第五話 私の魔法は。
「……しまった。外ということはつまり、人の目があるということじゃあない」
「今更気づいたのかい?」
私の暮らす街はなんて言えばいいだろうか。
田舎から都会に変化しつつある街である。
地方の政令指定都市。
田舎とは言えないし、都会とも言えない。
高層ビルはないけれども、田んぼもない。
たくさんの三角屋根と、四、五階建ての建物が思いだしたようにぽつりぽつり建っている。もう少し離れた場所には十三、十四階建てのマンションが見える。
最近、新しいマンションや集合住宅が造られて、人も増えてきた。
だからまあ、どの道を歩いたとしても人の目があるわけで。
私の今の恰好。
ひらひらふりふりふわふわの桜色と白色で彩られたロリータ衣装。
現実的ではない桜色の髪。
スニーカー(ブーツは家に置いてきた)。
手には安全カミソリ。
結論。目立つ。
「ああ、クソ。着替えてくれば良かった!」
「いや、その恰好から着替えたら魔法少女じゃあなくて、ただの髪の毛染めた痛い女の子になっちゃうんだけど」
家と家の間にある人ひとりがなんとか入れるぐらいの隙間に隠れた私は、目の前の道から人がいなくなるのをずっと待っているのだが、しかし、一向に人の姿は消えない。
なんでだ。どうして皆外に出たがるんだ。インドアでいいじゃあないか。家の中で好きに遊んでいればいいじゃあないか。
「そっちの方がまだ良い。反抗期だのなんだの言われるだけだし」
「ハナって反抗期長そうだよね。安心してよ、ハナ。その恰好のままでも目立つことはないからさ」
「……本当に?」
「そうだよ。そうじゃなきゃ、ここまで来る間に『全速力で走る目つきの悪い魔法少女コスプレイヤー』として人が噂しているはずだろう?」
「まあ、確かに」
目つきの悪いは事実だから今回は見逃してやろう。
「まるで今さっき犯罪を犯してきたばかりの犯人みたいな顔で」
「仏の顔も三度までって言うけど」
「ハナに仏は似合わないよ。餓鬼とかの方が似合う」
「じゃあ一度までだ」
げしっ。とテーテの頭を蹴りつけた。
いったぁ。とテーテは頭をおさえた。頭の中も綿で出来ているのか、ぐにぃ。と足の形に沿って潰れていたけど、痛みはあるのか。
「それで、どうして目立たないと言えるの?」
「まったく、手加減を知らないんだから……考えてみなよ。ハナ、きみは今、なにになっている?」
「魔法少女だけど」
「そうだろう。だから、魔法で目立たなくなっているに決まっているじゃあないか」
魔法少女なんだから、魔法でどうにかしている。
言われてしまえば、そりゃあそうだ。としかいいようのない答えが返ってきた。
そりゃあそうだ。
魔法を使わないでどうすんだっていうんだ。
「そんな想定外の答えかなあ」
「だって、なんでも出来るのが『究極魔法』だ。なんて言われた後だと、色々魔法が使えるとは思えないでしょ」
「ああ、なるほど。確かにそうだ。じゃあ、教えておくね」
チュートリアルだ。と、テーテは言う。
「魔法少女が使える魔法は『基本魔法』が三つと『固有魔法』が一つ。『基本魔法』は魔法少女であれば誰でも使えるが能力には個人差がある。練習すればみんなすぐ上手くなるけどね。『固有魔法』は一人につき一つ与えられる魔法。千差万別で、その人に合った魔法が与えられるのさ」
基本魔法三つ。
変身。
着飾ることで、女の子は別人になる。
これは普通に魔法少女に変身する魔法で、人間の範疇を超える程度に、運動能力が強化される。
回復。
ケガをしたり物が壊れたりしたとき、それを回復させたり修復したりすることができる。
隠身。
今使っている魔法。消えるんじゃあなくて、認識されなくなる。
見えてはいるんだけど、無視される。
固有魔法は、魔法少女一人ひとりに与えられる魔法で、魔法少女にあった魔法が発現する。
つまり、私にもあるらしいのだが、それがなんなのかはテーテにも分からないようで、目下不明の状態である。普通、分かるものだと思うけどなあ。
「まあ、才能みたいなものだよ、固有魔法は。きみにはビームの才能があって、きみには空を飛ぶ才能がある。みたいな」
「嫌なこと言うなあ」
「基本魔法は努力だね。みんな出来て、やるだけ上手になる」
「ねえ、どうして私が魔法少女になったのか分かってる?」
「努力も才能も嫌いだから」
「分かってるならなんで例えに使うかな!?」
「例えだし、分かりやすい方がいいだろうと思って。実際分かりやすかっただろう?」
