傭兵夫婦
二人は、元傭兵である。
ボロボロに錆びた鉄柵に片足をかけ、ヴェルは今日も空をゆっくり仰いでいた。下の方から聞こえてくるのは、車達の重なるクラクション、何百とひしめき合う人達の喧騒の様な足音。そんな大都会の空にも小鳥達は楽しそうに飛ぶものだ。ヴェルが見つめる二羽の鳥達は愉快に戯れながらビルの向こうへと消えて行った。
「ヴェル、朝御飯出来たわよ」
その声はまだ眠そうだった。
テーブルの上を片付けて、と少し不機嫌そうに言われヴェルはゆっくりと窓際から腰を上げた。
「眠いのか?」
茶化すように言うと、レイはジロッとヴェルを睨む。
「見ての通りね」
つん、とそっぽを向きキッチンへ歩いていくレイの下腹部は、前よりも膨らみが大きくなっていた。
胎児が成長するにつれ、レイの機嫌も日増しに悪くなっていく。八つ当たりを食らうのはいつだってヴェルだ。
それでもヴェルは嬉しかった。
「最近の殺しってのは雑よね。もっとちゃんと最後まで証拠隠滅しなきゃ。警察も馬鹿じゃなくなってきてるわ」
殺人事件の犯人が捕まったニュースを観ながらレイは淡々と感想を述べた。マグカップを持つ手の甲には深い筋傷がありありと残っている。
「いい加減、犯罪者側の意見を言うのをやめろ。俺達の子に悪影響だ」
「馬鹿ね。お腹の中じゃ聞こえないわ」
ねぇ、とお腹に手を当て愛しげに語るレイにヴェルは溜息をつくしかなかった。
「次の診察、いつだっけ?」
「明日。サモンド先生から貰った薬、残量確認しとかなきゃ」
「そっちじゃなくて、俺達の病院」
戦場生まれの戦場育ちのヴェル達は、親からまともな教育を全く受けていなかった。戦争が終わって帰国してから普通の社会で上手く暮らせず、散々苦労した。でも、このご時世そんな奴は珍しくなく国はヴェル達の様な元兵士の為に更生施設を建てた。
担当医はベニーという老いた男だった。
レイも同じで、その繋がりでヴェル達は一緒になった。
「あー!!」
突然のレイの大声に、ヴェルは持っていたトーストを落としてしまった。
「ベニー!今日よ!」
「なに!今日?!何時からだ!」
椅子から立ち上がり、寝間着の上から薄いコートを被った。慌てるヴェルにレイは泣き真似の顔で言う。
「10時から」
「......5分後」
茫然と立ちすくんでいたヴェルは静かに、床に落としたトーストを拾って食べた。