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閑話 錨を振るって

 魔法少女には一般人の意識外に存在することができる魔法が基本装備されている。

 それは魔法少女に変身した時点で発動し、いても気にされないし、なにかしでかしても反応されない。

目の前にあるティーカップの中身をさっと盗って飲んでも、相手は『いつのまに無くなったのだろう?』と考えるぐらいだ。

 ただし、騒動に巻き込まれたりしたらさすがに気づかれる。

 自分の家が目の前で爆破されて『あれ、いつのまに家が吹っ飛んだのだろう?』と考える人はいないように。

 節度節制をもって、魔法少女を楽しみましょう。ということだ。

 まあ、今回の笛吹花――エブリフールの妖精追跡劇程度であれば、誰も気づかない。

 ただし。

 それは一般人相手に限る。


「おっ」

 貯水タンクが弾けた水の勢いで吹き飛ぶのを遠くから見ていた少女がいた。魔法少女がいた。

 十三階建てのマンション。

 その一三〇七号室。

 ベランダに通じる大きな窓から見える貯水タンクと妖精に向かって走り出したふりふりひらひらの服を着こんでいる少女を見て、目の上に手のひらをかざしている魔法少女はにぃ。と笑った。ギザギザの歯が、きらりと光る。


「魔法少女だ、魔法少女。今まで見てきた中で一番魔法少女っぽいのがいるぜ」

「確かに、普通の魔法少女だな。普通で平凡でありきたりでつまんねぇぐらいに魔法少女だ。きっと願いや悩みも普通でありきたりでつまんねえやつなんだろうな」

 彼女の頭の上に乗っている黄色いアヒルが、飽きれたように言った。

 塩化ビニルでつくられた、風呂に浮かべるアヒルの玩具みたいな見てくれをしている。

 魔法少女はクケケ、と笑う。


「そんなこと言ってやるなよ。本人にとってはどれだけ普通で平凡でありきたりでも、真剣で大真面目で大切な願いなんだからよ」

「お前の願いも適当で大法螺な感じだけどな。まあ、いいや。だからこそ、魔法少女は魔法少女になれたんだから」

「そうなん?」

「魔法少女は愚かなやつが選ばれる。適当で大法螺みたいな願いを本気で願っているやつほど、愚かなやつはいない」

「あははぁ、私も愚かって言うの?」

 魔法少女はケラケラ笑いながら自分の顔を指さした。

 藍色の眼に、青い髪。後頭部で二つに分けて結っている。

 胸元で青色のリボンが結ばれているセーラー服を着ている。ただし、胸の下あたりでばっさりカットされていて、腰とへそが露出している。半ズボン。頭の上につばが全面的に折り曲がった水兵帽ゴブ・ハットを被っている。

いわゆる水兵――の恰好である。

正統派な感じではなくて、コスプレな感じは否めない。


「なあ、あんたも言い返してみろよ。自分の願いはありきたりじゃあないし、自分は愚かではないって」

 水兵の魔法少女は自分の足元を覗き込むようにして笑った。

 濃い青色のローファー。その下に車に轢かれたカエルのような体勢の魔法少女がいた。

 真っ赤な、燃え盛るような赤い髪の毛。寝起きみたいにボサボサで、ズボラな性格を見せつけているかのよう。

 豊満なバストを主張するかのように露出の多い、さながら水着のような服装で、ズボンは長ズボン。裾は広い。茶色いベルトを閉めている。

 まるで西部劇にでてくるガンマンのようだったけれども、ガンマンは上着をかなぐり捨てて、水着みたいな格好はしないだろう。

 彼女は口を大きく開いて、酸素を求める魚のようにパクパクと動かしている。

 目は見開いていて、息も絶え絶えという感じだ。

 否。

 息は絶えている。

 彼女はいま、呼吸というものができていない。

 部屋の中は荒れに荒れていた。

 なにか巨大なモノを振り回したように、家具という家具はなぎ倒され、へし折られ、粉々にされ、破壊されている。

屋内樹は幹からへし折られ、水槽は割れて、中の水は床を水浸しにして中を泳いでいた金魚は宙を泳いでいる(・・・・・・・)

 水兵の魔法少女は、顔面蒼白になっている赤髪の魔法少女の顔を覗く。ギザギザの歯を見せびらかすように顔半分を大きく歪ませる。


「まったく、ダメだねえ。ダメダメだねえ。すさまじくダメダメだねえ。海に潜るときは息継ぎをしないといけないって、海で泳いだことのない私でも知っているというのにさあ」

