うたひめ 7
きしむ機械音とただよう重油の匂い。それはドームが海の中で生きているという証。
そこは、マリアへと続く道。
海底都市最下層中央部。
海底都市で人間とそのペットらが生きるために必要なものを提供・管理するテクノロジーユニット。
リュウ・ミナモトとクリスタル・ロン。
ふたりは、死ぬのはいまかいまかと、心を早鐘のようにならしながらドームの生命線となるマリアへ続く道を進み、機械仕掛けの保全部をはいずるように動いていた。
そこは今にも闇に飲み込まれそうな、ほのかなグリーンに染まる。きしむ機械音と重油の匂いだけが、無情にも耳と鼻を突く。
目に映る機械のホースやコードらがまるで裂傷した傷口から垂れ下がる血管のようにあたりをはいずり。ふたりはなんどもからめられながらも、前へ前へとはいずってゆく。
この間にうたひめによって、コードが操られたら、自分たちは無残なマリアのオブジェだ。
リュウは鋭い眼差しを淡いグリーンと闇のまざりあう保全部の奥の鉄扉に向けた。鉄扉はうっすらとその姿をさらし、ふたりに、おいでと呼びかけるように鈍く光っていた。
女、クリスタル・ロンはリュウの尻を押し押しついてゆく。よく引き締まったヒップに張り付くジーンズに2丁の拳銃をぶっこんでいる。
リュウといえば、カタナを握りしめている。いまこそ鞘に収まるそのカタナは、ひとたび抜かれれば鋭い銀光を放ち、触れるもの全てをまっぷたつにぶった斬る。
機械音と重油の匂い、コードやホースになぶられながらようやく鉄扉にたどりついたふたりは、少し互いに見詰め合った。
ともに黒い髪に黒い瞳を持つ東洋人。
Tシャツにジーンズのラフなルックスに、カタナに拳銃といった物騒な得物を携えて。西洋人の格好の捨て駒。
いや、捨て駒も何も、もう自分たち海底都市の人間は、地球から見捨てられた存在。
「一度、ナマで太陽を見たかったなあ」
とリュウはつぶやく。
「未練よ」
クリスタルは一言で片付け、リュウは、そうだな、と苦笑う。
が、クリスタルの瞳の奥には、いつぞや見た画面上の夕陽とともに朱に染まり輝く海が見えていた。
全て悟り受け入れ、リュウは鈍い光を放つ瞳にクリスタルの姿をおさめ。クリスタルは目の前にたれた長い髪をかきわけ、リュウの姿を輝く瞳におさめる。
「生贄」
クリスタルはぽそっとつぶやいた。
鋼のように鍛え上げられ引き締まるリュウのボディに対し、なだらかなふくらみに流麗なラインを描くクリスタルのボディ。ともに整った容姿を持ち、美男美女の格好のカップルはなるほど、マリアにて待ちかまえるうたひめの生贄にふさわしいかもしれない。
「行くか」
リュウは[Undermost layer](最下層)と表示されたボタンを押した。その鉄扉はエレベーターの扉で、灯りが下から点々と上がってくるのをふたりは凝視すれば。やがて鉄扉は開いて、ふたりは吸い込まれるようにエレベーターに入り、最下層のボタンを押した。
エレベーターは物言わず淡々とふたりを降ろしてゆき、ランプは点々と下がってゆく。
「ああ、そうそう」
とリュウは、ふとつぶやいた。
「第2次世界大戦って、何年前だったっけ?」
「439年前のはずよ」
透き通るようなクリスタルの声を鼓膜にひたしながら、リュウは「そうだったかな」とつぶやいた。
「なんでそんなこと聞くの?」
「いや、なんとなく……」
「そう……」
それきり、ふたりは黙った。ただ、リュウはクリスタルの声をもっと聞きたいと思った。
そうするうちに最下層についた。静かに鉄扉が開いた。
ふたりは外に出た。
そこは、保全部と違い真っ白なドームだった。
そここそが、マリアだった。
純白の、半円求の部屋は明るくもなく、暗くもなく。ただ、白かった。
そのドームの中央に、少女がひとり。
まだあどけなさの残る少女は純白のドレスに身を包み、赤い瞳をふたりに向けた。肌も、腰まで伸びたその髪も、ドームとドレスと同じように、白かった。
が、中央には、白亜のマリア像を思わせる流麗なデザインのメインコンピューターユニットがある、はずだった。
それが、マリアのメインコンピューターユニットに代わるように、うたひめがたたずんでいた。
「……!」
リュウとクリスタルは絶句。
メインコンピューターユニットは、どこにもない。
うたひめが、中央部にたたずみ、白いケーブルが白く長い髪の毛の間を縫うようにして床に向かって伸び。そのケーブルは、ゆるやかな曲線を描いて上昇気流に乗っているかのように伸び、天井中心に接続されていた。
そのケーブルはほんとうなら、マリアのメインコンピューターユニットに接続されていた。
ということは、うたひめは、このドームでメインコンピューターユニットよろしくマリアに接続されているということか。
「マリアが……」
かろうじてリュウはつぶやく。
マリアはうたひめによって占拠されてしまったのか。
だが、なぜ。
うたひめは、何も語らず。
謎だけがドームをただよう。
「ようこそ」
うたひめは微笑みを浮かべ、ふたりを出迎えた。
リュウは鞘からカタナを抜き、クリスタルは2丁の拳銃をもろ手に握り射撃の構えをとった。
「このうたを、あなたたちに捧げます」
透き通るうたごえが、ドームの中に響きだす。
つづく・・・。




