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過去編第三話

過去編第三話









「分かってはいたが、“学力テスト”と“体力テスト”なんてやらされると、学生にでもなったような気分になるな」

 一旦、控室である元の部屋に戻り、中ボスが自ら魔王にお茶を淹れる。本来であれば、この城の執事(バトラー)であるはずの“セバス”が客人である魔王や中ボスにお茶を淹れるかもしれないが、今は中ボスがお茶を淹れてくれた。

 きっと、厨房を借りて魔王が贔屓(ひいき)にしているお茶を淹れてきてくれたのだろう。

 魔王の嗜好(しこう)をよく理解している中ボスが淹れるお茶は、どの者が淹れたお茶よりも優れている。

 このお茶を飲んでいるだけで、疲れてささくれた心が癒えていくようだった。

 魔王は湯呑をテーブルに置き、一息つくと、再び口を開いた。


「あとは“候補者”同士の試合があるだけか、他は良いとして、問題は兄貴か……」

「魔王様の兄上……大魔王(グランドサタン)と呼ばれていらっしゃる方ですが、本当の名前などは無いのですか?」

「……“マオウ”だ」

「魔王?」

「違う! あれだ……カタカナでマオウ。それがあいつの名前だ」

「被ってらっしゃるのですか!?」

「被ってるとか言うな!! 互いに気にしてる事なんだよ!!」


 勢いよく席を立ち言葉を放つ魔王。

 中ボスも何が面白いのか、笑いを含むように「マオウ様……魔王様……」と繰り返し呟いていた。


 思う存分笑って気が済んだのか、中ボスは疑問に思っていた事を口にした。


「では、魔……――マオウ様は大魔王(グランドサタン)と呼ばれているのですね?」

「ん? そうだが。それがどうかしたか?」

「グランドサタンと呼ばれる、と言う事は魔王様より、お兄様の方がお強いのですか?」


 その問いに魔王は「いや、魔力値で考えれば、俺の方が強い」と答え。中ボスもその言葉を聞き、更に混乱するように訊いた。


「ではなぜあちらが“大”魔王なんですか? 魔王様こそ相応しいのでは?」

「それは(ひとえ)にアニキの性格のせいだろう。昔から自分に反抗する奴は屈服させる事が好きな性格だからな。まさに狂犬だよアニキは」

「その凶暴性からグランドサタンと呼ばれたと?」

「ああ、そういう意味では、アニキの方が魔王の座はあっているのかもな。

 だがな、今は平時。人族との関係も良好だ。強すぎる力は争いしか生まない」

「なら尚更、魔王の座は譲れないと?」

「ああ……アイツ――アニキだけにはな」

「へぇ~。俺に勝つと? 泣き虫魔王様がか?」


 突然の声に驚いた中ボスは、慌ててドアの方に体を向けた。

 魔王は数メートル前の段階から兄であるマオウの禍々しい気に、気がついていたが、あえて様子を見ていた。


 ドアの前に立つ男――黒髪の短髪。一見顔つきは、魔王様に似ているように見えるが、鋭く光る三白眼と、魔王様のジャージ姿と違い、きっちりと魔王の血を引いている事を主張するかのように黒く艶やかなマントを羽織っていた。それ以外にも強大な魔力を隠そうともしない様子が、魔王様とは似ても似つかない。

 


