13歳編
「しかしフォートは紅茶や珈琲を淹れるセンスがありますね」
カトウ執事長が紅茶の缶を棚に並べ、ラベルを貼りながら、孫の様に可愛がる執事、フォートに微笑んだ。
「教わる師匠の腕が良いからですよ。それに紅茶と珈琲は我が国の特産品でもあるので、小さな頃から飲み慣れています。でもここみたいにフレーバー的な飲み方でなく、砂糖もクリームも入れない飲み方が主流なんです。だから子供はあまり飲まないです」
「なるほど。確かに高級茶葉と高級豆はブルボン産が多くありますね」
「紅茶ならルーベラ、珈琲ならパキーラ。今度、父に送ってもらいます」
「いやいや!そんな最高級品!!旦那様に叱られます!!」
「俺が飲みたいっていえば、大丈夫ですよ!」
「ははは、いやはや、全く困った子だ」
そして彼に頭を撫でられる。
フォートは彼に頭を撫でてもらうのが、何だか照れ臭いが嬉しかった。
フォートはひとつ歳が増え、13歳7ヶ月。
もっと美味しい紅茶とコーヒーの淹れ方をカトウ執事長と切磋琢磨、今日も研究中。
「これはもっと湯の温度を上げたほうが良いですね」
「そうですな・・茶葉が大きめで湯で踊らないから熱い湯を淹れて・・3分、ですかな?」
3分の砂時計を返し、暫し待つ。
「ああ!香りがいいですよ!執事長!」
「さて、味は・・・渋みはほとんど感じない・・すっきりとした味。これはこれで」
「脂っこいものを食べた時に、これは良いですね!」
まるで孫と戯れる爺・・家人達は二人の様子をこっそりと見て、微笑んだ。
本日公爵一家は王都に招かれて外出中。あと5日は帰って来ない。
家庭教師の講師陣にもお休みを言い渡していたのだが、3人の教師がやって来た。
「あれ?先生方!どうしたんですか?」
フォートもびっくり、エントランスまで迎えに出ていく。
「やぁ、フォ・・アルフォート殿下。スノウ嬢がいない間は殿下に勉強を、と」
「え!良いのですか?」
国語や外国語を担当するギャバ(27歳女)、算術を教えるホバール(29歳男)、魔法を教えるゴマーザ(28歳男)。
まずは国語と外国語担当のギャバ。
「ボンブドゥール語はこのくらいで、外国語に入っていこうと思います。エズベラ語あたりでどうでしょう」
「そうですね」
「これが終わるのを半年と考えています。次はシシリーナ語。学園に入学までに、最低6カ国語、殿下ならいけそうなので」
「困ったな・・過大評価では?」
「そうだぞ!他にも学んで頂くのだ!無理に教え込むな!!」
算術を教えるホバールが顰めた。ゴマーデもうんうんと頷いている。
「私は算術を2、化学を2、科学を1と考えています。まあ、このペースでは学園に入学しても学ぶ所無しになりそうですけど」
「え?では俺は何をしにいけば良いのですか?」
ここでゴマーデが話に割り込んできた。
「特別研究生という枠がありまして。学園の側には大学があるんですよ。そこの講習を受けられるんです。勿論、入学したら通常の学年に席は残してあるんです。ちゃんと学生らしい行事に参加出来ますからその点はご安心を。もしも飛び級がしたいなら」
「俺はスノウと学園生活がしたいんだけど!」
「はい、それは分かっています。ですが、殿下は大変優秀です。伸ばして差し上げたいのですよ」
「うーん・・・」
「あ。それと特典があります」
「ん?」
「授業料と食堂もタダ!寮もタダです!!」
「俺は王子だぞ!他の者に回せ!!」
「えーーー何でーーー」
「勿体無いお化けが出ますよー」
3人は貧乏貴族だった・・・
いつもフォートが授業を受けるのに使っている部屋に3人が詰め、授業がスタート。
ワイワイと賑わしく、ちょっと勉強じゃないんじゃね?と執事長も侍女達も閉まった扉を見つめていたが、1時間ほど経ってフォートが出て来た。
「お茶を用意しようと」
「お茶なら私が淹れますから」
女中が彼に言うと、
「私のお茶が飲みたいそうだから。ありがとう。茶菓子を用意してくれるかな」
ちょっと王子気質がまろびでています。教師が『アルフォート殿下』と呼んだ所為でしょう。
昼食は教師陣と軽いメニュー。サンドイッチと珈琲を平らげると、帰って行った。
「昼食を食べたかったのかな?」
首を傾げるフォートに、家人達はうんうんと頷いている。
そして翌日も教師陣はやって来て、お昼も頂いて帰りましたとも。
エントランスで3人を見送って、屋敷に入ろうとして・・フォートは気配を感じた。
何気ない仕草であたりを見回すと・・樹々の隙間に、ひとり。門から離れて、ひとり。
気配はあと数人確認できた。
これはもしや・・強盗かな?
