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不老不死(後編)

3.

 高松邸を辞し、橘、伊達、河村の三人は東京魔術倶楽部へと足を運んだ。四人掛けのテーブルに座り、伊達がウイスキーを頼むと、橘と河村も同じものを注文した。


「最近飲むようになったよな。」

 橘が河村に言うと、河村は

「もう、隠しても仕方ないですからね。いろいろバレてますし。今度、日本酒飲みに行きましょうか。実は日本酒が一番好きなんですよ。」

 河村は笑いながら答えた。


「ところで、伊達がさっき言ってた『なんとかいちじくの実』って何のことだ?」

 橘が首をかしげながら伊達に聞くと、伊達は何かに絶望したような冷ややかな眼差しで橘を見つめた。


「ちょっと、傷つくからそんな目で見るのやめてくれよ。」

 橘が言うのを聞いて伊達は深くため息をついた。


「いちじくではなく、非時香菓ときじくのかぐのこのみだ。」


 伊達の説明によると、非時香菓は『古事記』、『日本書紀』に出てくるもので、垂仁天皇の命により、不老長寿の薬として常世国から田道間守たじまもりが持ち帰った木の実だという。


 田道間守が実を持ち帰った時に天皇は崩御されており、彼は持ち帰った八つの実のうち半分を皇后に献上し、残りの四つを御陵に置き、嘆き悲しんで死んだとされている。


「へー、伊達は物知りだな。」

 と橘が言い、河村も横で頷いていた。伊達は額に手を当て、由来を語った。

「その時、田道間守が持ち帰った種を植えた伝説が、和歌山や奈良に残っている。これが今の橘だ。この由来から御所に右近の橘が植えられ、奈良時代に元明天皇から女官が橘姓を賜ったのが橘家の始まりだとされている……。」

「あれ、橘家って俺ん家じゃん。」

おどろいたように言う橘を見て、

「それはさすがに知らないとまずいのでは?」 

 と河村が笑いを噛み殺した。


「ちょうど来月には実が色づく。不老不死の実ではないが慰めにはなるかもしれん。どうする?」

 伊達が聞いた。

「俺、暇だから行けるぜ。奈良だっけ?」

 橘が言った。河村はどうしようかと迷っている様子だった。伊達が少しいたずらな笑みを浮かべ言った。

「田道間守は菓子の神としても祀られているそうだ。」

 河村はにっこり笑った。

「お付き合いしますね。」



4. 

 高松公爵を訪問してから2週間後の土曜日、早朝の東京駅に橘、伊達、河村の三人の姿があった。

「俺、特急つばめは二回目!」

 橘が嬉しそうに言った。前回は伊達の学会出張に無理やり同行した経緯があった。


「私は初めてです。少し興奮しますね。」

 河村が言った。荷物が大きいのはおそらく道中で食べる菓子のせいだろう。伊達は二人の様子を見ながら

「橘は昔からだが、河村は……まぁ、いいか。」

 と苦笑した。


 三人で行く旅は賑やかで、伊達は本を開く暇もなく、あっという間に乗り換えの大阪駅へと着いた。そこから関西本線に乗り換え、奈良駅へ向い、さらに乗り換えて桜井駅で降りた時には十六時を回っていた。


「馬車を使えば閉門に間に合うかもしれませんね。」

 河村が腕時計を見ながら言った。


 橘寺の門前に着いた時、冬至前の太陽はもう沈みかけていた。

「今日は遅いし、明日にしますかね。」

 橘が言った瞬間、門の奥から住職らしき人物が出てきた。

「お待ちしておりました。」

住職は優しく言い、三人を境内へと招き入れた。


 住職は聖徳太子ゆかりの三光石などを案内した後、和紙に包まれた橘の実を差し出した。

「どうぞ、お持ち帰りください。」

 伊達は、どうして橘の実を求めて来ることが分かったのかと聞きたいところを無粋だと思い我慢したが、橘が

「どうして来ることが分かったんですか?」

 と屈託なく聞いた。

 住職は静かに

「虫の知らせですよ。」

 と答えた。


5.

 その日は桜井駅近くの簡素な旅館に三人で泊まり、一部屋で夜を共にした。風呂と夕食を終えた後、河村が鞄からおもむろに一升瓶を取り出した。

「銀座の酒屋で買ってきた秋田の酒です。つまみにスルメとチーズ、あとはいぶりがっこも持ってきました。奈良漬と食べ比べましょう。」

 大きな荷物の正体は菓子ではなくこの酒とつまみだった。


「いぶりがっこ?」

 首をかしげる橘に、河村はにっこり笑いながら

「がっこ……いえ、漬物の燻製ですね。いぶっているからいぶりがっこです。」

 と説明し、部屋にあった湯呑みを三つ、座卓に並べた。


 河村が一升瓶を開け、湯呑みに注ぐと、伊達が

「こういう旅も悪くないな。」

と穏やかな口調で言った。橘はスルメをかじりながら上機嫌だった。

「奈良漬よりいぶりがっこが勝つぜ。河村、センスいいな!」

橘は笑い、湯呑みの酒を一気に飲み干した。やがて三人は酒とつまみを楽しみながら、旅の疲れも忘れて夜が更けるまで語り合った。


「おえな、海軍さ入ってがら今日一番おもしぇど。」

 河村がぽつりと漏らし、鼻をすすった。

「おい、河村。いつもの澄ました色男はどこへ行ったんだ。」

 橘が面白そうに笑った。


 伊達もだいぶ酔いが回っているようで何か良いフォローをと思ったが、思いつかず酒をあおった。ずっとこんな日が続けば……と河村は思ったが、理由もなくなぜか涙がこぼれた。


 翌朝、ズキズキする頭を抱えて橘が目を覚ますと、何事もなかったかのように伊達と河村が帰り支度を始めていた。まだ眠そうにしている橘の布団を河村が剥ぎ取った。

「汽車の時間がありますから、寝るなら汽車の中でどうぞ。」


 帰りは行きと違って比較的静かに、それでも途中でトランプなどを楽しみつつ十八時過ぎに東京駅へと着いた。高松公爵家にそのまま行っていいかどうか、橘が真木に電話で確認を取った後、三人はタクシーを拾った。


6.

 高松邸に着くと、玄関まで真木が出迎えた。橘は奈良へ行って橘の実を手に入れたことを説明し、高松公爵に渡したい旨を話した。真木は橘たちの心遣いに感謝し、三人を公爵の私室へと案内した。


 橘の実を受け取った公爵は少し驚いた後、深々と頭を下げた。

「このようなご友人をもって、真木は幸せ者だな。これで私も安心できる。」

 実を真木に渡すと公爵は

「これは縁起物だ。孫の正人に食べさせてやってくれ。あの子は少々風邪をひきやすい。」

 と穏やかに続けた。


 高松邸からの帰り道、橘がつぶやいた。

「公爵は、不老不死の実なんてないことを知っていたんだな。まぁ、嫁の尻に敷かれている真木を心配して試したかったのかねぇ。」

「そこから先は家族の問題だ。」

 伊達は短く答えた。

 河村は何も言わず二日間の出来事を思い出していた。楽しかった奈良の夜を思い出して見上げた夜空にはシリウスが輝いていた。


―─猟犬、か。河村は黙って二人の後を静かに歩いた。

オカルトと思いきや……回です。

お楽しみいただけたでしょうか?


感想お待ちしております。

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