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不老不死(前編)

1.

 冬の気配が日ごとに強まる11月のある夜、橘薫は東京魔術倶楽部で一人酒を飲んでいた。先日、文士たちが麻雀賭博で逮捕された事件があった影響からか、今日は賭け事をする相手がおらず暇を持て余していた。


「橘、ちょっと良いか?」

 声をかけてきたのは、橘と学習院の同期である子爵、真木だった。

「ワニの件では世話になったな。」

 真木は以前、家から逃げ出したペットの件を解決したことへの礼を言った。あの時の青い顔に比べたらずいぶんと元気になっていた。


「一つ頼みたいことがあって……」

 真木が少し歯切れ悪く切り出した。

「実は妻の父が病気で伏せっていて、気弱になったのか、妙なことを言い出してな。」


 そこまで話した時に倶楽部の扉が開き、帝国大学教授の伊達政弘と海軍少佐の河村学が連れだって入ってきた。河村は仕事帰りらしく海軍の外套を羽織っていた。


 橘は二人に視線を送った後、真木の方を見た。

「伊達と河村も一緒に話を聞いて良いか?」

「もちろんだ。むしろ伊達先生に話を聞いてもらえると助かる。」

真木の声にはぜひ頼むという気持が見えた。


 真木の義父、高松公久は公爵家の当主で厳格な人物として知られていた。高松家は代々朝廷や政府に仕えた名門で、公久は現在、実務を長男に譲り隠居に近い形となっているが、いまだに政府や軍に影響力を持つ人物であった。


 真木の話によると、最近高松公爵は気弱になってきたのか、『不老不死の実』を探してほしいと言い出したらしい。荒唐無稽な話をおいそれと相談できず困っていたが、子爵家の次男である橘が探偵業もやっていることを思い出し、相談を持ちかけたとのことだった。


「話を聞いてくれるだけで良いんだ。そんなものがあるとは思えない。報酬はもちろん支払うので頼めないか?」

 真木がすがるような目で橘に言った。真木は妻の尻に敷かれており、おそらく急かされているのだろう。

「伊達と河村も一緒に行くよな?」

 橘は真木の方を向いたまま二人に聞いた。


「人の予定を勝手に決めるな。」

 伊達は苦笑し、河村は軍絡みでメリットがあると感じたのか、

「面白そうなお話ですね。私で良ければ。」

 と快諾した。


 結局、三人で土曜日の午後に真木と高松公爵を訪れることで話がまとまり、その夜は解散となった。


2.

 約束の土曜日、橘は珍しくきちんとしたスーツで現れた。

「梓に借りてきた。」

 橘は兄の名前を出して笑った。


 河村は濃紺のスーツに身を包んでいた。

「制服とどちらかいいかぎりぎりまで悩んだのですが、あまり硬くならない方がいいかなと思いまして。」

 河村は軍人というよりは営業職のようだった。


 伊達はいつも通りのスーツでいつも通りの伊達だった。三人は真木と共に高松公爵の私室へと通された。


 高松公爵はベッドの上で上半身を起こした状態で三人を迎え入れ、

「このような格好で失礼する。」

 と非礼を詫びた。言葉ははっきりとしているが、痩せ細り、頬がこけて、病気の重さが伝わる様子だった。


 三人は軽く自己紹介をした後、公爵の話を聞いた。それは真木から聞いていた通り、不老不死の実を探してほしいという内容だった。


 話を聞いた後、伊達が

非時香菓ときじくのかぐのこのみか……」と小さくつぶやいた。

ちなみに橘寺まで行って参りました!

石舞台古墳の近くです。

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