそれほど脅威ではない。接近戦であれば危険であるが、小ボス殿と同じような接近特化型の魔族であれば幾らでも対応できる。そう考え安心したのだが、すぐに魔王が恐ろしく危機感を持っていた事に思い出す。
「……先ほど貴方が聞いた事に答えましょう。そうですシゼルは“一体では無い”。複数体……いえ、複数体がそれぞれ特殊な能力で常に相互リンクし、情報共有を行っています。そしてその情報量に比例して彼らは少しずつですが、魔力を含むあらゆる身体スペックを向上させていきます。それに加えて膨大な戦闘パターン。それらが加わり、数戦ならともかく、数百戦とデータを集積させれば、もはや我々には手におえない化物が完成するでしょう……」
中ボスの言葉で、意気消沈するラゼだったが、彼も馬鹿では無い。すぐに小ボスがシゼル計画によって出来た人工生命体である事を思い出した。
「小ボス殿はそのシゼル計画で生み出されたんですよね? なら彼も同じように――」
そこまで言ったところで、小ボスが口を挟む。
「無理。僕は彼らとはまた別のグループでのシゼル。だから彼らとの共有リンクが出来ないの。一度シゼル計画が途切れた時に、僕の成長は止まってる。そしてシゼルには女王個体と呼ばれるデータサーバーの役割をする者がいて。それが無ければ実質情報の共有が出来ず、成長はそこで止まってしまう。あとは人並み程度の学習しかできない」
「そうだったのですか……それにしても小ボス殿がそれほどまでに強くなるくらい前のシゼル計画は進んでいたのですよね、小ボス殿のような猛者が複数居たらと思うと、恐ろしい限りです」
そして大体の内容を理解したのか、ネコは小ボスの肩から降りると、地図や資料が広がっている机へと飛び乗り、話に加わった。
「つまりその“ビム”とやらを倒せばいいんだろ? 前はどうやって発見したんだ?」
中ボスと魔王を交互に見るようにネコは視線を送り、魔王がそれに答えた。
「親父の話しだと、あの時は関係のありそうな主戦派の元老院を片っ端から見つけては、丁寧に“お話”をしたらしい」
魔王のやや含みのある言い方に、皆は何か嫌な意味が含まれていると察し、あまり想像しないように努力するのであった。
そしてラゼは咳払いを一つし「人族の元老院とは“お話”する訳にもいきませんよね……」と気まずそうに口にし、皆も頷いた。
「魔族の一部が関わっているのは間違いないが、今回のシゼル計画には間違いなく人族側の助力なくしてここまで出来ぬはず。それに自惚れる訳では無いが、研究施設が魔界にあれば必ず情報が入ってくるはずだ。それが無いと言う事は、人族側にあるとみて間違いない」と魔王。
皆が、如何すれば研究施設を見つけられるか、頭を捻る中、小ボスだけが無邪気に声を上げると、皆は呆気に取られるように口を開け。
しばし無言。
小ボスが口にした妙案に皆は、馬鹿らしいと思う一方で、“ありかも”と思い。一同、顔も見合わせると、静かに頷いた。
小ボスの口から出たその案は、誰もが驚き。そしてそんな馬鹿らしいとも思える作戦に皆は乗る事に決めたのだった。
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魔界にある魔王城の一室では、今現在、国の方針を決めるべく元老院達や貴族、豪族と名のある者ばかりが集まり、ぐるりと円形の雛壇のような席に腰掛けていた。
その数ざっと百を超え。その中心では元・魔王が必死に皆に呼びかけるが、ほとんどの者の言葉は、熾烈を極め、そこにいる事すら許さないとばかりの言い振りであった。
「ですから、今現在人間界側の魔王城は混乱しており、その原因が何であるかを正確につかんでから、行動に移すべきだと何度も!!」
元・魔王に応戦するように舌戦に加わるは、元老院の中で主戦派を引きうるラガー・ド・ナルゥート。
「ええい黙れ! 生きているか死んでいるかは関係ない、現・魔王が勇者の位を持つ者に刺された。それだけで十二分に戦争をする意味があるだろうに!」
「今、戦争をすれば魔族は確実に負けます! 敵の兵数はこちらの二十倍近くあるのですよ!!」
フッ――と鼻であしらい、ラガーは再び食って掛かる。
「そんな雑兵、我ら魔族から見れば取るに足らぬ! 非力な人族共に、我が遅れを取るはずが無かろう! なあそうだろう皆の衆!」
そうだそうだと同調する者。既にこの場に居る八割は主戦派に取り込まれているので、元・魔王の味方なんて数えるくらいしか居なかった。
「それに元・魔王。貴様は既に“魔王”としての地位を退いている身。現・魔王のお情けで魔界での統制権を得ているだけ、その現・魔王とも連絡が取れぬ今。貴様の権利は無いに等しい。なら何故我らに意見できう? 黙って端に居るならまだ良かろう。だがなぁ貴様には発言権など無いと知れ!」
下がれだと引っ込めだの、怒号が元・魔王に降り注ぐが、既に失うものなど無い元・魔王は只管に食い下がる。
「国王は、こちらが手を出さなければ、武力を行使しないと約束してくれました! そして然るべき場所で改めて“和平”を! この度の現・魔王の傷はいずれ癒えましょう。ですが戦に発展すれば勝ち目はありません!」
「現・魔王を刺し、国境に軍を常駐させている人族を前にして、“和平”だと!? 和平などとぬかしおったか売国奴め! 話しにならぬ、おい、そこの! コイツを追い出せ」
扉の近くにいた近衛兵達はラガーにそう言われ困惑する。
しかし、多くの者が元・魔王を追い出すように言っているので、仕方がないと判断し、元・魔王へと近づく。
「……元・魔王様。ご無礼を承知で――」
「いい分かっている……」
両脇を近衛兵に囲まれると、元・魔王は無言のまま、自らの足でその場を立ち去った。
もはや会議場で元・魔王の姿に視線を送る者は無く、全てが全て主戦派のラガーの独擅場となっていた。
これにより、数日後には魔族と人族が数キロ手前で軍を構える結果となる。