表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/30

雨のエスケープ

 教室で待っていた。既に荷物はまとめて、何もすることがなかった。昼食時で、ほかの生徒たちは三々五々集まって弁当を食べ始めていた。私は教師からの呼び出し待ちだった。だがだんだんどうでも良いような気分になってきたときに、雅代が戸口に現れた。

「一緒に昼ごはんを食べようか」と、私は彼女を誘い出し、コンクリートの通路を歩いた。校舎と校舎の間の通路には屋根があったが、たとえば体育館の入口の階段などは濡れていた。そういうところに腰掛けて、ふたりで弁当を食べようかと考えたのだけど、雨が降っているせいで、うまい場所が見つからなかった。

「いっそのことエスケープしようか」と私が言った。

 彼女も私を見上げて言った。「わたしもそれがいいと思っていたところ」

「帰り支度は?」

「もう出来ている」

 確かに彼女は既に、通学カバンを手に持っていた。私はそれを教室に取りに戻った。クラスの誰かが見とがめるかとも思ったが、誰も何も言わなかった。私は彼女のもとに戻ろうとしながら傘のないことに気づいた。傘をどうしたのだろう。さっきまで持っていたような気がするのに。

 校舎から門の方へ出るところで、雅代は待っていた。彼女は私の持っていた大きい傘を手にしていた。

「持っていてくれたんだ」

「うん」

「いつもありがとう」

「そんなこと言わないで。ただ持っていただけだから。それにこれはF」

 彼女が最後に言ったアルファベットは何だったか。そしてそれが何を示していたのか、もう忘れた。ただ、そのころ私たちは、よくアルファベットを符牒にして話した。Fは「不可抗力」のFだっただろうか。

「そうだね。Fだね」私も同意した。

 傘を開き、私たちは相合傘をして、歩いて通用門を出て行った。

 しばらく歩いて駅まで来た。そこから電車に乗ってターミナルに向かい、そこで降りたのだろう。高校生のころ二人でよく訪れた「古本屋」にやってきた。「古本屋」といっても、アニメやマンガ関係が専門の店で、同人誌やフィギュアなども扱っていた。むしろそちらを目当てに来る客が多かった。

 なにかのイベントが開かれているようで、たくさんの客がいた。私たちも少しの間、商品を物色していたが、木のベンチに腰掛けて始まるのを待った。やがて小太りの男が現れて喋り始めた。

「本日はみなさん雨の中お集まりくださりありがとうございます。そもそも私のやってきたことというのは・・・」

 口調も硬いし、あまり面白そうな話でもなかったから、私たちは途中から聞くのをやめて、小声で自分たちの会話をし始めた。私は手近にあったダンボール箱を開けて中身を取り出した。

「ああ、これ」

 それはキャラクターを描いたコースターだった。左側に猫のキャラクターが、右側に蛙のキャラクターが描かれていた。

「これは君の描いたものだったよね」

「そう」

「そして右のカエルは馬場くんが描いた。これって、売り出したんだっけ」

「結局しまいこんだままのはず。それに、こっちのは」と、雅代は箱の中から別のものを取り出した。「刀の刻印にするといったまま、実現しなかった」

「そうだったね。残念だ」

「ううん」と彼女は首を横に振った。「これもF」

 そうか。私たちが雨のエスケープをしてから三十年以上経っている。私たちはここで再会し、こんな会話をしている。この状況を、過去の私たちならなんというアルファベットで表現しただろうか。それにこれは夢に過ぎない。本当の私たちは、高校を卒業して以来一度も会っていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