確かに分かりやすかったけど、魔法にも才能とか努力とかが関与しているのだと思うと、すごくげんなりする。
やはりどんなものにも、どんなことにも、才能と努力は付きまとってくるということだろうか。
「……お姉ちゃんに勝つっていう願いはやめて、才能と努力が無意味で無価値になる世界に変えることを願いにしようかな」
「二つとも願っていいんだよ。究極魔法は一つだけ叶えるなんてつまらないことはしないからさ。ただし、その場合は魔法も使えなくなるだろうけどね」
「じゃあ私だけが魔法を使えて、他は努力も才能もなくなる」
「つまり自分がナンバーワンになりたいんだ」
「お姉ちゃんがナンバーワンだからね」
テーテは呆れを隠そうとせずに、肩をすくめた。
しかしなるほど。誰も気にしないのか。だったら隠れるだけ馬鹿らしい。
ゆっくりと家と家の間の隙間から体を出す。確かに、隙間から出てきたことは目を引いているようだけど、魔法少女の服装に驚いているようには見えない。
本当に気にしていないようだった。それなのに周りの視線を気にしていたなんて、なんて自意識過剰なんだ。見せる相手がいないのに、服に拘ったり化粧をしたりするぐらい間抜けな感じがある。
「それで」
私は辺りを見渡しながら言う。辺りにはちまちま人の影はあるものの、件の妖精の姿は見えない。
「妖精はどこにいるの? 近くにいるって言ってたけど、全然見つからないじゃん」
「それは僕も変だなあって思ってるところだよ……そうだ、高いところから探してみるっていうのはどうだい?」
テーテは空を指さしながらそんなことを言ってきた。
とりあえず高いところから見下ろして探してみる。それは、なにかを探しているときによく使う手法ではある。
妖精は小さかったし、見つかるとは思えないけど……まあ、試してみるのもいいかもしれない。
「じゃあどっかのビルに入ってエレベーターでも探すかな……」
「エレベーター?」
テーテはどうしてか、素っ頓狂な声をあげた。
「なにを言ってるんだい、ハナ。なんのために魔法少女に変身したんだと思ってるんだよ」
飛んでごらん。とテーテは言った。
飛んでごらん?
なんだ。魔法少女には飛行する能力が基本装備されているのか?
でも、さっき聞いた基本魔法の中には『飛行』なんて魔法はなかったはずだ。
それとも、私の固有魔法が『飛行』だったりするのだろうか。
「そんな前向きで楽しそうで聞こえのいい魔法がハナの固有魔法なわけないだろう」
「後ろ向きで楽しくなさそうで聞こえの悪い魔法がお似合いで悪かったね」
げしっ。とテーテの頭を蹴った。やはり頭の中も綿だらけなのか、ぶにゅと潰れた。
酷いなぁ。とテーテはぐちぐち文句を言いながら私の前に移動してきた。
「『飛ぶ』じゃあなくて『跳ぶ』だよ。漢字が違う。ジャンプするんだ」
ぴょーんとね。とテーテは言った。「跳ぶぅ?」と私は疑問を口にしながら、試しにと軽く地面を蹴るようにして跳んだ。
つもりだった。視界が、急激に下に伸びた。
まるで新幹線の窓から見た景色のように、高速移動するジェットコースターのように、目の前に現れたものがすぐ消えていく。
体に強い風が当たる。軽くなったような、重くなったような不思議な感覚。
視界が青くなった。空が目の前に広がっている。
ここでようやく、私は周りの建物よりも高い位置に自分がいるのだということに気がついた。
「わ、わ、わ、わ、わ!」
「言っただろう、ハナ。基本魔法『変身』の能力は人間の範疇を超える程度に、運動能力が強化されるって」
バタバタバタ。両足をバタつかせている私の隣で、テーテがそんなことを言う。
運動能力の強化。想像以上だ。
上昇は止まり、スカートがパラシュート的な役割を果たして、ゆっくりと降下する。足がなにかに当たった。着地する。
そこは小さなビルの屋上だった。
高さは七階分ぐらいだろうか。
屋上には、ケーキが落ちていた。
「けけっ!?」「けけけけっ!?」
その周りを囲うようにして座り込んでいた妖精が驚き、慌てふためいていた。
なるほど、屋上に逃げていたのか。どうりで見つからないはずだ。
妖精たちは私が急に現れたものだから、驚きの声をあげると、ケーキを抱えて逃げ出した。
屋上からひょいと飛び降りて、瓦屋根の上に着地すると、そのまま走り出す。
「あっ、待て!!」
私もそれを追いかけるように、屋上から飛び降りる。着地した瓦屋根がガチャンと激しい音をたてる。
足が痺れない、痛くない。すごい、すごい、すごい、すごい!
