第40話・2(閑話)御使いハリヤーデ
ラーファの誘拐をゴドウィン船長に命令し、王へと献上した男の話。
我は、キク・カクタンの教えに忠実なハリヤーデ・サルワ・ビューイクである。
今年で40才丁度になる。王の言葉を伝えるお役目を教団での仕事としている。
父から御使いの地位を引き継いでまだ10年にしかならない。なのに新たな御位様への神の試練が始まってしまった。
キク・カクタンの国は御位様を頂点とした教団と言って良いが、唯一例外がある。
それは、御位の座る聖なる山と山を取り囲む建物を守る一族の事だ。
守り人と呼ばれる一族は聖山を囲む建物の中に住み、決して外に出てこない。
出てくるのは御位様の変わる時だけだ。
所が、史上初めてその約束が崩れた時が有った。
四代前の御位様がお隠れになられた時、次の御位様が決まらなかった。挑戦した全ての御子が神の試練に耐えられなかったのだ。
初代御位猊下の血を引く御子が居なくなってしまった。神の試練への挑戦権を得る争いが何時までも続いたためキク・カクタン国は荒廃してしまった。
そのため祖父と祖父の兄は荒廃したキク・カクタン国を立て直すため、兄弟一緒に守り人を抜け、兄は御位様、弟の祖父は御使いとなった。
守り人出身を隠すため、三代前の御位様になられた祖父の兄は四代前の御位様の血筋を引くお方と偽る事にした。
守り人は、初代御位猊下の直系の血筋であるが、それは隠さねばならない事だ。
三代前の御位様と祖父の元、キク・カクタン国は復興を遂げた。キクとカクタンの双子神を祭祀する地域は広がった。
その地域は過去最大となった。が、中央大陸はキクの影響が強くカクタンの力がなかなか及ばない地域として残った。
三代前の御位様は祖父の説得に耳を貸さず中央大陸西部へと攻め入った。そして帰る事は無かった。数年してパスト村での海戦の内容が伝わって来た。
それは、三代前の御位様の最後を知らせる内容だった。
落胆した祖父は前御位様が決まると父に役目を譲り、程なくして無くなった。
今の御位様に代わる時、私も御使いの地位を父から引き継いだ。地位だけでなく父から引き継いだ知識も在る。それによると、ビューイク族は守り人をする前は聖山の神に仕えていた一族だと言う。
初代御位猊下は神の元から使わされた人族の長で、この地にキクとカクタンの姉弟神を祭る地域を広げる使命を持ってやってきた。
その時、神より賜った名がビューイクの族名である。”ひろがりしもの”と言う意味を持つカクタン語から来ている。神の言葉で”ヒーナニマ”と呼ばれる名だ。
詳しくは知らないが、聖山を囲む建物の中には、神の御業を揮える魔道具の数々が在ると聞いている。他にも1階から4階まで一瞬で移動できる昇降機なる魔道具も在るそうだ。
守り人を抜けたため、子孫の私には伝わらなかったが、今でも守り人は神の御業魔術を使う事が出来るそうだ。
話を昔の思い出から最近の出来事へと戻そう。全てはある男がこの国に来た事から始まる。
アーノン・ススミと名乗るキクの御位からの使いが来た。彼がキクの娘について話した事が発端になった。キクの娘とは魔術を自由自在に扱い、病を癒し、数万年もの寿命を持つそうだ。
キクの娘の居場所を知っていると言う。しかも力を封印した上で手に入れる方法を知らせると言う。
その話を何処で聞いたのか、聖山を囲む建物から出てこないはずの守り人が、再び表に出て来た。
キクの娘の話を聞いて手に入れる様に御位様へ助言したのは、代替わりの時に会った事のある守り人の長、族長のサルーダ・ビューイク様だ。
サルーダ族長は、キクの娘についての伝説を話した。
「娘を手に入れた者に不老にして長寿を与え。娘が生む息子はキクとカクタンの子、新しき神となる。」
故に手に入れる様にと。
我らにとってこれは歓迎すべきことだ。この知らせはカクタンの今世御位様であられる、王にとって望むべき神の導と聞こえた。
手ごまにしている海賊団の頭ゴドウィンにキクの娘の捕獲を命じた。アーノン・ススミは海賊団をキクの娘迄導いてくれるそうだ。
捕獲は海賊団に任せるらしいが、それら全てが魅了の大きな物を探すだけで良いのだから、笑いが止まらない。こちらは「探すように。」と皆に言えば良いだけなのだから全然手間にならない。
手に入れられるのは永久なる繁栄、と栄光。キクの娘が及ぼす長寿と不老は、娘を手に入れた者に不老にして長寿を、娘が生む息子は新しき神だそうだ。
今世御位様であられる、王が息子を手に入れれば、キクの娘は御使いたる私に下賜されるのは間違いない。
海賊団を送り出して3ヶ月、やっと帰って来た。連絡船から捕獲成功を告げる使者が着て告げた。
「港へは後2日で到着します。」
御使いとしては海賊団から港で娘を受け取るのは、外聞が良くない。あくまでも御使いが捕獲した形で無いと今世御位様であられる、王の威厳が損なわれる。
港の外へ我が出かけるだけの価値はあるだろう。船の用意に1日、行って帰ってさらに1日を費やすだけの価値はある。
港から半日進んだところで海賊団と合流した。船に乗り込み捕獲したと言うキクの娘を見に行った。
海賊団が捕獲してきたキクの娘は、金色の髪に深い水の様な青い目をした、細い女だった。背も低く、胸も豊満では無い、腰もふっくらとしていない。顔立ちは美しく整った魅惑的で魅入られる様な面立ちをしている。人と違い耳がキクの娘らしく尖っている。
肌はカクタン人の様な褐色では無く何処までも白く透き通った水を思い出させる。
だが王は喜ぶだろう、中央大陸の女をことのほか好むお方だから、この娘ならお気に召すだろう。果たして息子が生まれたとして、この女を下賜してくれるだろうか?
