第一話 仲良くしないことを許してほしい
「ねえハナ。どうして学校から帰ってきてからずっとテレビをぼーっと見ているんだい。帰宅部なのに、帰ってなにもしないなんて、そんな非生産的で無意味で無価値なことをしているんだい?」
「腹の中から綿を引っ張りだしてやろうか」
魔法少女『エブリフール』となってから、一週間とちょっとすぎた。
行って帰る、マラソンの折り返し地点みたいになっている中学校から帰ってきた私は、ソファにどっかり腰をおろしてテレビを見ていた。
地元の情報を発信する、低予算のローカル番組だ。もちろん、見ていて全然面白くない。
「口が悪いなあ。性根腐ってるなあ。まあ、だからこそ魔法少女にふさわしいと言えるのだけれども」
「前々から思ってたけど、魔法少女ってそんなに性格悪いものなの?」
「哀れなまでに欲深い女の子だけが魔法少女になれるから、大体が周りとうまく仲良くできるような性格ではないし、まあ、普通に性格悪いかな」
「そう言えば、男の子の魔法少女とかはいるの?」
「魔法『少女』だって言ってるだろう? それに、魔法を使えるぐらいに罪深くなれるのは、女の子だけなんだよ」
「男の子だって、欲深いと思うけど」
「男のよくは単一的で、簡単で、つまらない。良くも悪くも単純なんだよ。彼らは」
女の子にモテたいとか、強くなりたい。とか、そういうことだろうか。
はて。と首を傾げる。
「まあ、男の子の友達がいないハナには分からないだろうけど」
「うるさい」
「失礼。友達が一人もいないの間違いだった」
テーテは花の個人情報が書いてある紙をペラペラとめくりながら哄笑する。
どうにかしてあの個人情報の紙を『切断』で切り刻めないものだろうか。
「というかテーテを切り刻みたい」
「すごくさらっと酷いことを言われた気がする。別にいいけど、僕を切り刻んだらハナは魔法少女じゃあなくなるからね」
「そうなの?」
「魔法少女になる契約は僕としただろう? 正確に言えば、僕を介して魔法の国にいる魔女としたわけだろう?」
「今ちゃっかり新しい設定を組み入れてきたね」
「説明してないだけであったのさ。ともかく、僕と、僕を介して魔法少女の契約をしているんだから、僕が死んだら、当然、その契約も白紙となる」
「生きたまま殺す方法を模索するか……」
「僕、そんなに嫌われるようなことしたかなぁ!?」
「存在」「全てを否定された!」
あと、そのオーバーリアクションめいた反応が苦手だ。
私は遊園地の華やかさが苦手なんだ。『なんだいなんだい、暗い顔して。人生楽しくないのかい? 俺は楽しくてしかたないぜ。ひぇあ!』って勝手に差別されて盛り上がっているような感じがするから。
だから正直なところ、ゴールデンタイムに放送されるような全国区番組よりも、こうした低予算ローカル番組の方が好きだ。うるさくないし、私と同じようにつまらないからだ。
はぁ。とため息をついて、リモコンでテレビを指す。
「情報を探しているの」
「情報?」
「妖精の情報。妖精はイタズラ好きなんでしょう。ちっちゃい子供みたいに。だったら、テレビの映像にわざと映ったり、そこでイタズラをしかけるかもしれない」
ほら。とテレビの映像の端っこを指す。妖精が「けけけけけけけけ」と笑っていた。
番組は生放送なのだが、マイクの調子が急に悪くなって進行が上手くいかなくなっていた。
テーテはおかしそうに笑う。
「ハナ。魔法少女になってから、どれだけ時間が過ぎたっけ」
「一週間とちょっと」
「切った妖精の数は?」
「百二十七体」
「ここまで妖精退治に熱心な魔法少女もいないよ」
「欲深くないと、魔法少女になれないんでしょう?」
「欲深い中でも、さらに欲深いということだよ。ハナは」
努力と才能を。
生まれてから築いたものと、生まれながらにして持っているものを。
そのどちらもがないままに、そのどちらにも勝とうとする。
それがそんなにも、欲深いものなのだろうか。
分からない。
「お姉ちゃんとしてもねえ、花にはお友達の一人ぐらいつくってほしいんだけどねー」
不意に、誰かが後ろから抱きついてきた。
頭が柔らかくて大きなものに挟まれる。でかいマシュマロか、人をダメにするクッションか。
誰か。なんて言ってみたけど、この家には私以外にはもう一人しか住んでいないし、私のお姉ちゃんも一人しかいない。