妖精の姿を探す。四軒ほど向こうにチョコケーキが見えた。私は足元にある割れた瓦を手に取ってから、走りだす。
屋根から屋根に飛び移る。道を歩いている人たちは、そんな私に見向きもしない。
今までならこれだけの距離を走ることも、跳ぶことも絶対にできなかった。
「あは」
かなりの優越感。
気持ちいいまでの達成感。
「あはははははは」
だから私は。
自然と笑っていた。
「あははははははははははははははははははははははっ!!」
大口をあけて、私らしくなく、高揚している気持ちをそのまま吐き出すように、私は笑う。
笑い声が、尾を引くように跳んでいく。
妖精の後ろ姿が少しずつ近づいてくる。私は手に持っていた瓦の破片を構えると、妖精に向けて投げつけた。
風を切るようにして跳んでいった破片はしかし、妖精に命中することなく、彼らの足元で弾け飛んだ。
「ちっ」
「舌打ち」
「魔法少女に変身したんだから、命中率も上がってたらいいのに」
「そもそも魔法少女は割れた瓦を投げつけたりしないと思うよ」
そんなテーテの正論は置いておいて。
逃げ続ける妖精を追いかけながら、背の低い建物の屋根から、高めの建物の屋上に向けて跳躍しながら私は呟く。
ただ跳ぶのも面白くないから、壁を走るようにして屋上まで駆け上がる。
「どうして攻撃してこないんだろう」
「ん?」
「あいつらにとって、私は邪魔な存在でしょう? だったら攻撃の一つや二つぐらしてきてもおかしくないと思うんだけど」
「そんな、ハナじゃあないんだからさ」
テーテは腹を抱えながらケラケラと笑う。
うん? それではまるで、私が邪魔な相手にはとりあえず攻撃をするような輩だと言っているようではないか。
間違ってはない。
「大型の妖精だったらまだしも、彼らは最小サイズの一番弱い妖精だからね。戦うよりも逃げる方がいいに決まってるのさ」
「なるほど」
大きな建物の屋上を思いっきり蹴って、跳びあがる。
強い風が私の体を押し飛ばす。先を逃げていた妖精の真上まで跳んだ私は、両手を前につきだして、妖精に飛びかかった。
しかし妖精は私の影に気づいたのか、ひょいと躱されてしまった。
屋根の上に手をついて着地した私は、下手くそなクラウチングスタートみたいな体勢で、再び走り出す。妖精たちはすたこらさっさと逃げていく。
「でも」
と。その背後にぴったりついてきているテーテはつけたすように言った。
「度を過ぎたイタズラはしてくるから気をつけてね。妖精はイタズラ好きで、しかも困ったことに加減を知らない」
「あ」
テーテの忠告を半分聞き流しながら妖精の後ろ姿を追いかけ続けていた私は、声をあげた。
ケーキを抱えて逃げていた妖精たちが、急に方向転換をしたのだ。
周りの建物よりも背丈が高いビルの影に隠れるように、曲がったのだ。
姿をくらまして、そのまま逃げるつもりか。しゃらくせえ!
「逃がすかあっ!」
正直、気分は高揚していた。
誰にも気にされなくなる魔法がかかっているとはいえ、私らしくもなく大声をあげてしまった。
自然と、口角は吊り上がっている。
屋上の床を強く蹴って、体を捻る。
まっすぐ行こうとしていた体を、ムリヤリ妖精が向かったマンションの影に飛び込む。
今までの中で一番の踏み込み。一番の加速。
妖精を見失わないように、前を向く。
「あ」
果たして──マンションの陰になっていて見えなかった場所にあったのは、眼前にあったのは、大きな大きな貯水タンクだった。
***
「う、おあああああああああああっ!?」
避けきれない。避けきれない。避けきれない。避けきれない!
私の体の危機管理能力がアラートを全力でかき鳴らす。
ぶつかる。ぶつかる。絶対痛い。っていうか絶対死ぬ!
目の前に迫る大きな大きな貯水タンクを前にして、私は軽くパニックを起こしていた。
なにがイタズラだ。
このスピードで正面衝突なんかしたら無事で済むはずがないじゃあないか。明らかにイタズラの範疇を超えている。火炎放射器で人の体をウェルダンに焼いた後に『イタズラ大成功』のプレートを持ってくるみたいなものではないか。
それとも、妖精にとっては、この程度まだイタズラの範疇だったりするのだろうか。
なんて嫌な奴らなんだ。
「安心して、ハナ。その魔法少女の衣装は鎧みたいなものだから、きみを守ってくれる。まあ、結構痛いのは変わりないけど」
痛いんじゃあないか!
