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うたひめ  作者: 赤城康彦
8/9

うたひめ 8

 Are you going to Scarborough Fair

 Parsley, sage, rosemary and thyme

 Remember me to one who lives there

 For she once was a true love of mine.


 スカボローの市へゆくのですか

 パセリ、セージ、ローズマリーとタイム

 そこに住むある方にお伝え下さい

 彼女はかつて私の愛する人でした

 

「スカボローフェア」

 クリスタルは舌打ちしざまにつぶやく。

 その透き通るうたごえは鼓膜をとろかし、ゆりかごに揺られる赤子のように心温まりそうだった。しかし、そのままうたごえにすべてをゆだねることは出来なかった。

 少女のうたごえに導かれるように、ドームに亀裂が走り、その亀裂から保全部で見たコードやホースがジャングルの木々にぶら下がる蔦のようにたれ下がる。

 白はくすみ、かわって淡いグリーンが闇に飲み込まれそうにしながらあたりを染め上げた。

 それまで鈍かったリュウの瞳が鋭く光ると、カタナを構え地を蹴り駆け出す。

 とともに閃光が走り、コードやホースが音もなく刎ねられ床にぽとりと落ちてゆき、内部の銅線が鈍く光を放っていた。

 スカボローフェアのうたごえを打ち砕く銃声。ドームに響きわたる。 

 クリスタルは脚を踏みしめ、銃弾を少女に放った。その間にも、コードやホースは床を天井を這い。またゴム表皮のない、むき出しのコードが生ける蔦葛のように垂れ下がってくる。

 銃声がやんだ。カタナの閃光はとどまることなく、コードを切り払ってゆく。

 うたひめは、コードに絡めとられていた。それが、銃弾を少女から守り、傷ひとつ負わせない。

 銃声やんだドームに、ふたたびスカボローフェアのうたごえがひびきわたる。


 Have her make me a cambric shirt

 Parsley, sage, rosemary and thyme

 Without a seam or fine needle work

 And then she'll be a true love of mine


 ケンブリックのシャツを彼女につくってもらってください

 パセリ、セージ、ローズマリー、タイム

 縫い目も残さず針も使うこともなく

 それができれば彼女は私の愛する人


 クリスタルは忌々しくシングルカラムの弾倉を交換すると、刹那に狙いを定め射撃体勢に入る。その間にも、リュウはカタナでコードをぶった斬ってゆく。

 コードから解き放たれたうたひめは笑みをたたえ、クリスタルを見つめた。スカボローフェアのうたごえが、鼓膜を、三半規管を愛撫し脳髄まで侵す。まるで床に吸い取られるように脚から力が抜け、軽く片膝を折った。 

「そういう趣味はないっての!」

 踏ん張りなおして、引き金を引く。叫び声を掻き消す銃声が轟く、かと思われたその瞬間。コードがクリスタルの右腕に絡みつき、また左足に絡みつく。

「しまった!」

 と銃声の変わりに己の叫びをドームに響かせ、床に2丁の拳銃が音を立てて落ちた。いやらしくも、コードは拳銃になんの手出しもしない。

「クリスタル!」

 しまった、とリュウは舌打ちしカタナをかざしクリスタルの救出に向かう。なぜかコードは邪魔をしないが、クリスタルは両手両足を絡めとられいいように弄ばれ、あられもない姿をさらしている。

 コードの締め付ける力が増す。骨にまで食い込みそうだ。おまけに、四方に引っ張られようとしている。

「ひっ!」

 恐怖のあまり、声にならぬ声をもらす。このままいけば、引き裂かれてしまう。と思ったとき、手足の戒めが解かれ、崩れ落ちて尻餅をついてしまった。

 リュウが咄嗟のことでコードをぶった斬ったのだ。間に合った、と一瞬だけ安どの表情を見せ、今度はクリスタルを背後にかばい、カタナを青眼に構え少女を凝視する。

 コードはうねうねと不気味に動き、這い、ふたりをからかうように行ったり来たり。

「うたひめのやつ、遊んでやがるのね」

 クリスタルは忌々しそうにつぶやき、2丁の拳銃を拾い上げた。絡まれたところには、赤い筋が走っていた。

 

 Have her wash it in yonder dry well

 Parsley, sage, rosemary and thyme

 Where ne'er a drop of water e'er fell

 And then she'll be a true love of mine.