あごを頭の上に置かれて、私はテレビの上にある鏡越しに、お姉ちゃんを睨んだ。
「お姉ちゃん。頭重い」
「いいでしょー。お仕事疲れちゃったんだもーん」
頭の上で呑気に言うお姉ちゃんの髪の毛は、何十時間も仕事部屋に引きこもっていたからか、ボサボサに乱れていて顔は少しやつれているようにも見える。額には冷えピタ。
さすがに、こんなお姉ちゃんを追い払うことはできない。
「疲れたなら、ソファで横になれば?」
「んー。花を抱きしめてた方が楽だから、このままがいいかなー」
ぎゅー。とお姉ちゃんは口にしながら私に抱きついてくる。
お姉ちゃんは疲れた時、私に抱きついてくる癖がある。よくは分からないけど、こうしている間はすごく落ちつくらしい。この間だけは、私の方がお姉ちゃんよりも上にいるような気がして悪い気分ではない。
しかし、こんな調子じゃあさっき見つけた妖精を退治しに行くことができない。困った。
「お姉ちゃん」
「なあにぃ?」
「何日引きこもってたの?」
「んーっと……四日か五日ぐらいかなあ。臭う?」
「臭う」
「後でお風呂入っておかないとね」
「どんな仕事だったの?」
「小学校の読書感想文を三つと、新惑星の発見かなあ」
「なんか小学校の宿題と歴史的発見が同列に扱われていた気がする」
「同列だよ。私は、請け負った仕事に優劣はつけない主義なんだ。全て等しく平等だ」
それは。
どれも等しく素晴らしいモノ。という意味だろうか。どれも等しく下らないモノ。という意味だろうか。
「意味分かんない」
「花もいつか分かるんじゃあないかな。私の妹だし」
分かるかもしれない。
ただそれは。
『どちらも出来るから同じ』の姉に対し『どちらも出来ないから同じ』の妹になってしまうだろうけれども。
いや、さすがに小学校の読書感想文ぐらいはできる……と、思う。
できるだろうか。最近の小学生は賢しいと聞く……ちょっと不安になってきた。
「来週には、発表されるんじゃあないかな」
「いくらもらったの?」
「えへへー」
お姉ちゃんは私の顔の前でピースサインをした。「やってやったぜ!」という意味ではなく、数字の「2」の意味だろう。
「二億?」
「二百万」
「……もっと貰ってもいい内容だと思うけど」
「私は助言をしただけだから。ちょちょーっと計算して、ここら辺に惑星がないのはおかしい。ってね。そこから探したのは彼らだ。彼らの功績。彼らの頑張り。それで、お金をたくさん貰おうだなんて、思えないよ」
「…………」
そういう綺麗事、私は嫌いだ。
そう、口にすることはしなかった。
私は綺麗事が嫌いだ。鐘は貰えるだけ、搾り取れるだけ欲しいと考えてしまった自分が、つまりは汚いのだと言われているような気がするから。
でも、それをお姉ちゃんにぶつけるのはおかしいと思った。だから、口にはしなかった。
「まあ、なんにせよ。大きな仕事が終わったんだから、お姉ちゃん久々のお休み?」
「いやぁ。次は野球部を甲子園で優勝させるっていうお仕事と、トライアスロン日本代表になって世界一になるっていうお仕事と小学校の子供たちにサッカーを教えるっていう仕事が残ってるから」
「なんで毎回一つ小さなお願いもあるの」
「さっきまで引きこもってたからね。少し体を動かさないと」
少し体を動かしたら甲子園で優勝したりトライアスロン世界一になったりできるのだろうか。
まあ、お姉ちゃんの言う『少し』は、私の『一生分働いた』ぐらいなのだろうけど。
天才はそういう感覚も私たちとは違う。
「だから、もう少ししたら練習にいかないといけないんだ」
「ふーん……」
「花ちゃーん。なにか言うことない?」
「寂しいとかは言わないからね。どうせ夕飯の時間には一旦帰ってくるんだろうし」
「そうじゃあなくて、そうじゃなくてー」
お姉ちゃんは私の頬を手のひらで両挟みにしてむにむにと揉んでくる。
ああ、もう。
「……がんばれ」
「うん。頑張る」
かぁっと顔が熱くなった。まったく、お姉ちゃんは。私が『頑張れ』という言葉が嫌いだということを分かっているのだろうか。
頑張れって言われると、まるで今まで頑張っていない。と言われている気分になる。だから私は、頑張れと人にあまり言わないようにしている。
まあ、そもそも頑張れと言えるような相手がいないんだけどね!