痛いのは嫌だ!
痛いのはダメだ!
自分の目は自分で確認することは出来ないけど、きっと私の目は漫画みたいにぐるんぐるん回っていることだろう。
「……っ!」
無意識のうちに、私は自分の魔法のステッキである安全カミソリを両手で構えていた。
スピードは緩めれない。間に合わない。避けられない。ぶつかるしかない。
現実的な回避方法は何一つなくて、無情にも激突して痛い思いをする。しか、目の前にはない。
なす術なし。どうしようもなし。
普通ならば。通常ならば。
だからこそ、魔法のステッキである。
規格外のなんでもあり。
通常ではなく、普通ではない。
この状況も、これならば打破できるかもしれない。
ただ、一つだけ問題がある。
私は、私の魔法はなんなのか未だに分かっていない。
使える魔法が分からなければ、この魔法の杖はただの安全カミソリだ。
魔法は、もう既に決まっているのだろうか。
それとも、今から決めることができるのだろうか。
視線を己が構えている魔法の杖に落とす。
魔法のステッキ。
安全カミソリ。
刃物。
私の性格。
笛吹花の性格。
自分で言うのもなんだけど。
悪い。
とことん悪い。
拗ねてて捻くれてて。
目はいつも、不機嫌そう。
――花ちゃん。その目つきやめたほうがいいと私は思うなあ。
ふと、りすが前に言っていたことを思いだした。
――なんで?
――だって、まるで刃物みたいだもの。目だけで誰か殺せそう。
私の眼。私の性格。私の杖。
私の魔法は。
――激突。
まるで、鐘を思いっきり叩いたような音がした。
思った以上に鈍くて、錆びついたような音ではあったけど。
あと、思ったよりも響かなかった。
きっと、中に水がたっぷりと溜まっているからだろう。鐘は中が空洞だから、あんなにも響くのだ。
音を聞いた妖精たちは、逃げる足をとめた。
ホールケーキの皿の下に三匹入れる程度には小さな彼らの顔は、イタズラを成功させた悪ガキみてえな表情を浮かべていた。
「けけけ!」
「けけけけけ!」
「けけけけけけけけけけけけけ!!」
三匹の妖精は頭をマラカスみたいに震わせながら、振り返った。
「けけけけけ――?」
しかし、その笑い声はすぐに引っ込むことになる。
なぜなら。
背後にある――追いかけていた私にしかけておいたイタズラである貯水タンクが、袈裟懸けにぶった切られていたからだ。
「ウギィイイ!」
へこんだ貯水タンクは上下二つに、斜めに切り裂かれて、中に入っていた水が花火みたいにはじけた。
上部のタンクが、水の勢いに押されてか空に向けて吹っ飛んだ。
花火みたいに弾けていた水が、私の体に降り注ぐ。
衣装はびしょびしょに濡れたものの、すぐに乾いた。
これも、魔法の効果だろうか。魔法力での防御。ただし、その範囲は衣装だけのようで、濡れた髪の毛は乾くことなく、おでこに張りついている。
目にかかる髪を摘まんでどかす。
寒い。気持ち悪い。貯水タンクの中の水は腐っていたみたいで、臭いも最悪だ。
あー、くそ。本当に。
「ふじゃっけんじゃァねえゾ妖精!!」
たん。という軽い音。
床を強く蹴って、弾けている水の中から飛び出す。
宙を舞うタンクの上部を見ていた妖精たちは、私の接近に気づいて、焦ったように私の方を向く。でも。
「遅いわ!」
彼らの顔が驚きに変化するよりもはやく、私は妖精の頭に安全カミソリを食いこませた。
目と口の間。人間なら鼻がある位置。
安全カミソリは、まるでプリンの中に差しこまれたスプーンのように抵抗なく滑りこみ、頭を半分に切り裂いた。
振りぬいた安全カミソリをくるりと回して、返す刀で残った二匹の頭も半分に切り裂く。
ばすん。と音をならして切り裂かれた頭は、空中で『くるんくるん』と回転してから、鱗粉のようなものに変わって消えた。
体の方も鱗粉みたいになって、私の体に溶け込む。
体の中に何かが溜まっていく充実感。
しかしけれども、苛々は消えなかった。
魔法のステッキを握りしめて、思わず叫んだ。
「私の魔法、可愛くない!!」
***
コスチューム『ノーマル』
魔法のステッキ『安全カミソリ』
マスコットキャラクター『雪うさぎ(テーテポット・マーガリン)』
固有魔法『切断』
名前『365日イタい子』
素直じゃない捻くれ魔法少女、ここに誕生!




