第47話 うん、ラーファが暴走?
ラーファはマーヤにビェスとの結婚について話します。
「あのね、大した事では無いの、ちょっとね、結婚する事にしたの」
「はぁぁぁ?」
教会で入籍の儀を済ませた後、王宮へ帰って来たのは良いけど、ビェスが離れてくれません。グレバートさんがため込んだ仕事があるからと何度も言ったのですけど私の部屋から動かない。
最後は私に何とかしてくれと情けない顔を見せるので、ビェスに夜まで私の部屋への入室禁止を言い渡し、それでしぶしぶながらビェスも諦めたのかグレバートさんと部屋を出て行った。
やっと私の時間が作れたので、寛いだ室内着に着替えた後、セリーヌたち侍女と生活の中で必要な名前や人数、勤務体制などの把握に努めた。
教会へ着ていったスクマーン衣装一式を結婚式まで保管するため神域へ持って行く事にした。
セリーヌが畳んでくれた衣装を受け取とり、部屋に一人になるため人払いする事にした。
「ビェスとの夕食までに少し時間が出来たので、一人にしてほしい」
セリーヌへ伝えると、全ての侍女が部屋から出て、別室へ引き上げた。
神域の家まで何時もの散歩道を歩きながら、今日の事をマーヤにどのように説明した物か、悩みながら歩いた。
家でスクマーン衣装をクローゼットに仕舞うと、いよいよマーヤに話す決心をした。
神域からマーヤに念話で時間の都合を聞くと、既に夕食は済んで各自の部屋に引っ込んでいるそうなので、神域へ来てもらった。
で、冒頭のやり取りになった。
どうやら最初の一言から間違えてしまった様だ。
「あはは、そうなるよねぇ、私もびっくりしてるんだ」
私がマーヤに今日の事を話すと、マーヤが固まって動かなくなった。
私も今日起こった事は未だに信じられない。
今朝まで「王様に紹介して貰うのにパレードをしなきゃいけないとか大変だ」とか言っていたのに。
その舌の根も乾かぬその日の夜に、パレードの話を聞きに来ただろうマーヤに、結婚する事になったって、話したら動かなくなった。
マーヤがいきなり動いたと思ったら、私の顔を覗き込んで言った。
「誰と!!」あ! 誰と結婚するのか言って無かった。
「ビェスよ」
「ほら、あなたが生まれたばかりの頃、ビチェンパスト国から来た貿易船団の護衛で傭兵の息子にビェストロって名前の人がいたでしょう?」
「ええ、あの頃あなたがが浮かれて良くその名を出していた事は覚えているわ」
「オウミ国から船でビチェンパスト国へ行く理由にも彼の名前を出していたわね」
マーヤの言葉が何だか心にチクチクと刺さります。
でも、マーヤにはちゃんと私の意思で結婚する事を伝えないと。
「そうなの、彼から結婚してくれって言われて、はい って言ったの」
「あ、そう」マーヤが冷たい。
「なんだかマーヤが冷たいわ」つっけんどんなマーヤに思った事を伝えたら。
「別に変らないけど、結婚式は何時にするの?」少し口調が柔らかくなった?
「それが、色々あってまだ決まって無いの、ビェスの話だと1年ぐらい先になるそうよ」
「でも、入籍? なんだか名前を教会で書き込む事らしいんだけど、それは今日してきちゃった!」
「ハァァァ!!」驚くのは無理も無いと思う、私自信が嘘!!! て思ってるし。
「新しい名前はね、ビェスがダキエとエルルゥフの2つの名前をぜひ入れたいって言うから新しく二人で家名を作ったの」
「新しい名前は、彼が、ビェストロ・パスト・エルルゥフ・ダキエで」
「私は、イスラーファ・パスト・エルルゥフ・ダキエになるわ」
「旧姓のイスラーファ・イスミナ・アリシエン・ジュヲウ・エルルゥフ・ダキエの秘する名も新しい名前に全て変わるわ」
「ちょっと待って!!!」
「いきなり名前を作って、しかも旧姓って、はぁああ!!!」頭を抱えてマーヤが蹲ってしまった。
「あ、そうだ! イスミナは私のお母さんの名前ね、あなたのおばあちゃんの名よ」
そう教えてあげたら、蹲ったまま、顔だけ上げて見上げてきます。
「・・・・・・・・ッ」マーヤが涙目で睨んできます。
でも、此処で怯んでいたら新しい名前を伝えられなくなってしまいます。
「だからあなたはマーヤニラエル・パスト・エルルゥフ・ダキエね」