「盗み聞きとは趣味が悪いなアニキ」

「やれやれ、久し振りだな魔王。仲良し兄弟、感動の再会と言う訳か。ハグでもしてやろうか?」


 おちゃらけた態度で腕を広げ、バグをするようなポーズをするマオウ。

 魔王様も「結構だ」と手を軽く上げ断る。


「残念」と短く、断られた事で落ち込むような態度を見せるが、言葉とは裏腹に、残念そうには少しも見えなかった。


「それで、アニキは何しに来たんだ? 本当に『ただ会いに来た』って訳じゃないんだろ?」

「もちろんだとも、まあ時間もないし簡潔に言うぞ」


 魔王が座る席の前まで来ると「お前、棄権しろ」と言い放ち。困惑する魔王達をよそに、すぐさま立ち去ろうとするマオウ。そんなマオウを中ボスが呼び止める。


「あっ、あの。『棄権しろ』と言うのは、魔王様に対してですか?」

「ん? 当り前だろう。勝てる見込みのない戦いに挑む奴は馬鹿か蛮勇だ」


「俺様がアニキに負ける? 確かに俺はアンタと戦うのだけは避けてきた。だが今回だけは逃げない。

 前回の≪魔王継承試験≫でよーく分かったよ。アニキだけは“魔王”にしちゃいけない。

 だから戦う。勝てる見込みが無かろうと戦う。

 それにアニキと俺様なら、魔力だけなら俺様の勝ちだ。 体術や使える魔法の数もアニキに遠く及ばないが、一対一なら勝てる」


「そのせいで、“お前がお前で居れ無くなる”としてもか?」


 意味が分からないと言わんばかりに魔王と中ボスは顔を見合わせた。

 その行動を見てマオウは不敵に笑い。そのまま入ってきたドアを開け、去って行った。


-------------------------------------------------------------------------------------------------------



 中世の円形闘技場を模したような建物では今まさに≪魔王継承試験≫が行われていた。

 馬鹿でかい敷地にこのような建物を建てる魔界の資金力には今では驚かされる。


 そして今から行われる試合は――

「“東”か……見るからに金持ちと言わんばかりだな」

「あれは“東”の代表の方の侍女ですよね? ですがどちらかと言うと“娼婦”ですね」


 中ボスがそういうのも無理はない……極端に露出度の高い服に身を包んだ彼女たちは、黄色い歓声を上げながら東から来た魔王候補を応援していた。


 中ボスの資料に目を遠し、彼の名前もそこに乗っているはずだが、如何せん眼中にないせいで、名前なんて覚えてもいなかった。


「対戦相手は……“北”か。確かあそこは割と強い候補者が居ると聴いたが?」

「ええ、魔王様とその兄上様を除いたら、きっと優勝は彼でしょう。ですが、あくまでそれも確率です。

 二番目に強い“南”と最初に当たれば、勝率はぐっんと下がるでしょう。

 “南”は持久戦タイプの戦闘方針です。消耗戦に持ちかもれれば北の代表の魔力残量は極端に削られるしょう。

 そして、その状態でもう一度“南”のようなタイプに当たれば勝ちは見込めないでしょう。

 ……こんな話時間の無駄でしたね。それ以前に魔王様と当たってしまえば、どの候補者も問答無用で負けですからね」


 魔王を見つめる中ボスの目には魔王が負けないと言う確たる意志が感じられた。

 魔王自身もそれは中ボスがご機嫌取りで言ったわけではなく、真意だと分かっていた。

 自分の力を過信する訳ではないが、かと言って過度に低く見積もるつもりもない。

 更に強くなるために努力もした、そして今がある。卑屈になる理由なんてどこにもない。

 自信を持って自分の力に誇りを持とうとも。


「始まりましたね……」


 戦いは至って単純。

 “東”は自身の魔力を乗せただけの魔弾を飛ばす。

 ああ、彼はきっとそれだけの力で、すべての者を倒せたのだろう。それだけの力を魔王の血と言うのは与える。

 

 そして、それを拳に集中させた魔力で弾く“北”代表。強大な魔力を最大限に生かす為に彼が選んだ戦い方は、接近戦での魔力を込めたパンチ。確かに強力だ。特に碌に魔力防御ができない相手には即死すら視野に入れてもいいほどの威力があるばずだ。

 いくらに魔力が高い魔王の血族でも、あの攻撃をもろに受けては、無傷とはいかないだろう。


「呆気なかったですね」

「いくら血が良くても、日ごろの鍛錬が無ければあんなもんだな」


 碌に運動もしていなかったのだろう。“東”代表はたった一撃の攻撃で腹を抱えるように倒れた。

 “北”は相変わらずか涼しい顔でつまらなそうに“東”の代表を見下げているだけだ。

 

 親父が――元祖・魔王が決着がついた事を告げる。

 “北”の代表は小さく頭を下げ、自分の席へと帰って行った。

 すかさず“東”の代表に使える侍女たちは気絶している主人に声を掛けるが。その声が届いていないと気がつくと、次の瞬間には「変態」「気持ち悪い」などと、日ごろ主人に言えない事を呟いていた。

 従者に好かれていない主人とは哀れな。

 魔王はそう思いながら、自分も戦う準備を始めた。


「武器が用意されていますけど、使いますか?」

 冗談交じりに魔王に問いかける中ボス。魔王自身も「まさか」と肩を竦めながら断った。

 