お姉ちゃんは私の肩から前に手を伸ばすと、抱きしめるようにして私の顔の横に、自分の顔を置いた。
「花ちゃんも最近、頑張ってるしね。私も負けてられない」
「……私が?」
「学校から帰ってきたら、すぐに妖精退治に行っちゃうでしょう?」
「あー……頑張っている気がしなかったから」
「そういうものだよ」
「そういうもの?」
「そういうもの。意外と気づかないものだよ。努力も、才能も」
「…………」
「私のはね、なにかと目立つから。目立つだけだから。ネオン煌びやかな看板みたいな。わーきらきらーって!」
わーわー。と両手をあげて体を揺らすお姉ちゃんに、私は思わずくすりと笑ってしまった。
お姉ちゃんはきっと、私のコンプレックスに気づいているのだろう。
お姉ちゃんに負い目とか引け目とかを感じていて、劣等感を覚えていることも。
気づいたうえで、こうして、優しくしてくれる。
優しくできる立場に、自分はいると分かっているのだろう。
他人に優しくできる人は、自分が満たされていることを理解している人だ。金持ちだからこそ、貧乏な人に募金ができるように。
――だからこそ。
――私は早く、究極魔法を手に入れないといけないんだ。
この姉を越えるために。
「あ。そういえば花ちゃん」
「なに?」
決意新たにお姉ちゃんに見えない位置で拳を握ると、お姉ちゃんが話しかけてきた。
「今回の仕事のお金が入ってきたら、花ちゃんにスマホ買おうと思うんだけど、どんなのがいい?」
「いらない」
「えー、どうして」
「別に、誰かと連絡を取り合ったりするわけでもないし」
「私は?」
「お姉ちゃんぐらいじゃん。逆を言ったら」
「ううむ、花ちゃんの友達いない問題がこんなところにまで波紋を広げているだなんて」
「でもハナ、さっきスマホがなくて困ってなかったか――」
テーテの口を鷲掴みにして、ソファに押しつけた。
静かに。静かに!
しかし、お姉ちゃんは聞き逃していなかったようで。
「スマホがなくて困った? なにかあったの?」
と聞いてきた。
「え、えーっと」
どうにかこうにか誤魔化せないものだろうか。そう考えたものの、お姉ちゃんは逃がす気がないようで、私に抱きついている腕に少し力をこめた。
口をもごもご動かす。ああ、ダメだ。逃げられない。観念して、私は今日の昼にあったことを話すことにした。
***
昼休憩になって、先生に職員室に呼び出されてしまった。
***
「おっと、ちょっと巻き戻りすぎた。重要なのはその後なんだよね、その後。今のは全然関係のない話。脱線しちゃったねあっはっは」
「今のも説明しなさい」
「はい……」
墓穴。
藪蛇。
***
昼休憩になって、私は職員室に呼ばれた。
うちのクラスの担任である元ヤン先生は、困った生徒を見るような目で、眉間い指をあてて頭痛をこらえているような仕草をしている。
困った生徒というのは、もちろん私のことだ。
「こうして職員室に呼ばれたわけだが、身に覚えはあるか?」
「最近は喧嘩してないはずです」
「お前が喧嘩の常習犯だと知ったとき、妙に納得したけど今は違う」
納得したんだ。
「笛吹……二時限目に数学のテストをしたのを覚えているか?」
「忘れました」
「あったんだよ。都合が悪いから忘れたふりをしているんだろうけど」
先生の額に青筋が浮かぶ。
先生は昔、ヤンチャをしていたのだけれども、自分のことをずっと見捨てないでくれた先生によって改心。そんな先生みたいになりたいと先生を志したという経歴を持つ。だから怒ると恐い。眉間にいつもしわが寄っていて、生徒から少し距離を取られているし、彼氏も未だ出来ていない。
元ヤン先生は私の顔をじろりと睨むと、一枚のプリントを顔の前に突き出してきた。
それは数学のテスト用紙だった。
内容は酷い。解答欄の殆どが空白で、たまに書いてある答えは全て間違い、不正解、てんで的外れ。その癖、下手くそな落書きは多くて、やる気のなさが回答用紙からもまざまざと感じれた。
「これ、どう思う?」