「今から剣の稽古だから・・師匠に相談かな」
深夜・・・
数人の黒い服を着た男達が、公爵邸に潜入。
体を低くして裏口まで進み、窓を壊そうとして・・・
上から網が落ちて来て、3人が拉致された。
逃げようとした4人は、ひとりの男に鞘のままの刀で首の裏を叩かれて、2人気を失って倒れた。
残り2人が逃げた先には少年がいた。子供なら逃げられると思ったのだろうが・・
「睡眠」
魔術に掛かり、ぱたっと倒れた。あっさりと7人の強盗は捕まったのだった。
いつも警備をしている騎士達は、この時間に丁度交代時間になる。強盗達はその隙を狙った様だ。
相談を受けたラッシュは警備の騎士に『いつも通りの時間で警備をしてほしい』と頼み、二人で待ち伏せしたのである。数分後、強盗達は警備の騎士に引き摺られて行ったのだった。
その後警備の交代時間は3パターンをランダムにし、わかりにくく変更したのだった。
しかし懲りないのが強盗達・・・
また来たんですよ、この7人!!脱獄したと噂を聞いていたフォートだったが・・
窓を拭いていたら・・・公爵邸の柵の外に、人影。
「見覚えがあるなー。何でカツラくらいつけて変装くらいしないのかなー」
トンスラヘアの男は確かリーダーだった。
「もう〜。間抜けにも程があるなぁ・・仕方が無い」
フォートは外に出て、男のところにテクテクと近寄っていくと、男もフォートに気が付いたのか慌てて足を滑らせて、どすんと倒れた。
「おじさん、懲りないねぇ。まさか、またやる気?」
「なっ!」
「諦めなよ・・・ここ、公爵邸だよ?この公国の王城だよ?何考えてんのさ。騎士団だっているんだよ?死にたいの?今度入ったら、牢獄だけじゃ済まないよ?」
「う、うるせえっ!!この間は油断したからだ!今度こそ」
「犯行予告してどうすんのさ・・俺はここの執事だよ?もう諦めて帰ったら?今なら刑に問われないよ。俺が言わなければ」
「う、うるさい!!こうなったら、お前を人質に」
「ああ、もう!これで懲りてね!!」
フォートは魔術を使う。『麻痺』だ。
「ぎゃ!!」
「えーーと!!お仲間の皆さーーーーーーーーーん!!この人連れ帰って!!5分後に、騎士団呼ぶよーーーー!!」
フォートが叫ぶと、あちこちからわらわらと男達が出て来て、トンスラヘアを抱えて去っていった。
「明日には痺れは消えてるから!もう真っ当な仕事やりなよーーー!!」
二つの人影が、ペコリと頭を下げている。この二人は改心するだろう、フォートは思った。
「あー・・・もうーーー!!本当、懲りないな!!」
あれから半年。また来ました、強盗達。よく見ると、7人が5人になっている。
「もう才能ないんだから、諦めてほしいなぁ・・こうなってくるとなぜか情が湧くのは何故だ」
半年間空けたらもう大丈夫と思ったの?3回も来たらさすがに他のみんなも覚えるよ?
「あれ?あの男」
カトウ執事長まで覚えてるじゃん!!アタタ・・頭痛い。
「行って来ます」
「・・フォート。手加減をしておやりなさい」
「今度は何にしよう・・何が良いでしょうかね?」
「そこはフォートに任せるよ。魔法は嗜んでいないからね」
テレテレと、歩くのも億劫・・・男と目が合う。
がしゃん!!
