16/ 相続者たち
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アルベルトに続き、騎兵達がオズムント目掛けて突貫する。
だがそれを易々と許す彼らではない。
オズムントの近衛騎兵達が扇状に広がり躍りかかる。
「よし、お前達は雑魚を迎え討て! 俺はオズムントを相手する」
騎兵同士が、ほぼ同数で衝突する。
その嵐を抜け、ただ一頭の狼が突き進む。
灰狼オズムントを守る兵は後続の騎兵を相手している。
ここに、完全な一騎打ちが発生した。
「オズムントォ! その首貰ったぁぁ! 覚悟しろぉぁ!」
吠えるように告げ、尖槍を突き出す。
稲妻のような神速で迫るそれを阻むものなど、この世には──
「若造、血気にはやりすぎたな」
槍は盾ごとオズムントの躰を──貫くことはなかった。
彼が手に持つ六角形の白い盾、それが槍を弾き、わずかに傷をつけるにとどめたのだ。
「ほう、お主の槍も私と同じ……だが」
顔を顰めるアルベルトと対極的に、誇るように微笑むオズムント。
「この盾は太古より伝わる聖樹の盾、いかなる業物もこれを貫くことは能わず。その槍、これに傷を与えたことは褒めてやろう」
一度目の交差はどうやら失敗に終わったようだ。
アルベルトは歯噛みする。
「貴様……よもや遺産の使い手とはな」
「くく、お主のような小僧にそれは身に余ろう。跪いて許しを乞えば慈悲をやらんこともないぞ?」
「ほざけ老いぼれ! その盾、それから首も寄越せぃ!」
オズムントの得物は宝石が散りばめられた宝剣。
業物であっても遺産ではないそれは、加えて射程においても槍に劣る。
攻撃力に勝るアルベルトと防御力で勝るオズムント。
この両極の拮抗が、奇しくも奇跡的な力の均衡を生んでいる。
「──シッ!」
「ぬるいわ!」
騎兵同士で並走しながら鋼と木をぶつけ合う。
剛腕から振るわれる剣には盾を、神速を以って突き出される槍にも盾を。
常人には目にも留まらぬ技の応酬。
既に五十を超える斬り合いは、しかし一向に決着が見える気配がない。
「惜しいが、それを貫くことは叶わんか。──ならば」
アルベルトは並走をやめ、縦横無尽にオズムントの周りを駆け始める。
まさしく人馬一体の機動。それこそが重装騎兵には真似できない軽騎兵ならではの持ち味であり、彼らが狼と呼ばれる所以だ。
「おのれ……ちょこまかと……!」
無駄なように見えて、華麗に死角を突く軌道。
手で以って敵の攻撃を受け止めなければならない以上、防戦特化であるオズムントは時間を掛ければ掛けるだけ不利になるのは必然。
その上、死角に回り込まれないよう最大の警戒をしなければならない為、疲労の蓄積は加速的だ。
皮肉なことに、その圧倒的な防御性能は確かに攻撃を通さなかったが、その性質故に主を死地に追い込んだのだ。
「このガキがぁ! とっととくたばれ!」
宝剣を振るも、やはり防がれ躱される。
三次元機動とすら錯覚しそうになる機動力。その秘訣はアウロラ族の馬術にある。
大陸西方の中でも東部に居住する彼らは、その位置故に遊牧民との抗争が絶えなかった。
その中で彼らは遊牧民の闘いを観察し、その強さの秘訣を見出した。
すなわち──馬だ。
屈強な大型馬を掛け合わせ、縦横無尽の馬術を以って数で勝る相手を制す。
対して北西部に位置する諸族は同族での抗争が大半で、異民族との戦闘経験は乏しかった。
そのため彼らの馬は小型で遠征に向かず、また鐙も未熟なものだ。
この勝負は単なる刃を使った武術の勝負ではなく、厳密には騎兵の勝負である。
騎兵にとっての命は武具の質だけでなく、馬とその術理にこそある。
歩兵を頼みとし、勝利してきたフェルム族は、だからこそそれを見落としていた。
そしてそれこそが、オズムントにとって命取りとなる。
「ではな灰狼! 戦乙女に会ってこい!」
側面に回ったアルベルトは全速力で馬を駆けされる。
そして──オズムント目掛けて勢いのままに馬ごと跳躍した。
迫りくる大質量を前に思わず盾で顔を覆うオズムント。
だが盾は無事でも本人はそうではない。
さらなる皮肉として、ここでも確かに盾は敵の攻撃を防ぎ切ったのだ。
「ぬ、おおぉあ」
耐えられよう筈もなく馬ごと横転し、地面に引き倒される。
その瞬間、全身に凄まじい重量が襲い来る。
「か、っっ」
