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うたひめ  作者: 赤城康彦
6/9

うたひめ 6

 コードの壁は銃弾を受けて弾け表皮や中身の銅線、グラスファイバーが飛び散る。しかし、軌道を上手く読まれてうたひめにはひとつも当たらない。

 リュウはコードの津波を相手にするのが精一杯。

 であったが、津波が突然やんだ。

 なんだ、と思う間もない。リュウは油断なくカタナを握りしめ隙なくかまえ、クリスタルは周囲に注意をはらいいつでも撃てるよう身構える。

 LEDが一段と光りを増し、光りは一点に集中する。

 いつの間にか白いゴム表皮のコードがうじゃうじゃあらわれたかと思うと、天使の姿のブランコになり、うたひめの乗る蝶に近づく。

 うたひめは、天使の肩に乗れば。

 またか、と人間を唖然とするのもかまわず、優しさのあふれるうたごえを響かせる。

 

Ave Maria,

おめでとう マリア


gratia plena, Dominus tecum,

慈悲深きあなたは 主とともにまします


benedicta tu in mulieribus et benedictus fructus ventris tui Iesus,

あなたは女のうちにて祝せられて あなたが主を宿されるを喜びましょう


Sancta Maria mater Dei,

聖なるマリアよ 聖母よ


ora pro nobis peccatoribus, nunc, et in hora mortis nostrae.

罪深き我らを 今も最期のときも 祈りたまえ


Amen.

アーメン


「アヴェマリア……」

 クリスタルがつぶやく。

 やわらかで広がりのあるうたごえが、人をつつみこむ。

 しかし、それで誤魔化される人々ではなかった。

「主を愚弄するか!」

 と、信心深い白人と黒人の女性が、手を挙げうたひめに向かいヒステリックに叫んだ。

 まるで、アヴェマリアのうたごえによって気が狂ったように。

 そのうたごえのもと、何度ともなく心なぐさめられ、そして人は死んでいったことか。

 たとえ何をうたおうとも、うたひめのうたごえは、死を招く呪いのうたごえとしか、人々には聞こえなかった。

「マリア……」

 はっとするクリスタル。

 その束の間、うたひめは天使のブランコによって、どこへともなく連れてゆかれて、姿を消した。

「マリア……」

 それは聖母の名でもあり、また海底都市の制御機関でもあった。

 海底都市の中央最下層に位置し、人間およびそのペットが生きるために必要なものを提供・管理している。

「リュウ!」

 張りのある声が響く。

 名を呼ばれたリュウはクリスタルの方を向く。

「マリアに行くわよ!」

「マリア?」

「そうよ。うたひめはマリアにいるわ」

「そんなこと、わかるのかよ」

 忽然と姿を消したうたひめのいどころは、だれにもわからない。今までそんなことが何度もあった。姿を消したうたひめは探しえることかなわず、また姿を現すのを待ってから、反撃に出るという。

 なんともまどろっこしい状況下での戦いを強いられていた。

 が、クリスタルは自信満々に、

「わかるわ」

 と言った。

 リュウはカタナを握りしめ、うーんと考え込んでいたが。

「おう!」

 と応じた。

 その声に引き寄せられるように、マーヴェルはいつの間にかそばにいた。

「マジで行くのか、お前ら?」

 なんだか不安そうだった。

 強がってはいても、いざというとき実際に戦えるやつがそばから離れるのは怖いようだ。

 そんなマーヴェルの後ろに、白スーツに赤いネクタイで決めた背の高いナイスミドルな白人の男がいた。

 海底都市大統領であった、ロナルド・ニクソンだった。

「君たちは、我らの希望だ!」

 と力一杯激励をする。

 しかし。

 リュウとクリスタルは、互いの視線を交わして笑うと。

 それぞれの拳を、ロナルド・ニクソンに見舞った。

 大統領は「ノー!」と悲鳴を上げて仰向けにたおれて、顔を抑えて慌ててたちあがり、スーツの汚れを気にしている。

「てめーはオレらの絶望だよ!」

 うたひめが暴れだしてからというもの、安全の確保された大統領府に隠れたまま、なにもしなかった。

 マーヴェルは、イエス! と喜んでいた。

 ぽかんとする大統領を尻目に、リュウとクリスタルは覚悟を決めた顔になり、マリアに向かって歩き出す。

「どうせ死ぬなら、戦ってちゃちゃっと死ぬか」

 と、ぽつりととぶやいた。


つづく・・・。

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