「素手でいい。もし武器が必要なら“自前”で用意するよ」

「まー君。そろそろ試合始めるから、ここに来て」


 親父は嬉しそうに闘技場のド真ん中で叫ぶ。

 既に準備万端と言わんばかりに元祖・魔王の隣に居る“南”は自分の試合が公平に審判されるのかと疑問に思っているかのような顔で元祖・魔王を見つめていた。


「叫ぶな親父。今いく」


 駆け足で近づき、短く“南”にあいさつをする。


「待たせてすまんな」

「いえ……それよりも元祖・魔王様が審判をやる事には不満はありませんが……あのその……」

「ああ~。心配ない。不正なんてするほど親父は落ちぶれてはいない。ちゃんと公平に審議してくれるさ」


 それを聴いて安心したのか、“南”は少しだけ顔を綻ばせた。だがすぐに顔を引き締めると、戦闘態勢に移った。

 彼は魔王の血を引いてはいるがその血は薄く、末席と言うのにふさわしいだろう。

 だが、そんな彼は少ない魔力を日々の訓練で身に着けた体力で、戦いを持久戦に持ち込むことによってカバーした。

 他の候補者と比べても彼には好感が抱ける。

 だがしかし、そんな彼には魔王ほどの魔力が無い。

 魔王自身も日々鍛錬を欠かさない。彼も欠かさずやっているのだろう。

 同じだけの努力をしているのなら、生まれ持った魔力が多い方が勝つ。

 これだけは覆る事は無い。それだけ魔力とは絶対的で犯すことのできない領域。

 努力と言う言葉を根底から破壊する力――魔力。

 そんな持つ者と持たざる者の差。それで勝ってしまう魔王は筆舌に尽くし難いような感情が心に出る。


「すまない」

「?」


 今はこれだけしか言える事は無い、これ以上は彼への侮蔑となってしまう。だからこれ以上は謝らない、遠慮もしない。それが今できる魔王の最大の敬意。


「全力で行かせてもらう!!」

「臨むところです!!」


 その言葉を聞き、元祖・魔王が試合開始を告げる。


 “南”は戦闘開始直後、すぐさま魔王と距離を取る。

 魔王はすぐさま発動させようとしていた魔法を切り替える。

 魔王クラスになれば、詠唱など必要なく魔法が出せる。

 確かに詠唱をすれば魔法の効果は格段に上がる。しかし、それ以上に技の発動に時間を取られてしまう。

 それに魔王が先ほど出そうとした技は、魔王が今までの人生で幾度も使って来た魔法。

 すでに言葉を紡がずとも、脳内ですらすらと詠唱ができる。

 もし“南”が魔王の力を侮っていれば、初撃ですべてが終わっていただろう。

 だが彼はそれを避けた。

 それは彼が幾度も戦闘を重ねた故のカンと言うべくなのだろうか。


 後方に下がる“南”をただ見送る事しかできない魔王。

 彼も距離を稼いだ事で詠唱に移る。


「………………」


 口を小さく動かすだけの詠唱。

 それを読唇術で読み取り魔王は何の魔法が来るか判断する。


 風……強化魔法の分類だな。


 “南”が行った魔法。それは自身の体に風をまとい機動力を強化する魔法。

 あの魔法には風によってできた障壁で物理攻撃だけではなく、魔法すら防ぐ効果がある。

 彼の魔力程度では魔王の一撃を受けるほどの強度は確保できない。

 だが、軽減は出来る。それにこの魔法の目的は……。


「なるほど、風の強化魔法で移動力を上げ。それで敵の攻撃を回避しながら、更に強化魔法を重ね掛けするか……」


 そう、既に魔王の攻撃は四回も外れているのだ。正確には二度命中させているが、風の障壁がそれを逸らす。

 その度に風の魔法は解除され、軽減しきれなかった分の魔力を受ける結果になっているが、彼はあきらめず同じ魔法をかけ続ける。

 もとより彼にそれ以外の選択肢なんてない。

 足を止めれば、魔王の攻撃を受ける。

 たとえ足を止めなくても、魔王が出す範囲魔法で風の障壁は剥がれる。

 自分が持てる最大の力である、その風の強化魔法を重ね掛けを幾重にもしなければ、魔王に勝てる可能性は無い。