重みに耐えかね、肺腑から空気が抜ける。
それでも、肩から革紐で掛けられた聖樹の盾は手放さなかった。
反射で剣を振るうが、その前に槍が右腕を刺し抜く。
苦悶の声を上げる暇すら与えず、アルベルトは最後の手を打った。
槍を右腕ごと地面に刺したまま、馬を疾駆させる。
高速で引きずられているために鎖帷子が摩擦で火花を散らす。
血と煙の臭いが漂い、今にも着火しそうな熱に苦悶が零れる。
そしてついに布地が発炎する。
悲鳴を挙げるも、やはり盾だけは手放さなかった。
「ほれ、貴様らが育てた畜生どもだ。餌をくれてやる!」
とどめの一撃として、なんと槍に刺したオズムントを天高く放り投げた。
火のついた躰が向かう先は、残り少ない狂戦士の群れだ。
「キ、サマ」
盾の壁と野生の暴力がぶつかり合う台風の眼へ投げ込まれた躰は、たやすくその中に飲み込まれた。
見る見る内に灰狼は、自ら育てた獣と黒鉄の餌食となった。
もはや主は原型すら留めていないが、それでも盾は当然健在だった。
「ふむぅ、やはりあの盾だけは欲しいな」
感慨を胸に、アルベルトは嘆息した。
「では、終わってから剥ぎ取るとしようか! わははは」
遂に敵将を撃破したアルベルトは、残りの敵を掃討すべく駆け出した。
◇ ◇ ◇
戦線指揮官であったオズムントが討たれたことで、フェルム族は軍団として実質的な崩壊を迎えていた。
指揮官不在とあってはもはや軍としての体を為すことはできない。
だがここは本拠地。決して逃げることは許されない。
彼らが消えれば最後、この大集落は灰燼に帰すこととなる。
しかし、降伏したならばどうだろうか?
彼らの脳裏に、そんな藁のような希望が浮かび上がる。
──否。
そんな臆病は、断じて認められなかった。
「──!?」
圧倒的優勢であったアウロラ族に、同様にフェルム族にも震撼が走る。
何か、恐ろしいものが迫ってくる──。
「伏兵とは考えたものだな。だが──」
人込みを搔き分け──いや、行く道が自ら開き、ソレが姿を現す。
「無謀だったな、天の武威に盾突こうとは」
瞬間、誰もが己が責を忘れ、そちらを向いた。
場違いな異物の登場に、誰もが息を呑む。
しかし、それはヒトであった。
「蒙昧なる賊党よ、開目し仰ぎ見るがいい。天より授かりし王の権能を」
熊皮の外套を羽織った、羆を思わせる強大な体躯。
無数に刻まれた誉れの傷痕。
そして、最も異様であるものはその得物。
黒い柄と緋色の刃を持つ三日月斧。
それは炯々と妖しい輝きを放ち、同時に爛々とした神気をも漂わせている。
男は静まり返った戦場に立ち、ただ厳かに告げる。
「我こそは"猛熊"ベルナルド。誉れ高きフェルム族が長にして──天に仇為す逆徒に裁きを下す者なり」
常識を超えた闘気が、累々たる死屍を乗り上げ迸る。
──フェルム族が一斉に歓声を上げる。
決定された敗北の定めを覆す神の一手。
たった今、その威光が降臨した。
◇ ◇ ◇
──風を引き裂く音が木霊する。
遠くで赤いナニカが一瞬映った。
鼓膜に音が届いた時にはもう遅すぎる。
馬と鎧ごと二つに分けられた人体が大地に滑り落ちる。
あまりにも脈絡のない展開に、アウロラ族が呆然とする。
「なんだと──あれは、よもや」
戦場全体を遠望から俯瞰していたアゼルウルフと。
「こんなことが──まさか」
中心にいたアルベルトが揃って忘我する。
二人は一連の事態を視認していた。
ベルナルドが斧を振るった瞬間、周囲の大気が紅い刃に集まり、昏い極光を纏っていた。
そして、まっすぐに飛び出した緋刃が真空の刃としてアウロラ族を襲った。
明らかに、常識の埒外にある出来事。
それを──遺産の使い手たる二人が理解できない道理はない。
──あれも、間違いなくその一つ。だが、決定的に格そのものが違う。あんなものがあっては戦いなど成立しようがない。
でも、心当たりがないわけではない。されど、それはあるはずのないことだ。
二人は考え得る限り最悪の事態が具現したのだと確信する。
もう誰も見たことのない、されど延々と語り継がれた古の伝承。
それは、かつて世界を焼いた神の兵器の一つ。
遠い過去に滅び去り、打ち捨てられた時代の遺物であった。
ようやくアルベルトの見せ場を作ることができました……
第一章も佳境、次には亡霊の本格的な活躍も見せられそうです。




