事件のあと
わたしは泊まっていたビルの一室から外に出た。そろそろ帰らなくてはならなかった。荷物は少なくて、トート一つに収まった。わたしはそれを担いで階段を下りていった。踊り場のところに資源ゴミの回収箱が置いてあった。わたしは、ペットボトルを数本持っていたので、そこに入れようか持っておこうか迷っていると、笑福亭なんとかというタレントになっていた野村くんと出会った。
「このあとどうするの」
「ちょっと寄っていこうか」
駅の方に歩いていくと、駅舎の階段の下に、隠し扉のようなものがあった。そこが現在、野村くんが管理しているサークルの部屋だった。わたしが先に歩いて行って、ドアをパッと開けると、中は四畳半ほどの物置のような部屋で、真ん中にテーブルがあり奥に天井高の書棚があった。その書棚に寄りかかるようにして、若い男が二人抱き合って顔をくっつけていた。口づけをしているようだったが、こちらから顔は見えず、誰だかわからなかった。それでも、入口が開いた音には気づいたようだった。わたしはあわてて、扉を閉め、通路に戻ったけれど、ふたたび中から開いて、男が顔を出した。かれは確かにサークルの後輩のようだった。
「ああきょうはちょっと」
「いや、いいんだ、そこで野村くんと一緒になったものだから」
もう本当は何も用事がないはずなのに、わたしはその街区に連れてこられた。そして、わたしが昔、住んでいた区画の前で建物の中を見た。それは近代的な四角形の建物で三階建てのようだった。二階の窓に人影があった。若い数人の男女に見えた。わたしは彼らに向かって手を振った。かれらは手を振り返してこなかった。そのとき、ふとここではないという気がし始めた。もう一つ手前の、向かい側が家ではなく崖になっている、端っこの区画だったような気がしたのだ。そちらに戻ってみると、案の定、玄関に古いペーパーバックのミステリが数冊散らばっていた。わたしはそれらを拾いあげ、パラパラめくってみた。わたしのものだったかどうか、よく分からなかったけれど、表紙の誇りを手のひらで叩いてから、肩に担いだトートに入れた。
突き当たりの建物を見ると、二階がバルコニーのように突き出していて、そこにやはり人がいた。わたしの家族だった。わたしは彼らに呼びかけた。
「お父さん、お母さん、○○くん・・・」
「今から降りていく」
「いや、わしは建物伝いに行くぞ」と、父が言い張った。
わたしはそれは無理だと思った。
「でも多分つながっていないところが多いよ」
それでも父は曲げないのであった。
わたしはどうでもよくなって、一人で坂を下りていった。
坂の下にはグラウンドがあり、わたしはその横の校舎へと入っていった。準備室では女子生徒たちが体操服を着て、だらだらと整列していた。わたしが入っていくと、ちょうど出発のタイミングとなり、かれらは順番に外に出て、ランニングを開始した。それを見守っているのが、わたしの同僚の女性だった。わたしは椅子に座って、この部屋に残った生徒たちに補習を始めようとしたが、その女性が寄ってきた。
「ここはいいから、第二の方へ行ってくださいよ」
「ん、でもこっちのほうが」
「とにかく行ってよ」
彼女はそのよう言い張るのだった。わたしは野村くんと視線を交わしたが、とにかく監視カメラで、向こうの部屋の様子を見ることにした。モニターの電源を入れると、数人の生徒たちが座って雑談していた。わたしたちが行く必要は感じなかったが、行くことにして立ち上がった。
「そうそう、それでいいんです」と、彼女は目を尖らせて、わたしたちを見送った。
わたしたちは口々に文句を言いながらわたし廊下を歩いていった。「基地外の言うことには逆らえないですから」などなど。