 あの涸れた井戸でそれを洗ってもらってください

 パセリ、セージ、ローズマリー、タイム

 そこは一滴の水もなくて雨も降りません

 そうしたら彼女は私の愛する人


 知らないうちにコードはふたりから遠のいていた。

 うたひめは赤い瞳を輝かせ。うごめくコードたちはバックダンサーのようにその背後でうごめいている。

 闇に飲まれそうな淡いグリーンでのそれは、まるで幽界の出迎えを見ているようだ。

 スカボローフェアのうたごえはゆるやかにくうを流れ、揺れる空は波うちふたりをやさしくつつみ愛撫する。

「見せつけてるのか」

 リュウはこらえながらうたひめを凝視していた。

 意を決し、リュウとクリスタルは再びの攻勢に転じた。

 リュウが邪魔になるコードをぶった斬り、その隙にクリスタルが狙いを定めてうたひめを撃つ。

 うたひめはうたう。 

 そのうたごえは、誰のため、何のため。

 ドームをつつみこむように、果てしなく巡り流れてゆくスカボローフェア。かつて人々の心を潤わせたスカボローフェア。いまは人から命を奪うスカボローフェア。

 コードはうたごえに導かれてうごめく。あたかもうたごえを通じて人の命をそれに移したかのように。

 そしていまは、リュウとクリスタルの命をうたごえを通じてドームの機械たちに移そうとしているように。 

 コードの動きは早さを増し、やがてリュウのカタナの閃光も間に合わなくなってくると進退ままならず。やむなしと苦々しく後ろに下がってクリスタルをかばいながら、自分の身も守るのが精一杯。

 クリスタルとて、いつリュウのしくじりにより五体引き裂かれるかもしれない恐怖に抗いながらうたひめに焦点を合わせていた。

 うたひめは微笑んでいる。その白い髪はうたごえに揺られてなびき、赤い瞳はふたりを見つめて映し出す。

 うたごえと恐怖が、脳髄を撫で回して引き金を引く指をつかむ。クリスタルの額に脂汗がにじみ、黒い瞳も涙で濡れ。唇からは声なのか息なのかが漏れてゆき、エクトプラズムでも出てきそうだった。

 そのそばで、リュウはひたすらコードを斬りまくる。それしかすることがなかった。

「早くしろよ!」

 とリュウはがなった。彼とてうたごえと恐怖でどうにかなりそうだった。ともすれば、カタナでクリスタルを斬りそうなほど、リュウは狂おしい思いに捕らわれていた。

 クリスタルの瞳は、うたひめの赤い瞳をとらえ、いやとらえられているのか、見つめあったまま互いの瞳に互いの姿を映し出していた。

 うたひめの赤い瞳が、濡れた。涙が溢れた。

(えっ……)

 

 Have her find me an acre of land

 Parsley, sage, rosemary and thyme

 Between the sea and over the sand

 And then she'll be a true love of mine.


 1エーカーの土地を彼女に見つけてもらってください

 パセリ、セージ、ローズマリー、タイム

 海と岸辺の間にある土地を

 そうしたら彼女は私の愛する人となるでしょう


 うたごえを打ち砕く銃声が轟いた。

 その刹那、コードはうたひめをとりかこみ絡みつく。銃弾がコードにさえぎられて、弾かれる。

 うたひめの姿はコードに隠されて、まるで金属の繭が出来上がったようだった。

「もういいわ、行きましょう!」

 うたごえがやみ、変わってクリスタルの澄んだ声が響いた。

 気がつけば、コードはうごきをとめていた。

 クリスタルは、わけがわからず呆けるリュウをほったらかし、エレベーターに駆け寄りボタンを押した。

 鉄扉が開き、クリスタルは中に入り。慌ててリュウも続く。

 閉じられた鉄扉を眺め、上昇を感じながら、ふたりはスカボローフェアの余韻にひたっていた。脳裏に、金属の繭の中で眠るうたひめの姿を思い浮かべていた。

(助かった)

 と思った。思いたかった。

 しかし。

「うたひめに、何があったんだ」

 というリュウの当然の疑問。クリスタルは冷笑し、リュウを見つめた。

「わかんないの?」

「ああ、わかんねえ」

 仕方ないか、と思いながらクリスタルは言葉を継いだ。

「かわいそうに、おかしくなってから全然メンテされてなかったから……」

「壊れた……。そんな理由で、マジで? っていうか、どうしてそれがわかるんだ」

 うそだ、と言いたげなリュウを可笑しそうに眺めクリスタルは澄んだ声でくすりと笑った。その澄んだ声は、リュウの心を愛撫して赤子のようになだめるのだった。

「わかるわ。だって、私も、機械なんだもの。半分だけど」

 と、コードに絡まれた痕を見せた。

 赤い筋は戦闘で広がり。避けた白い肌から、鈍い光を放つ金属が見えた。そうと知らなかったリュウは凍りつく。

「彼女がうたうのは、私を殺して、っていうメッセージでもあったのよ。ふふ、スカボローフェアだなんて、いい選曲ね」

 凍りつくリュウをよそに、クリスタルはすうと息を吸い込み、うたひめのように、スカボローフェアをうたいはじめた。

 澄んだうたごえが、エレベーターの中響いた。

 

 Are you going to Scarborough Fair

 Parsley, sage, rosemary and thyme

 Remember me to one who lives there

 For she once was a true love of mine.


 スカボローの市へゆくのですか

 パセリ、セージ、ローズマリーとタイム

 そこに住むある方にお伝え下さい

 彼女はかつて私の愛する人でした


次回で終わり

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