第55話・2 動乱(2)
襲撃は治療所だけでなく同時多発的に、いくつもの場所で起きて居ました。
上空350ヒロ(525m)まで上昇する。ビンコッタ海が目線で150ワーク(225㎞)ぐらい先まで見えているはずだ。
実際は空気の層が揺らいでいてそこまでは見えないが、船の移動なら半日(12時間)以上は必要とする距離が見えている。
何時もなら商船が行きかうにぎやかな港町だけど、ここ数日は戦争の影響で港に係留されたままで動かない船が多い。
船員が戦船に徴用されたため動かせないのだ。
王宮前広場から真っ直ぐ海に出る所に、ビェス王の戦船が係留されている港がある。
こちらは商業港と違って慌ただしく人が動いている。
私と同じぐらいにキリアム侯爵の戦船発見の知らせを受けて、出航準備をしているのだろう。
既に岸壁から離れて、櫂で漕ぎ出している船が在る。
キーグで上空から港の先を見ても船団どころか大型船の1隻も見えない。
見えるのはキリアム侯爵が派遣した船団を見つけたと報告してきたと思える三角帆の小型の船が1隻だけだ。
襲撃してきた船団はまだ遠くに居る様なので、キーグをパスト市から南南東(ビンコッタ海の出口が在る)へと移動させ、キリアム侯爵の船団を探す。
しばらく目を凝らして見ていると、遠く微かに数隻の船が見えて来た。
1隻の船が光った。光ったと言うより火が帆に燃え移って燃え上がったように見えた。
ひょっとしたら、船が戦っているのかもしれない!
キーグでも現場まで4コル(1時間)掛かる距離で海戦が行われているに違いない。
キーグを急がせる積りは無いが、出来るだけ早く海戦が行われている場所へ行く必要がある。
ワイバーンのキーグが出せる巡行速度では最も早い1刻で120ワーク(時速90㎞)出して飛んで行った。
近づいて行くほどに、様子が分かって来た。戦っているのは3隻の船を50隻以上の船が取り巻いて襲っている様に見えた。
間違いなくキリアム侯爵の船団だ!
3隻の内の1隻が燃えている。残りの2隻には蟻が蜜に群がる様に船が集っている。
さらに接近すると、燃えている船は分からないけど、残りの2隻の一番高い帆柱に旗が見えた。
上から白、黄、赤で3色に色分けされて平行に並んでいる。パスト王の旗だ。
ビチェンパスト国の王の旗を掲げているのはビェスの戦船かパスト市の船だけだ。
パスト王の船がどこかの船団と戦っていて、敗色が濃厚な状況だ。
キーグに乗った私はもう直ぐ戦闘行動が出来るまで接近できる。
味方を包囲している船から襲撃して行こう。
そうすれば乗り移って戦闘している敵国の兵も慌てて船へと戻るだろう。
先ほど港を出て行こうとしていた船団が眼下の敵船団とぶつかるのは、夜になるだろう。
戦が夜に成るのを嫌えば、明日の朝海戦が起きるかもしれない。
その前に私が敵を潰す!
ビェス(ビチェンパスト国王)の敵は私の敵だ!
包囲網の端までたどり着いた。
上空から逆さ落としに敵船に接近しブレスを短く船に浴びせる。
マストの上をすれすれに通過し次の目標にブレスを浴びせる。
急降下からのブレスで5隻の敵船が火だるまとなった。
まだ10倍以上の敵船が居る。次の目標を攻撃するため上昇する。
包囲網の次の船へと目標を決めダイブする。
ブレスを浴びせながら左右へと帆柱をすり抜けていく。
2隻目の帆柱を掠める時、矢が見当違いの場所へ飛んで行ったのを見た。
敵船も迎撃するだけの肝の据わった指揮官が居るのだろう。
その船以外からは何の反応も無かった。
3度目の襲撃のため上昇していると、味方の船に切り込んでいた敵が船に引き上げるのが見えた。
敵の船が味方の船から離れようとしているため、置いて行かれない様に引き上げているのだろう。
下を見ると包囲網はバラバラに崩れ、どの船も櫂を出して必死に漕いでいる。
一刻も早くこの海域を離れようとしている。
逃がしはしない!
4度目の目標を包囲を解いた敵ではなく、後方に固まって居る旗艦か指揮官が居ると思われる大き目の船にする。
船が集まっているので急降下しながらブレスを短く浴びせて行く。それだけで船が爆ぜるように燃え上がる。
固まって居たので10隻ぐらい燃えたと思う。
次は海上すれすれに飛行しながら敵船とすれ違いざまにブレスを浴びせて行く。
この方法だと進行方向の船を全て狙えるけど、敵船からの反撃も在る。
反撃と言っても矢が何本か明後日の方向へ飛んで行ったぐらいだ。
キーグの速さに狙いが追いつか無いのだろう。
何度かの攻撃で目に入る場所に居た敵船の全てにブレスを浴びせた。
敵船で火を出していない船は見つからなくなった。
見える限りの海原に味方以外の船は全て火を噴いているか沈んでいる。
小舟に乗って船から逃げ出している様だが、海に飛び込で泳でいる人の方が多い。
小舟の縁に人が鈴なりになっている。
味方の船は燃えていた船が沈んで2隻に成ったが、味方の乗組員を救助しているので船上の戦いは終わったのだろう。
救助が終わり、味方の船が2隻とも櫂を使って動き出したのを見て、パストへ帰る事にした。
味方の船団は夜までには此処へ着くだろう。
火のついた船から出る煙は、遠くからでも見える狼煙になるだろう。
パストにはビェスはもう居ないだろう。
本人から昨日の内に聞いている。
ビェスは辺境領群と境を接する最前線の砦へ、既に移動を始めている頃だ。
エバンギヌス子爵討伐の軍がエンビーノ男爵を盟主として立ち上がったのだ。
ビェスはその後詰としてエンビーノ男爵と共にエバンギヌス子爵が立てこもる城を攻める予定だ。
キリアム侯爵が領境を犯して王領へ攻め込むならば、領境に在るビーザ砦で受け止める予定だ。
ビェスはエバンギヌス子爵を下した後、大返しでビーザ砦に救援に向かい。
キリアム侯爵と決戦に及ぶ事になるだろう。
次回は、パスト市へと戻ったラーファがビェスの居ない王宮で救援要請を受けます。