「マーヤニラエル・イスラーファ・アリシエン・ジュヲウ・エルルゥフ・ダキエの方は秘する名前だから、樹人に正式に名乗る時のあなたの名前のままよ、これまで通りで、秘する名のままね」
「・・・・・」マーヤが無言で睨んでます。
マーヤが本格的に拗ねてしまったようです。これはまずい、マーヤが拗ねたなんて初めてです。謝って、私の本心を打ち明ける事にしました。
マーヤをそうっと抱きしめます。「驚かせて、ごめんなさい」マーヤは知識は大人でも体は7才。心は未だ甘えたい年頃なのは十分わかっている。
「私はね、ビェスと結婚する事になって、自分自身でも驚いているの」
「でも全然後悔して無いの、むしろこれから楽しいことがいっぱいあるぞ! て思っているの」
そう言ってマーヤを抱きしめたまま、私は姿勢を下げていきマーヤの目線まで低くした。
膝まずいて抱きしめながら、マーヤと目を合わせて言った。
「マーヤ、愛しいマーヤ、あなたの事を忘れて彼と一緒になる訳では無いのよ」
「あなたが生まれた時、私も彼の方のお力で生まれたのは知っている?」
フルフル、とマーヤが顔を振る。その事に気が付いていなかった様だ。
「あなたを産み落とした時、私は一度死んだの」
「彼の方が分御霊で、ご自分の一部を死んだイスラーファの体の中へ入れたのが私なの」
「もちろん死ぬ前の記憶はある程度あるけど、でもその時に新しく生まれたと私は思っているわ」
マーヤがその事は知ってると頷いている。その頃の経緯は御霊が繋がっていたので、マーヤも知っている。
「私もマーヤと同じ7才なの、親子と言うより姉妹と言った方がぴったりくるわ」
「今思えば、ビェスとは初恋になるのよ、初めて話した男の子でもあるわ」
「だからマーヤには私の初恋を応援してほしいの」
マーヤは頷きながら静かに聞いている。
「彼の事はお兄さんとでも思ってほしいかな」
「それに、ビェスはお兄さんと言っても、あなたの義理の父親に成るのだから、マーヤも彼にたくさん甘えて良いのよ」
「彼には、マーヤが今神聖同盟の国でダンジョンへ王族の人たちと入る事は話したの」
「ビェスがマーヤが神聖同盟の国に居ると知って、捕まらないか心配してたわ」
突然マーヤが私を抱きしめて来た。マーヤの息が首元に当たってくすぐったい。
「びっくりしたけど、ラーファの初恋なら祝福するわ、仕方ないけどね」
マーヤが祝福してくれました! でもまだ納得して無い所もあるようです。
「でもね! マーヤの新しい名前はマーヤニラエル・イスラーファ・パスト・エルルゥフ・ダキエよ、ラーファの名前は絶対に入れてね」
マーヤは私に新しい名前に私の名を入れる事をねだって来た。エルフの流儀なのでそれはそれで良いと思う。
エルフの流儀とは、母の名を娘が自分の名の後ろへ入れる事。女系のエルフは王族以外家庭を持たないが、唯一女親の名前を娘が自分の名に入れて引き継ぐ。
マーヤはエルフの流儀を持って、ラーファへの親子の関係をエルフとして引き継ぐと宣言した事になる。
エルフの流儀を持ち出したのは、恐らくマーヤがラーファから無意識にせよ、一歩離れて自立した証なのだろう。
同時に、私が放棄した、エルフの女王としての義務をマーヤが引き継ぐ事の決意なのだろう。
コクコクと頷いた。何か言ったら泣きそうだった。マーヤの心があたたかいと感じた。
「ラーファ、ラーファは私のお父さんの事は覚えているの?」マーヤが言いにくそうに聞いて来た。
そうだ、マーヤには実の父親の事を話した事は一度も無かった。
それに私自身彼の事を覚えていない事も在って、これまで思い出す努力もしてなかった。
「ごめんねマーヤ、私は夫だった人の事を覚えていないの」
「サイ、で始まる名前だったぐらいしか思い出せないの」
「いいの、思い出せないのならそれはラーファのせいじゃないわ」マーヤが泣き笑いの顔をしてる。
「ビェスとはこれから始まるから、マーヤと3人で色々思い出を作ろう」
やっとマーヤの機嫌が元に戻った。
「うん、マーヤもラーファを応援する」
機嫌が直ったマーヤと今後の事を少し話した後、私は神域を後にした。そう今日からはビェスと夜を過ごすのだ。
次回は、ビェスとの初めての夜です。




