表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月下の亡霊、異世界に立つ  作者: 旧世代の遺物
11/18

11/ 覇者の思惑

書き溜めの分です……

そろそろ次の戦闘に話を動かせそうです。

 /1



「おお、流石に起きていたか」


 明けの明星が煌めく頃、アルベルトが家に訪問して来た。

 

「いかがなされましたか、アルベルト殿」


 服の修繕をしているアーデルハイトが丁寧に応対する。

 アルベルトはいつもの蒼い戦装束に帯剣したまま、特に予兆なく訪れた。


「手土産もなく朝早くに悪いが、お前達に話しておかねばならんことがある。入っていいか?」


 静かに頷くと、彼は簡素でそこそこの空間がある居間に入る。

 自分が何かするより先に、アーデルハイトが冷たい土の床に毛皮の敷物を人数分敷く。

 それにそれぞれ腰掛け、緊迫した面持ちで耳を傾ける。

 アルベルトはいつもの気の大きさを感じさせぬ、真剣な眼差しでこちらを見据える。


「半月程前からだ。族長が属領各地の諸侯を招集し、そこで民会(ミットゥング)が開かれてな。ある重大な決定を為された」

「民会だと?」


 民会。

 自分が知っている限り、部族の自由民全員が武装して集まり大事に関する決定を下す決議。

 街が最近妙に厳粛な空気に包まれていたのはそのためか。

 何やら、不穏な雰囲気が漂う。


「ああ。一応説明しておこう。民会は我らの間では既に貴族諸侯が為すことだ。先に首長達が議題を審議し、数日かけて招集された貴族達が是非を語り、族長が決定を下す。当然我ら『蒼き狼(ブラウェンウルファス)』も呼ばれたというわけだ」

「それで、どうなされた」

「元からアウロラ族出身の貴族はいいとして、従属する諸侯らの間で意見の相違があってだな。議論は難航したが、決定することになった」


 どうにももったいぶった言い方だ。

 婉曲な口振りは平生の彼らしい印象ではない。


「すなわち……冬が来るより先んじてフェルム族を征伐することをだ。この意味が解るだろう? ようやく我らの出番ということだ。──俺と、お前のな」


 ──それで、彼が送られてきたということか。

 自分は族長の食客。正式に帰属しているというわけではない曖昧な立場だが、力を買われて契約した以上、ここで断る選択はない。

 一介の食客にわざわざ直属の将を寄越すとは、あの大男は実に懐が大きい。

 いや、むしろアルベルト自身の意向であるかもしれないが。


「今回の遠征は時期的に迅速を旨とした戦いとなる。──まさしくdinne(疾風)ond(にして)ʒewed(怒涛)だ。我らとお前で短期で本丸を攻め落とす。無論、功を立てらば報いもある。よもや乗らぬということはあるまいな?」

「答えるまでもない。アーデルハイト、お前さんは?」


 彼女は小さく頷く。

 彼女には当然拒否権などないが、それでも一応聞いておく。

 おそらく彼女も補給部隊として後方に付くのだろう。

 

「よし、決まりだな。準備はもう始まっておる。お前も備えるがいい。……ふむ」


 アルベルトは傍らの大太刀と短剣(サクス)を見て息をつく。


「その大剣は羨ましいほど見事だが、他は凡庸だな……。さては、フェルム族からの拾い物か?」


 ……確か、この短剣は最初に目覚めた時に手に入れた品だ。

 造りはあまり精巧とは言えず、やや年季の入った古めかしさが見て取れる。

 頑丈ではあるが、見る者によっては心許なく映るかもしれない。


「武装に関しては心配なさんな。伝手というか、目ぼしい商人はもう見つけたのでね」

「ほう。お前もそろそろ慣れてきた頃合いか。その矢先に命を賭けるとは、まこと人の世は血生臭い」

「まったくだ」

 

 平和に馴染み、謳歌しようかと思えば殺し合う。

 この世界に限らず、人の天下は矛盾に満ちている。

 生とは泡沫。彼ら彼女らも刹那の流星が如く。


「もう戦略は整っておる。出立は一週間後だ。戦は事前が最も滾るもの、しばしこの騒めきを愉しむがいい。今日は火急故このような無礼を致した。許せ」

「こちらこそ酒の一杯も出せず申し訳ない。ご足労感謝する」


 互いに恭しく詫び合う。

 やはり砕けた物腰が特徴とはいえ貴族。相手の身分に関係なく無礼には謝罪を、栄誉には称賛を以って当たる高潔さは本物だ。


 さて、この週は慌ただしくなりそうだ。

 ことによれば、最後の平和かもしれないが。

 しかし、どう転ぶにせよ運だけで勝負は決まらない。

 アンナが言うように、長生きする術を身に着けるのも戦いの術理だろう。


 アルベルトが去った途端、忙しなく荷を纏めるアーデルハイト。

 やることは決まった。昼頃には彼女を連れて街へ出るとしよう。


 またあのがめつい商人と顔を合わせると思うとやや気分は消沈するが、今度はこちらの金払いの良さを見せてやるのもまた一興。

 そう思うと、先のアルベルトの言葉に共感できるような気がした。



 /2



「いよいよ明日ですね」


 もう日も沈み、遠征は間近だ。

 武装も購入し、装束も彼の意向の通りに完成している。

 

 後は明日の明け方、総大将の下に連れていけば始まるだろう。


「……そうだな」


 亡霊はまったく動じず、泰然と応じる。

 そこに一寸の不安も戦士としての高揚もなく、ただ揺るがぬ無があるのみ。

 その存在感の薄さも、希薄な佇まいも、まるで虚空のよう。


「明日は早い、もう寝よう」


 灯りを付けるより先に彼は藁に敷いた毛皮に横たわる。

 

