欲望という名の事件
万暦20年9月 −600両 (出資)
万暦21年11月 +400両 (儲けの戻り?)
万暦22年10月 +100両 (銀作局の刻印あり)
11月 +100両
万暦23年9月 −500両 (再出資?)
万暦24年10月 +100両 (銀作局の刻印あり)
11月 +400両 (この時、金庫の中には「銀作局の100両」がそのまま混じっている)
万暦25年9月 前任者から後任者へ引き継ぎ。金額は帳簿と一致。しかし、金庫の中に銀作局の100両は混じったまま。
万暦27年1月 −100両
400両が入ってきたのは11月。銀作局の100両が入ってくるのは10月。
「運河2ヶ月から3ヶ月。馬なら、40日から50日なんだよね?」
香は念を押す。
「うん。それがどーかした?」
「10月が馬で、11月が運河なんじゃない?」
香は結論だけを吐き出してしまい、説明が不足していた。しかし、白露には通じた。
「ああ、そっか。秋に2回入金があるのは、馬と運河って?」
「ほら、えーっと。船が夏に帰ってくるんでしょ? 例えば9月1日に月港を出発したとして、馬だったら、10月10日から10月20日に北京。運河だったら、11月1日から12月1日くらいに北京」
「そっか。香、それかも」
「それにそれに。100両だったら馬で運べるけど、400両だと多いから船!」
香は嬉々として手をぱたぱたさせる。自分でもすごい閃きだと思ったのだ。が。
「400両もたいしたことない。馬で運べるよ」
銀100両は約4キロ。400両は15~16キロ程度にすぎない。
「なんだ。がっかり」
「ただ、まとまって届くから、400両ぽっちじゃないはず」
「まとまって?」
「何人かで出資して密輸するから、何人か分の儲けがどんっと北京に届く」
「じゃ、運んでくるのは」
「「船!」」
「ヤバ。うちら、すごくね?」
「なかなかやるよね」
「わんわんわんわん」
白露と香は自画自賛。チンギスも大興奮。
とりあえず、仮説を立てた。10月は馬、11月は船。2経路ある理由は不明。
香はまだ考え続ける。
「100両だけ、別の動きしてるんだよね。銀作局のニセ馬蹄銀になっちゃうし。まとまって船で来るのが普通じゃん? まとめて運んだ方が安くない? 工部の劉氏って官僚だっけ。何したいんだろ。何やってんだろ」
一方、白露は、もう歯を磨いている。その横で、香は独り言を連発。
「んー。ね、チンギス。2ヶ月もかかるんだね。王氏と2ヶ月分も離れてるんだよ。え、ちょっと待った。2ヶ月もかかるんだったら、今年はもう月港で捕まえること、諦めてんのかな。あ、そっか。馬なら間に合うんだっけ。え、でも、どのタイミングで捕まえるんだろ」
そこまで考えたとき、香の頭に宝一介寺の美老人の手が浮かんだ。大輪の黄色い散りかけの牡丹、それを両手で優しく包み、強風から守った手。
香の耳に入ってくるのは、事後報告。おっさんが月港へ向かったときも、宦官が工部へ500両を請求したときも。また、全てが終わってから知らされるのだろうか。
8月。風呂屋のサブスクが重宝する季節。
香は墨竹に綺麗な姿で会おうと、一風呂浴びて宿舎へ戻った。
「ただいま」
勢いよく扉を開けると、宦官の帽子を被ったままの洛がテーブルに突っ伏して小刻みに震えている。
──また邪魔しに来やがって。
香は、洛が泣いていることに気づかず、心の中で毒づいた。
テーブルの正面には、下唇を噛んだ墨竹が目を潤ませている。
──美!
泣きぼくろの上の表面張力に、香の心臓は撃ち抜かれた。
「おかえり」
墨竹が小さく鼻をすすって、香の方を向く。
「どうしたの?」
邪魔であっても、どう見てもガン泣きしている人間を放ってはおけない。香は尋ねた。洛はいかにもべそべそと泣きそうな男なのでどうでもいいが、墨竹まで涙を溜めているのである。
「先月、王朝佐が処刑された。その知らせが届いたんだ」
洛が伏せたまま、くぐもった声で言った。
王という姓ではあるが、おっさんではない。
「親しい人だったの? 文通してたの?」
「反乱の首謀者」
「ん? 反乱した人を処刑したのに、なんで?」
税監が、商人や住民に厳しい税を課し、財産を奪うなどの横暴を働いた。4月、これに耐えかねた*住民数千人が蜂起。役所を焼き討ちし、税監の配下の者たちを殺害した。
反乱の首謀者が捜索され、多数の住民が連座した。このとき、王朝佐が「事を起こしたのは自分だ」と自ら名乗り出、反乱の責任を一身に引き受けようとした。
洛は滝のような涙と鼻水の顔を上げて話す。
「ただの、ただの竹籠職人、だ、った。なのに、反乱したからって、処、処刑。民が」
京杭大運河沿いの臨清という街で起こったことだった。世にいう、臨清民変である。
「税監なんて、制度、オレ、言わなきゃ、よかった」
香は、話を聞きながらも、洛の顔中にある涙と鼻水を「きったねー。雑巾で拭きたい」と思っていた。自分の手巾は差し出したくない。ちりがみも、大量に使いそうだからもったいない。が、仕方なく、ちりがみをテーブルの上へ置く。
万暦24年7月、洛が関わった税監制度は、3年目にして早くも綻び始めていた。
洛は、宦官性善説の上に、税監制度を考えていたのである。
「オレに、いろいろ、教えてくれた人は、宦官でさ。その人、言ってた。宦官は、子を持たないし宮廷に入って家族との縁も薄くなってる。財を蓄えても、それを残す子もいなければ、使って遊ぶ時間も場もない。だから、金銭欲なんてないって。なのに、なのに、民から不当に税を巻き上げた」
確かに洛が聞いてきた理屈は一理ある、と香は思う。しかし、宦官は、欲望の全てが出世と権力に向く、とも巷で言われている。歴史の物語の中、宦官は巨大な権力、ときには軍事力まで握ったことがある。後漢、唐。明では王振、劉瑾。
香は反論せず、静かにただ聞いた。
「上手くいくことしか考えてなかった、オレ。税監は民の味方だって」
数ヶ月前、税監が塩商の不正を摘発した。他にも、概ね、税監制度は正しく機能していた。
しかし、4月、反乱が起こってしまった。
香は、宦官に金銭欲があったのではなく、多くの金銭を集めることによって得られる権力に欲があったのではないかと感じたのだった。恐らく、かき集めた金銭が多ければ、万暦帝の内庫をより潤し、自分自身の出世や、宦官社会での高い地位が保証される。
洛は、王朝佐の処刑に反対したという。
『民は蜂起することしかできないのです。そこまで追い詰められたのです』
『役所に火を点け、**37人を殺したのだぞ。朝廷として看過できぬ』
このとき、王朝佐は処刑された。多数の住民が連座し、逃亡を余儀なくされた。一方、ことの発端である徴税を指揮した宦官は処分されることなく、変わらずその地に居続けたのだった。
*『明通鑑』では蜂起した住民3,000~4,000人、『臨清直隸州志』では1万人余り
**『明史』では殺害された馬堂の配下37人、『臨清直隸州志』では27人……chatGPTより