その時はその時だ、渋る様なら新しく似たような娘を送れば良いだろう。
後宮へ娘を送り、家でゆっくりと過ごしていた我の元へ後宮からの使いが現れたのは、日が沈み既に寝る時間を過ぎる少し前だった。
「ルクデス王崩御! 御遺体は白くて冷たい何かで覆われています。」
「なんじゃと! いったい後宮で何が起こった!」
「ハッ 今日お召になったキクの娘がルクデス王を冷たさの極りで殺害、行方を晦ましてございます。」
いったい何がどうすれば王が氷に包まれて崩御するような事態になるのか。
「キクの娘は探しているのか?」
「はい、後宮の女官たちに探させていますが、まだ見つけたとの知らせは在りません。」
思わぬ事態に怒りとも混乱とも言い難い思いが頭を占める。が、しかし御使いとして我は何を成せば良いのか? いかにするべきか? 先ずは、現状の確認からだ!
「御遺体はそのままか?」
「いえ、第一御子様が兵を使わし、御遺体と共に御位に籠っております。」
「それを知った第四御子様が御位を包囲して責め立てておられます。」
「なに! 既に第一御子様は御位に座られたのか?」
「いえ、御位に向かう途中で第四御子様に邪魔され、姿を隠されておられます。」
既に、次の御位様を決める、神の試練への挑戦は始まっていたのか!
たった半日でキク・カクタン国は後継者争いの混乱状態になってしまった。永久の繁栄を夢見たのは今朝の事だったのだろうか?
ハリヤーデ・サルワ・ビューイクは事態の急変に我を忘れて呆然と立ちすくんだ。
が、しかし、立ち止まっていたのは一瞬だけだった。
既に次の御位様を決める争いは始まってしまった。守り人も出て来るだろう。
サルーダ族長に出会ったら是非とも、聞いて見たい。
「キクの娘が御位様を殺めるほど危険な物なら、何を考えて捕らえる様にと言ったのか?」と。
今後、我も我もと世界中から、初代御位猊下の血を引く者が集まって御位のある聖山を囲む建物へと殺到するだろう。
私も血を引く者として担ぎ出されない様に、隠れた方が良いだろう。なにせ御位へ座る神の試練に挑戦できるのは、聖山を囲む建物を手に入れた者だけなのだから。
次の御位様が全てを手に入れる、それは従者にとっても同じなのだ。全てか無か、失敗した者には死のみが待っている。
御使いは守り人から臣下へとなった特別な存在だから、父から子へと引き継ぐ事が出来た。それでも神の試練に出ると噂でも在れば殺される事は間違いない。
神の試練に耐えられなかった者の従者たちは、新しい主を求めて血眼になる。彼らに否が応でも担がれるなど馬鹿馬鹿しい事は無い。
次の御位様が決まるまで、暗殺、白昼での襲撃、裏切り、何でも在りなのだから。噂だけで殺される事も多いから逃げるのが一番安全だ。
ゴドウィンを連れて海の上に避難しよう。海の上までは馬鹿者共も来ないだろう。
明日か明後日には船の用意が出来るだろう。それまではここに籠って守りを固めている事にしよう。
申し訳ありませんが、「小さなエルフの子マーヤ」との話の流れを合わせるためにしばらくお休みします。12月から再開する予定です。
その間月曜日に閑話を1話づつ載せます。木曜日は12月までお休みします。
次回は、12月4日から第4章(最終章)が始まります。