 後方とはいえ、戦争に従事するのはやはり不安が付きまとう。

 前の夜襲の時のように、敵が攻め入ってこない保証もない。

 あの時は偶然亡霊が助けてくれたから良かったものの、そうでなければ今頃土の下で眠っていたかもしれないのだ。

 この奇妙な日常はそんな偶然によって生まれ出た脆いものなのだ。


「……そうですね。おやすみなさい」


 何か気の利いた言葉でも掛けてやろうかと思ったが、どうにも形容し難い感情が引っ掛かり思い浮かばない。

 結局何か特別なこともなく、いつもそうしているように寝床に向かう。


 線の細い、されど一切の無駄なく引き締まった体。

 彼はこの一ヶ月半という時を共に過ごしても、その超然とした佇まいに包まれた内面を覗かせることはなかった。

 もしかしたらこの背中を見ることになるのもこれが最後かもしれないと思うと──なにか惜しいものを落としたような気分になる。

 そうならないように自分自身を封じ込めてきたというのに──これじゃわたしが馬鹿みたいだ。


 今日は星の無い昏い夜だ。

 その闇は足早に微睡みに浸るには充分すぎる。

 どのみち決着は一瞬、勝てばまたここに戻ってこれるだろう。

 勝者はまた新たな戦場へ、敗者は冥府へと。たった一つの単純な掟だ。

 


 /3


 

 翌朝、街は厳粛ながら凄まじい活気に包まれていた。

 列を為す戦士達、それを見送る家族達。

 一様に誰もが前を向き、己の義務へ向かう光景。

 先頭に立つはアルベルト率いる軽装騎兵隊『蒼き狼』。

 その神々しさすら感じさせる蒼い群れはまさしく狼。

 そしてそれはアウロラ族に属する者全ての憧憬の的。

 戦場に生きる者共が抱く英雄への羨望。

 族長コーバックの従士たる彼らは、まさしく夜明け(アウロラ)の英雄なのだ。


 ──ところで。

 この遠征には二人の覇者の片割れであるコーバックの統一への思惑が動いているのである。

 

 まず、現状最大勢力であり宿敵であるケルサス王国は東西南北に点在する異民族との戦闘に追われており、北方に位置するアウロラ部族連合には手が出せない状態にある。

 とりわけ南東の遊牧民は苛烈な侵略を続けており、さらに内部の統制も相まって北方の部族抗争は野放しとなっていた。

 それゆえ先の戦闘でのクラウィス族侵略は半ば不意打ちのような形であり、だからこそ極めて有効な示威行為でもあった。

 つまり──北方で争っていた諸民族は南方からの脅威を再認識することとなったのである。

 それはかねてより好戦的なフェルム族も例外ではなく、逆に王国を警戒するがあまりアウロラ諸侯との恒常的な侵略に対して受け身となっていたのである。

 そうして戦線が伸びきっているからこそ、本丸の守りも手薄となる。

 いや、そういう風にさせているのだ。

 冬目前という思わぬ時期に、想像だにせぬ力と迅さを以って本丸を取る。

 一度本拠地を陥としてしまえば全土の征服は容易い。

 そうすれば西方に進出するため拠点が確保できるだけでなく、冬季を凌ぐだけの物資も手に入るだろう。

 

 アウロラ族は征服した雑多な部族の連合体であり、地方を族長自ら再編した貴族諸侯によって支配させている。

 そのため族長といえど無制限の王権を持つわけではなく、常に合議による決議が下される。

 封建的でありながらも集権的な面を持つ政治機構は、それゆえに広大な領域の統治を可能とするのだ。


 そうして、秘密裏に組織された兵団が一つの部族の命運を決する戦いに向かっていた。



 ◇  ◇  ◇



 どうやらもう戦列は出来上がっているようだ。

 後は総大将に面会しに行き、指示を仰ぐだけだ。


「はは、中々似合ってんじゃんソレ。一番良いのを仕入れてやっただけあるよ」


 商人──アンナは誇らしげに笑う。

 そう、今回の武装を用意してくれたのは彼女だ。

 頑健で機能的な短剣を二本、そして徹底して隠密するための装束。

 このような突然の商機を運よく勝ち取った彼女は普段よりも浮足立っているように映る。


「いやあ、こんな時季に遠征なんてやってくれるおかげでモノが売れる売れる。いきなり都市封鎖なんて何事かと思ったけど、まさかこんなツキが回ってくるなんてね。これも日頃の行いのおかげかね」


 まあ、戦が起きれば儲かるのは商人だ。

 それもこのような季節に起きれば途方もない収穫となるのは間違いない。

 

「何にせよ、アンタも行くんだろ? 刺客が戦場で何するかは知らないけど、精々頑張りな。せっかくの顧客が消えるのは損だ」

「死なない程度にやり切るさ。品質確認にはいい機会だ」


 変わらず軽口を叩きながら、死線の前の会話を交わす。

 何だかんだ、彼女も面倒見の良い面があるのかもしれない。

 ……もちろん金次第だが。


 あと二時間ほどで進軍が始まる。その前に自分の戦場での役割について確認しておかなければならない。

 簡潔な言葉を送ってアンナと別れ、総大将の陣へ向かう。

 確かそこで詳細に説明を受けられるはずだ。


 戦列の隙間を縫うように、目的地へと向かった。

ようやく第二の戦場へ。

戦記モノを見ていて思うのですが、戦闘前の会話ってすごくいいですよね……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