14/ 対峙
ようやく戦闘シーン。
しかしやはり多対多を描写するのは大変ですね……
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晩秋のある朝。
フェルム族の首邑は恐慌に包まれていた。
敵対部族が潜み、寸断された森から不穏な気配を感じたのは昨日からだった。
どこかから風に乗る騒めき。
農閑期に入った今だからこそ略奪に乗り出した遊牧民などを警戒するのだが、それはフェルム族に限らず、農耕と牧畜を営む北方部族は須らくそうである。
故に軍勢が現れたとしても、それは小部族による村落への略奪目的しか有り得ないはずだ。
それが──よもや本拠地に対する遠征軍など。
今も国境周辺での小競り合いと村落への略奪は不断に続いているが、部族が潜む森で互いの本土は分断されているために本格的な総力戦に至ることはなかった。
しかし、アウロラ族の軍勢はそれを気付かれることなく悠々と突破してきた。
そうして、本土からの遠征軍は今彼らの眼前に突如として姿を現したのだ。
「ほう、まさかあの森を抜けるとは。ホルト族め、己の森を蛮人に歩かせるとは誉れを捨てたか」
将兵が慌てて迎撃態勢を整える中、僅かに余裕を見せる者があった。
「ベルナルド族長! 騎兵隊の準備が整いました! ですがまだアレの儀式が始められません!」
その名はベルナルド。"猛熊"の名を冠する羆の毛皮を纏った獣の如き巨漢である。
男は、まさしく熊のように悠然と玉座に座していた。
「焦るでないわ。それこそ連中の思う壺だ。無用な騒ぎを起こす者は切り捨ると伝えよ」
ベルナルドは僅かに許された時間で思考する。
──我らの邑に城塞はない。
周辺を暗い森で囲まれ寸断されている以上、敵は河沿いに無数にある拠点を突破してくるしかないからだ。
しかし連中は一切の消耗なく、本土から遠征軍をここに辿り着かせた。
つまり森の蛮族どもは連中と手を組み、己の森を通らせた。
奴らの数と装備を見るに、あれは本格的にここを落とす為の全軍だ。
我らの戦は攻めの戦。となれば、打てる手立てはただ一つ。
ここにある全軍を以って、奴らを討ち果たす。
さすれば、此度はこちらが奴らの本土を攻めることも能おうぞ。
「女子供は中心に避難させろ。戦える者は全て動員し、迎撃に当たれ。アレは準備次第、投入する」
「はっ。して、族長はいかがなされますか? ……まさか、それも解放なさるのですか?」
側近の将の視線に映るのは、緋色の刃に禍々しい古代文字が刻まれた長柄の大斧。
ある時、どこからかベルナルドが手にした彼自身の得物である。
「状況次第だ。劣勢となり、アレすら押し返すようならば使うさ」
その佇まいは凪いだ湖水の如く。
己が部族の命運が懸かった大戦にも関わらず、ベルナルドは泰然とした態度を崩さない。
それはまるで──何か勝利の確信があってそうしているかのよう。
「どの道コレに抗える兵など居らん。天と人の差を……奴らにもの見せてくれようぞ」
こうして、互いの命運を懸けた決戦が始まった。
◇ ◇ ◇
大陸西方を流れる大河沿いの平野。
森を背後にした暁の軍勢と。
中心に大集落を構えた荒くれの軍勢が対峙する。
フェルム族の軍勢はその名が示すように、隊列といったものは組まない。
歩兵の前に控えた騎兵隊。そして装備も体格もバラバラの歩兵隊。
傭兵としても名高く、北方でも特に高い個人戦闘力を持った彼らは、ただその一人一人の武を以って圧倒的な攻めを体現してのける。
対してアウロラ族の軍勢は、帝国の影響を受け、高い規律の下に再編された軍団である。
前方に重装騎兵、それに随伴する軽歩兵と、後陣を守る重装歩兵。
特に人馬ともに鎧で包まれた重装騎兵の破壊力は、旧帝国領ケルサス王国のそれに匹敵するものであり、まともに受けようものならただちに屍の山が築かれることだろう。
何故か蒼き狼の姿がないが、それでも途方もない数の兵が醸し出す闘気は凄まじく、今にもこの大地を焼き尽くさんばかりである。
されど、それに怯むフェルム族ではない。
数で勝り、そして歩兵の武で勝る彼らは、ただ策に頼らぬ純然たる武を以って北方の雄となったのだ。
例え不意を打たれようと、その気迫は天を焦がさんばかりである。
「見えるか! あれこそが我らの敵、主神に仇為す者どもだ! 奴らは我らの神聖なる土地を穢すばかりか、我らの妻娘、そして財産をその邪なる目で狙っておる! 思い出せ、貴様の帰りを待つその笑顔、その手の温もりを! 今こそ我らが雄姿を神に示し、天に轟かせる好機なり! 我らこそ真の勇者、我らこそ北方の雄なり!」
獣のように咆哮するフェルム族の戦士達。
その先頭に立つのは、ベルナルドの片腕たる"灰狼のオズムント"。
無骨なれど荘厳な銀の鎧に身を包んだ、長剣を手にした熟練の戦士である。