「やる気がなさすぎっていうか、もうこれなら学校に来るなよ金の無駄だぞって感じですね、最低」
「そうか、ちなみにこのテストの名前欄には『笛吹花』と書いてある」
「テストの問題だけが人生の全てではないことを、身を挺して表現していますね、素晴らしい」
「虫が良いことこの上ないな……テストが全てではないが、テスト程度をちゃんとできないと後で色々苦労するぞ」
「さすが元ヤン、言葉の重みが違う」
「どうして世間は体罰を禁止するんだろうな」
「私の身を守ることは果たせてますね」
先生の拳がぷるぷると震えている。
そろそろ真面目に聞いた方がいいかもしれない。
肩の上に乗っているテーテが、私のテスト用紙をふむふむと言いながら見ている。
「やあ、さすがハナだね。どうしてこのテスト結果で、『自信があったんだけどなぁ』なんて考えられるのだろうか」
「私にしてはたくさん解けたつもりだったの」
「二十問中八問で? しかも全部大問の一番二番とか、簡単なやつばかりで? その癖全部間違えてて?」
「帰ったら口を縫ってやる」
「誰と話してるんだ、お前?」
「仮想の友達です」
「そうか。はやく本物の友達ができるといいな」
「友達が欲しいとは思えません」
元ヤン先生は、はぁ。と呆れたようにため息をつく。問題児を抱えた担任は大変だ。と言わんばかりだ。
「まあ、なんだ。テストなんてものは、範囲をきちんとやればできるものなんだから、ちょっと、頑張ってやってみろ」
「努力論」
「嫌いか?」
「先生は好きそうですよね」
「大好きだよ」
「私は大嫌いです」
***
「花ちゃん。これから毎日一緒に勉強しようか」
「やだ」
「勉強しろ!」
「命令系!」
「勉強すれば」
「あ、えっと……え?」
「仮定形ね。勉強すれば、成績もあがるだろう。あとさっきの命令形。漢字が間違ってるよ」
「そんなバカな」
セリフで漢字間違いを指摘されるとは。
しかも、調べてみたら確かに考えていた漢字と違っていた。
なんで口からだした言葉で誤字が分かるんだろうか。誤字だと声質が変わったりするのか?
つくづく――理解の及ばない人である。
勘が良すぎる。意味不明なまでに。
話を区切ったタイミングも、もしかしたらなにかに勘付いたからかもしれない。
「私は大嫌いです」
このセリフの後に続いた話はこうだ。
「あんなお姉ちゃんがいるのにか?」
「あんなお姉ちゃんがいるからです」
そんな話を聞く前に、お姉ちゃんは話を切ったのかもしれない。
考えすぎか?
お姉ちゃんは頭の上で「うーむ」と小首を傾げた。
「でも、今の話から『スマホがなくて困った』という話に繋がるの? もしかして、元ヤン先生と連絡先を交換することになったとか?」
「違うよ。スマホが必要になったのは、この後」
***
「失礼しましうがっ!?」
色々話して、これからはしっかり勉強もします。という口約束をして、私は職員室から出た。
出たところで、誰かとぶつかった。
額と額がガツン! と大きな音を立てて、私は尻もちをついてしまった。
「いったぁ……げっ」
赤くなっているだろう額をさすりながらぶつかった相手を見上げる。
そこに立っていたのは、委員長だった。
別名、歩く校則。融通の利かない生真面目。自分の生死よりも校則を守る女子。
どの学校にも校則はある。
校則の中で一番ルールが厳しくて、皆守らない校則と言えば、やはり『身だしなみ』に関する項目だと思う。
だって、校則を破った方が可愛いんだもの。
そんな風にクラスの女子が言っていたのを聞いたことがある。
それに思わず笑ったら「安心してよ。校則を守ろうが守らないが、あんたは可愛くないから」なんて言われたこともある。
「可哀想に。きっと今まで鏡を見ることを禁止されて生きてきたんだね。でも大丈夫。私丁度手鏡持ってるから。現実を見れるよ。やったね!」
と言い返したら喧嘩になった。
そんなことを繰り返しているうちに、クラスで孤立するようになった。
別に、クラスで孤立したところで問題はなかったんだけど、それでも、どういうわけか、声をかけてくる人はいた。