今度は脚立、それが倒れ、彼が門をくぐると地面に男が倒れていて、その上に脚立が乗っかっていた。
「おーじーさぁーーん!!まだ懲りないの?もう、今度という今度は、騎士団呼ぶよ?」
「ま、待て!!呼ぶな!!まだ偵察しかしてないのに、終了なんて事やめろ!!」
「そろそろ真っ当に生きたらどう?この国は割と仕事が多いんだから。探そう?」
「う、うるせえ!!」
「でも何で公爵邸を狙うの?ワケ教えてくれない?相談にのるよ?」
「子供に!!子供に諭されたー〜ー!!」
「泣くなよ、おじさん」
「泣きたくもなるわっ!!」
そしておじさんは脚立を小脇に抱え、だっと駆け出した。
「みーーなーーさあーーーーーーーーーん!!おじさんおかえりですーー!!もう、そろそろ更生して新しい人生進んでくださーーい!!」
すると3人の影が、ペコリと頭を下げた。今度は3人更生するね。
「おじさん!!おじさんのわがままに、この人達付き合わせるのやめなよっ!!」
それから3ヶ月後・・俺は14歳になっていた。
「何意地張ってるのさ!!ねえ、おじさん達も、そろそろ足洗いたいでしょ?先に洗った人達、どうしてる?結構幸せにしてない?」
トンスラヘアのおじさん以外の2人、ボソリと溢した。
「ウィリーは結婚した・・サニーは八百屋になって、恋人もいる・・・ペッツは農家に住み込みで、そこの娘さんとうまいことに・・ショットは意外と高学歴で、学校の教員になった・・・」
「おじさん達!!今からならまだ何とかなる筈だよ!!もう改心しよう!!」
トンスラヘアのおじさんが、顔を真っ赤にして怒鳴る。
「う、うるせえ!!ガキに何が分かる!!男は一度決めたらやり遂げるもんだ!!」
「もーー・・おじさん達、このおじさん置いて帰っていいよ。俺が説得するから」
「いいのか?じゃ・・頼む。それと俺たち、これでもまだ20代だから」
「老けて見えるよ・・まず就職する時、ヒゲ剃って髪切ってさっぱりとして行くといいよ」
「済まないな。頑張るよ」
「お、お前ら!!」
「もう俺達、付き合いきれない。済まん、コメッコ」
そして二人は去って行った。
「ね?ひとりでどうやって強盗するのさ」
「お、お前のせいだぞ!!」
「人の所為にしないの!どうしてそこまで意地を張るのさ」
しばらく黙っていたトンスラヘアは、ポツポツと喋り出した。
「俺のコレが・・公爵邸のパライバトルマリンが欲しいって」
「こらこら。国宝じゃないか。本当に奪ったら死刑だよ?ねえ、コメッコ」
「その名前嫌いなんだ!!呼ぶな!!」
「そうだよね・・おじさん・・それ、多分・・別れて欲しいって意味だと思う」
「え?」
「だってそんな国宝、盗れる訳ないじゃないか。警備に騎士団が24時間見張ってるんだよ?」
「それを奪ったらカッコいいじゃねーか」
「あのね。本気で盗るとしたら、最低魔術師が3人、腕の立つ剣士5人、身軽な5人、そして逃走用の馬3頭とコレくらいは必要だよ?それくらい警備が厳しいのに!本当、馬鹿でしょ!」
「う・・・」
コメッコしょんぼり。
「そうか。やっぱり俺はフラれたか・・最近会えないし」
「おじさん、さっきの2人と同じくらいの歳?」
「・・・31」
「そうかー」
体育座りで二人は話し込んでいて、同時に溜息を吐いた。
「31かぁ・・ねえおじさん。ちょっと仕事あるんだけど、やってみない?」
数ヶ月後・・・
ボンブドゥール公国唯一の港、ランブータンにコメッコはいた。
珈琲豆の輸入船に乗り込んでいた。ブルボン王国の豆はこの港に持ち込まれ、海外に送られるのだ。
ブルボン王国の港からでは遠くなる海外向けの船だ。
フォートの元に時折便りが届く。
「あ。彼女できたんだ。でもコメッコ女運悪いからなー」
今度話を聞いてやろう。フォートはお節介にも思ったのである。