 ぐ。ぐぐ。ぐぐぐ……。

水兵の魔法少女は、前のめりになって赤髪の魔法少女に体重をかけた。

 がぼぁっ。と。赤髪の少女が肺に残っていた空気をすべて吐きだした。口から泡をふく。

目はぐりんとひっくり返って、白目を向く。

うぎぎ、と声をもらして赤髪の魔法少女は首だけを動かし、水兵の魔法少女をねめつけた。

必死の形相である赤髪に対して、水兵は余裕綽々とした笑みで返して、床に突いているステッキの先に両手を組んで置いた――ステッキと呼ぶには、それは大きく、重たく、重厚なものだったが。

 彼女が両腕を置いているステッキ――それは錨だった。

 太い長い鉄の棒と、湾曲した鉄の棒を組み合わせた、船を固定するために海底に落とすあれ。

 しかも、小型の船用ではなく、かなり大型の船用の錨だ。

 少なくとも持ち歩くものではないし、なんなら、少女が持っているようなものでもない。

 錨の下には毛がオレンジ色に染まっているイタチがいて、錨をどかそうと躍起になっている。しかし、イタチ程度の力ではどうにかなるはずもなく、錨を前足で叩いて、苦しそうにもがいている。


「にひ」

 水兵の魔法少女は性格悪く笑う。

「ほら、はやく魔法を使って助けないとマスコットが倒されちゃうよ? 困るのはお前だろう?」

「ぐっ、ぎぎ……!」

 赤髪の魔法少女は。

 牙を見せつけるような怒りの表情を浮かべて、自分の履いているズボンのベルトに手をかけた。

 するり、とベルトは外れてまっすぐに固まった。

 その形はまるで、ステッキのようだった。

 少なくとも、錨よりはステッキらしい。

 赤髪は己のステッキの先を、水兵の魔法少女につきつけて、叫んだ――。

「ごぼぁ……!!」

 ――つもりだった。

 しかし、彼女の叫び声はボロボロの部屋に響くことなく、代わりにあぶくが口の中から何個も吹きだした。


「なるほどぉ。仕込みベルトなぁ。確かにピンと伸ばせばステッキっぽいし、さっき魔法を使っていたときも、ベルトを触ってたな」

「少なくともお前のステッキよりは、ステッキっぽいな」

「失礼な。ここら辺とかステッキっぽいだろう!」

 アヒルの皮肉に、水兵の魔法少女は、自分の持つ錨の直線部分を指さしながら言い返した。

 どーみてもステッキではない。

 まっすぐ直線だったら、なんでもステッキか。

 黄色いアヒルと水兵の魔法少女が口喧嘩をしている足元で、赤髪の魔法少女は何度も杖を振り、なにやら叫ぼうとしているが声は泡となり、弾ける。

 その動きはなんだか無重力状態にあるかのように鈍い。

 水兵の魔法少女は口元をひん曲げる。


「海の中では話せないことぐらい、海で泳いだことのない私でも知ってるぜ?」


 水兵の魔法少女は錨を振るった。薙いだ。

 少なくともそれは、魔法でもなんでもない。

 魔法のステッキを振るっただけ。

 それだけでオレンジ色のイタチと赤髪の魔法少女は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 ガドゴン! と派手な衝突音。

 赤髪の魔法少女の目玉が飛び出さんばかりに見開いた。

 口から血を吐く。

 魔法少女の衣装は鎧としての役割もあるが、上半身が水着である彼女では、防御力はあまり期待できない。


「てんめぇ、よくも……っ!!」

 ステッキを握り、水兵の魔法少女に突っかかろうとしたところで、彼女の表情が固まった。

ステッキが真っ二つに折れていた。強引に乱暴に、力づくで引き千切ったかのように、ステッキは折れていた。

赤髪の魔法少女は焦っている表情を隠すことなく、イタチの方を見た。

イタチも体が半分に引き千切れていて、少しするとその姿は薄くなり、消えた。


「あんたの、負ぁけ。じゃあな、魔法力は貰っていくよ」

 水兵の魔法少女は表情を歪ませて、部屋を後にした。

 赤髪の魔法少女はその背中に手を伸ばしたが、力尽きて倒れた。彼女のコスチュームは光の粒子となって弾けて、代わりに露出度が恐ろしいほど低い、校則をしっかり守っている学校の制服に変わった。赤色の髪は黒になり、至って真面目な優等生みたいな姿に変わった。

 水兵の魔法少女は廊下を歩きながら、体に染み入る充実感に体を震わせながら呟いた。


「あと、三人」


***


 第一戦。

 魔法少女『井の中の蛙大海を欲すロングロング・フィールド』VS魔法少女『聞け、我が名(ボーリング)は健全なりて(ガーリッシュ)

 『大海』VS『怒髪』

 結果。

 ロングロングフィールドの勝利。

 残る魔法少女は、四名。

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