それが目の前にいる委員長である。
クラス委員長なんていう、誰もがやりたがらないものを自ら率先して立候補するような性格の彼女は、染めていない黒の髪を後ろで一本の三つ編みにまとめ、スカートは膝丈よりも下。学校指定の黒い靴下を履いている。もちろん、制服の乱れは一切ない。
もちろん、成績は常に上位をキープしていて、この前あった全国模試では上位10パーセントに名前を連ねていたという優秀っぷりだ。
ちなみにお姉ちゃんは全国模試を受けたことがない。どうせ一位を取ることは分かっているからだ。私は下位1パーセントに名前を連ねている。
その真面目っぷりから、先生たちからの評価は高く、制服カタログのモデルを務めたこともある。
名前は覚えていない。
そんな彼女からしてみると、一向にクラスに馴染む様子がないどころか、鼻つまみ者として扱われている私の存在は、放っておくことができないようだった。正直、いい迷惑だ。
どうして皆と一緒に仲良くしないといけないのだろうか。
仲良くできない相手がいたっていいではないか。仲良くするつもりがなくてもいいではないか。仲良くすることができなくたって、いいではないか。
別に、私が仲良くしないことで、あなた達に迷惑をかけているわけではない。
もちろん「誰とも仲良くしない」ということが、それだけで迷惑だということは理解している。
でも、どうかそれだけは許してほしい。
仲良くなんてことをしてしまったら、きっと私は、今以上に迷惑をかけてしまうだろうから。
だから、私は少しばかり、いや、メチャクチャ委員長が苦手なわけで、ぶつかった相手が委員長だと分かったとき、正直「うへぇ」という気分になってしまったわけだけれども。
「…………」
委員長の、メガネの奥にある目が、すごく不機嫌だった。
誰も信用していないストリートチルドレンみたいな荒んだ目で私を見下していた。
あれ、本当に委員長なのか?
思わず私は目をこすって、もう一度委員長の顔を見た。
委員長の目は、柔和なものに戻っていた。
すっと、手を差し伸べてくる。
「ごめんね、ちょっと考えごとをしていて……」
当たり障りのない、人を不快にさせない声色。
いつもの委員長だ。私みたいなやつにも謝罪をしてくる委員長だ(他のクラスメイトなら舌打ちをしてくる)。
私は、委員長の手を取って立ち上がる。
「笛吹さんが職員室にいるって珍しいね」
そうだろうか。喧嘩したり成績が悪かったりテストの点数が低かったりでよく呼ばれるのだけど。
まあ、自分から進んできたことは一度もない。
「……委員長もテストの内容で呼ばれたの?」
「ん? いや、違うよ。授業でちょっと分からないところがあったから、先生に聞いて来ようと思って」
「へえ、委員長にも分からないことってあるんだ!」
「なんでちょっと嬉しそうなの」
「出来る人の出来ないところを見ると心地いい」
「あなたねぇ……」
委員長は困ったような笑みを浮かべる。
…………。
うん!
もうそろそろ会話の内容もなくなってきたことだし、さっさと逃げることにしよう。
日陰者にしては会話が持った方だ!
もう無理。心を許していない相手と話し続けるとは本当に無理。
そんなわけで、私は委員長との会話を足早に、一方的に「それじゃ」と切り上げて、そそくさと逃げ出そうとしたんだけど、しかし、委員長に呼び止められて、失敗に終わる。
『呼び止められたって、無視して逃げればいいではないか。お前は誰かの評価を気にするタイプか? 無視された。なんなのあいつ! って言われて傷つくたまか?』
心の中の悪い私がそう囁く。
『いけません。しっかり謝りをいれるのです。「ごめんね、あんたとは話したくないから!」と言うのです。鼻で笑うように言うとなお良し』
心の中の良いわた――いや、これも悪い私だわ。
悪い私しかいないわ。
心の中の悪い私と悪い私の囁きにも、私は耳を貸すことができなかった。
なぜなら――。
「変なことを聞くけど――笛吹さんって、魔法少女?」
なんですと?