 魔王が見積もった限りでも、彼の力から考えると最大で三回まで重ね掛けが可能。

 それ以降は違う魔法による強化をするのであろう。そして強化しきったところで攻勢に移る算段なのだろう。


「ッ――流石に強いですね魔王殿……」

「ああ、お前と同じで俺も努力はしてきた。そして、お前のその風の魔法詠唱は最速と言ってもいいだろう。俺自身もそれほど速く詠唱できる魔法は一つもない」

「顔色も変えず、汗も流さず……。その顔を一度くらいヒヤッとされてみたいですね」

「できるといいがなッ!!」


 魔法詠唱を同時に三種行う。

 難易度の低い魔法ならともかく、上位系の範囲魔法を混ぜての三種同時出しが可能なのは魔界でもごく少数。

 魔王が知る限りでも、あと二人しか知らない。

 

 目の前で雷が落ちたかと見まがうほどの光が辺りを包み。目を閉じでいても瞼を通り、瞳を焼くような強い光。

 凄まじい光量。発動した本人である魔王ですらその影響は小さいものでは無いのだ。予想してない無防備な相手がこれを喰らえば間違えなく数秒は視界を奪う。


 

 そして光に隠れるように頭上から馬車ほどの大きさの氷塊が迫る。

 重さにして20tほどの氷の塊。人間はおろか、建造物すら容易に破壊可能な圧倒的な質量。

 

 氷塊が落した影かそれとも勘で判断したのか“南”はそれを拳一つで叩き割る。

 砕かれた氷塊は、今度は2mほどの氷柱となり、囲むように辺りを覆う。

 “南”はやっと自分が置かれている状況に気がつく。

 完全に身動きを封じられ。満足に動く事すら叶わない。

 禍々しく、それでいて巨大な魔力を感じ、未だ全快とは行かない目を無理矢理開き空を仰ぐ。


 先ほどの氷塊とは真逆。今度は火球。それもまるで太陽が落ちてきたかのような錯覚を与えるほど巨大。

 実際の大きさは直径5mほどではあるが、それが空から迫り、あまりの速さに全ての感覚が狂う。


 一か所の氷塊を砕き飛び出すように体を転がし、無理な態勢ではあるものの何とか回避する。


 今の今まで自分が囲われていた氷の檻は灼熱の炎に曝され、一瞬で水――いや水蒸気と化していた。


 あれに当たっていれば火傷どころか骨も残らないだろう。

 本気で殺しに来ている。今まで感じた事のないほどの恐怖にあてられ一瞬だが我を忘れる。

 しかし、気を取られている当人の目を覚ますような殺気が迫る。

 すぐにその正体へと体を向ける。

 

 目前まで迫っていた相手。既に攻勢に出る余裕すらなく、相手がこめかみ目がけ放った蹴りを反射的に右手で衝撃を緩和しようとしたが、勢いは殺しきれず、右手越しに脳を揺さぶった。


 今の一撃で右手の骨は粉々に砕け、魔力で修復を試みようとも考えたが、それに回す魔力は既になく。立っている事すら儘ならない。

 まるでこちらには抵抗する力がない事を分かっているかのように、何の警戒も無しに相手がゆっくりと迫る。

 相手はまだ(魔力)がこれほど残っているのだぞ、と主張するように魔力を解放していた。


 最初言葉を交わした時の柔和な笑顔が嘘のように冷たい表情。

 そんな相手を前にして私は溢すように小さく敗北の言葉を口にした。



「勝負あり。勝者“西”」


 元祖・魔王がそう宣言し、目の前まで迫っていた“西”の候補者は先ほど表情とは打って変わり、今度は子供の様な屈託のない笑顔で笑い、互いの健闘を称えた。


 これが優しげな笑顔こそが彼の本当の“顔”なのだろうか? それとも戦闘の時の顔が本当なのだろうか。

 計り知れぬ彼に不思議と好感が持てた。

 あれが本当の“魔王”のあるべきカリスマ――魅力のようなものだろうか?

 私はこの戦いで多くの疑問を残しながらも、それ以上に多くの事を学んだ。

 私はこの先、彼を目標に修行に励もう。そう思いながら固い握手を交わした。




 

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