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第29話:病室の境界線

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 「……だから言ったじゃない、お兄ちゃん!」

 医務室にルナの怒声が響く。

 無理をして訓練場へ向かったアレスだったが、案の定、途中で意識が飛びかけ、リヴァインに担ぎ込まれるという醜態を晒した。

「……うるさい。少し歩いただけだ」

「少しじゃないよ! 廊下の角で白目剥いてたってリヴァインさんが呆れてたんだから!」

 ルナにシーツを首までかけ直され、アレスは苦々しく顔を背けた。

 かつてこれほどまで自分が無力だったことがあっただろうか。魔力は底を突き、体は他人の介添えなしでは横になることすらままならない。

 そこへ、扉が遠慮がちにノックされた。

「……アレス。起きているか」

 リヴァインだ。だが、その背後には見慣れない二人の生徒が、おどおどした様子で続いていた。

「……またお前か、リヴァイン。監視なら他を当たれ」

「自惚れるな。……こいつらが、どうしてもお前に直接礼が言いたいとうるさくてな」

 リヴァインが促すと、二人の男女が一歩前に出た。

 一人は、銀髪を短く切りそろえた小柄な少女、ハク。

 もう一人は、分厚い魔導書を抱え、眠たげな目を擦っている少年、レン。

 二人とも、これまでのアレスが「風景」の一部として切り捨て、名前すら覚えようとしなかったFクラスの生徒たちだ。

「……あ、あの……アレス君。あの日、助けてくれて……本当にありがとう」

 ハクが消え入りそうな声で言い、小さな薬包を差し出した。

「これ、私たちが薬学の授業で作った『魔力安定の香草』なんだけど……。アレス君の回路が、少しでも楽になればって……」

 アレスは無言でそれを見つめる。

 かつての彼なら「ゴミを寄越すな」と一蹴していただろう。だが、先ほど訓練場で見た、恐怖でバラバラになりかけていたクラスの惨状を思い出す。

「……レン、と言ったか。お前、さっきから何を読んでいる」

 アレスの急な問いかけに、少年――レンが肩を跳ねさせた。

「……え、あ……これ? これは……魔力を物理的な力に変換する際の、効率化の理論書で……。アレス君が戦ってた時、すごく無茶な魔力の回し方をしてるように見えたから……もっと負担を減らす方法がないか、気になって……」

 アレスの眉がピクリと動く。

 自分に対して「無茶な回し方」と言い放つ無自覚な度胸。だが、その視点は間違っていない。今のボロボロな体で再び戦うには、以前のような力任せの蹂躙ではなく、この少年が言うような「工夫」が必要であることを、アレス自身も痛感していた。

「……フン、素人が。勝手に調べていろ」

 アレスは顔を背けたが、ハクが置いた香草をルナが受け取るのを止めはしなかった。

 リヴァインが壁に背を預け、低く告げる。

「……今のクラスは、レヴィアという『穴』が空いたまま、その恐怖に飲み込まれかけている。……正直、学級崩壊の一歩手前だ。俺一人では、これ以上抑えきれんぞ」

 アレスは天井を見上げ、吐き捨てるように呟いた。

「……勝手にしろ。俺の知ったことか」

 冷たい言葉。だが、その瞳には、今までになかった微かな「熱」が宿っていた。

 枕元に置かれた不格好な香草と、無名だったクラスメイトたちの顔。

 バラバラになった20人の欠片を、再び繋ぎ止めることができるのは――。

「……リヴァイン。あいつらに伝えておけ。……そんなナマクラな精神では、次に来る『大罪』に、一秒で細切れにされるとな」

 それは、アレスなりの最上級の「叱咤」だった。

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