「……聞いたか! 奴らの長ったらしく仰々しい演説を! 我らに言葉など不要! ただ力を以って示す、それだけよ! 我第一の槍とならん! 続けぇ!」
対してアウロラ軍の先頭に立つ重装騎兵の隊長、"銀騎士"エルリックはごく簡潔に兵を鼓舞する。
短く、されど平野全土に届くような大声を上げた騎兵達が、それを合図に突撃する。
それに連動し、双方の軍勢が激突する。
響く怒号、その衝撃はまさしく大嵐。
エルリックの騎兵隊は戦車もかくやという速度と力を以って敵陣に喰い入る。
圧倒的な重量と速度で迫り来るそれを止められる者はなく、彼らの長槍の前に無数の屍が積みあがっていく。
このような騎兵突撃、それを可能としたのが東方の遊牧民よりもたらされた鐙と馬である。
本来、大陸西方に生息する馬は小柄で騎馬に適さず、鐙もない為に北方諸族は騎兵を満足に使えなかった。
しかし東部に居住するアウロラ族は遊牧民との交戦が絶えず、それゆえに彼らの戦法と技術を目にすることが多かった。
すなわち、鐙と屈強な馬である。
その技術を模倣し、帝国流の隊列と部族流の戦法を融合させたがために、アウロラ族はこれほどの勢力を築いたのだ。
騎兵隊が暴れる傍ら、歩兵同士が苛烈な死闘を繰り広げる。
接敵するまでの間に軽歩兵が投石器から礫を投げ合い、後衛の重歩兵が槍を投げる。
小型の盾しか持たぬフェルム戦士にとって飛び道具は天敵だ。
しかしここで前衛の軽歩兵に有利であるのはフェルム族だ。
彼らは革鎧だったり半裸だったりと武装はバラバラだが、一つだけ統一された武装がある。
──投げ斧である。
それは投槍より射程も威力も劣るが、その携行性から接近戦において本領を発揮する。
白兵戦の渦中、不意を打つように投げられたそれは盾に刺さりバランスを崩す。
さらに当たらずとも不規則に跳ね返るため、まったく予想しない形で傷を負うことにもなりかねない。
それが何百という数も舞うのである。
簡易的な武具しか持たぬ軽歩兵では到底耐えられたものではない。
激しく激突する力と力。
長剣や槍で武装したフェルム戦士に対し、貧農で構成された最前列の軽歩兵は短剣や棍棒で対抗する。
略奪目当てで志願した彼らは、装備は貧弱でもその気迫は凄まじく、互角とは言わずともなんとか拮抗できている。
打ち合う鉄と鉄、飛び交う槍と斧、舞い散る血潮。
屍を踏み越え棍棒で頭を割り、剣で首を刎ねる。
そして時々飛来する礫や斧で脳漿が飛び散る。
凄惨なる死の舞踏。暴力の行進。
白兵戦ではフェルム族が有利なものの、やはり彼らの古い騎兵隊では重装騎兵には対抗し得ない。
戦線は歪な形での拮抗を見せていた。
「奴ら、まだ食い下がるか……。だが、これで終わりだ! 族長、アレの儀式が終わりました!」
「よかろう、血祭りにあげよ」
──突如として、空気が変わる。
「な、なんだコイツらは……!」
空を裂くような唸り。
フェルム族戦士の背後から、獣の群れが姿を現す。
否。
それはヒトであった。
されどもはやヒトに非ず。
熊や狼の毛皮を被り、猛獣そのものの唸りを上げるヒトでもケモノでもない群れ。
瞳は血走り、牙を剥いた口から白い気が立ち昇っている。
「行け、狂戦士達よ。その欲がままに喰い尽くせ」
「──ᚸᚪᚱᚱᚱᚱᚱᚱᚱ!」
狂戦士。
幻覚作用のある植物と狂化状態を誘発させる儀式によって人から獣へと堕ちた戦士達。
その瞳には同族以外の全てが敵に映り、眼前に立つ者全てを塵殺するという。
これこそが荒くれ者の集まりであるフェルム族が誇る、最強にして最狂の軍団なのだ。
「ᚱᚢᚪᚪᚸᚻᚻᚻᚻ!」
「く、クソ! いい加減に死にやがれ!」
猛獣そのものの速さと力で走り寄る狂戦士。
それに対し、後衛から出てきた重歩兵が盾で壁を作り槍を突き出し応戦する。
その体に鉄の穂先が突き刺さる。礫が当たり肉が弾ける。
されど少しも怯まず突進を続ける。
その肉に痛みなどなく、その眼は獲物しか捉えない。
彼らは槍で串刺しにされながら強引に盾に武器を振り下ろす。
もはや人としての理性などない彼らは死すまで決して怯みはしない。
足が切られようと這いながら噛みつき。
腕が切られようと突撃を止められない。
その様はまさしく飢えた猛獣。
「ぬうう、この犬畜生どもが!」
彼らの標的は歩兵のみならず、突撃を続ける重装騎兵も含まれている。
野生の力に回帰し猛獣となった彼らに、馬は本能から畏れ慄き、竦んでしまったのである。
されど重装騎兵。ただ力のみを頼りとする獣という相手に対し、馬上の有利を活かして急所を狙う。
そんな野生の化身に立ち向かう歩兵達。
一見全てが瓦解しそうに思える。
だが彼らは決して諦めていない。
まるで勝利は目前と言わんばかりに耐える。
戦線は少しずつ後退していく。
背後にある森まで、少しずつ。
そうして左右と後ろを森にした場所まで押し返された時、全てが変わった。




