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研究室(後編)

6.

 伊達はまず、今回の反応速度がはやまった原因は、触媒にあると考えた。触媒の成分は確かに二酸化マンガンで間違いがなかったが、触媒を調べると、粒子が細かかった。同重量での表面積を増やし、反応速度を高めたのだろう。計量の際、目分量がくるったのもこのせいと考えられた。


 ──効率的な触媒を作ったなら業績になるのだが……と伊達は考え、杉下が最近書いた論文の内容を思い出した。

「あまり愉快な話にはなりそうに無いな。」

伊達はため息をつき、橘の待つ休憩室へ向かった。


 暗い顔で休憩室に入ってきた伊達を見た橘は少し心配そうに聞いた。

「どうした?腹痛か?」

 伊達は苦笑いを浮かべて答えた。

「むしろ頭痛だ。」


 伊達は橘と自分にコーヒーを淹れて、カップを片手に愚痴をこぼした。

「今回の件は、事故ではなく学内の、おそらく研究室の人間が犯人だ。」

「つまり、あれだな。伊達の監督不行き届き。」

 橘がコーヒーを飲みながら言った。伊達は確かに、という表情で頷いた。

「犯人が学生だったら、なるべく穏便に済ませてやれよ?放校処分はきついからな。」

 橘が渋い顔で言った。


「ああ、分かっているよ。」

 伊達もコーヒーを飲んだが、その味はいつもより苦く感じられた。


7.

 翌日も杉下は風邪のため欠勤だった。

朝の教室カンファレンスで伊達は

「昨日、杉下助教授が実験中の事故で入院された。君たちも怪我をしないよう、危険な薬品を扱う際は十分注意してほしい。」

 と言った後、出席者を見回し、

「杉下先生が欠席中は私が代理を務めるので、実験や研究について質問がある人は声をかけてくれ。」

 と言って話を終えた。


8.

 午前が終わる頃、教授室のドアがノックされた。訪れたのは大学院生の山田で、見るからに顔色が悪かった。

「あの……杉下先生の容態は?」

 もともと物静かな性格だが、今日は特に消え入りそうな声で山田が尋ねた。


「手術の結果次第だが、失明の可能性もある。」

 伊達は神妙な顔で答えた。その話を聞いた山田は目を伏せて震え、両手で顔を押さえて泣き始めた。

「実験を失敗させたのは僕です。」


 山田の話によると、二酸化マンガンを細かくする技術を開発したのは自分だったが、杉下の名前で論文にしてしまったことに憤りを感じ、触媒に細工をしたとのことだった。杉下の研究が難航すればいいという軽い気持ちだったという。


「まさか大事故につながるなんて思ってなかったんです。」

 山田は震える声で言った。


 伊達は最後まで黙って聞き終えると山田の肩を軽く叩いた。

「気持ちは分かるが、手段が悪い。」

 山田は泣きそうな顔で頷く。

「杉下助教授は昨日から風邪で休んでおり、実験をしたのは私だ。」

 伊達の言葉に山田は安心したらしい様子でぺたんとへたり込み、

「杉下先生が怪我をせずに済んで良かった……」

と泣き始めた。


 伊達は落ち着いた山田と話し、今回のことは研究室内で処理する方針にした。それはつまり、山田が起こした触媒すり替え事件を伊達の胸にとどめ、杉下への処分も伊達からの厳重注意と彼への非公式な謝罪という軽い処分で済ませるものだった。


9.

 その夜、伊達は東京魔術倶楽部でウイスキーのグラスを傾けながら橘にことの顛末を語った。

「結局、私は面倒事を避けた結論しか出せなかったよ。」

 自嘲気味に語る伊達の言葉に、橘は

「まぁ、甘いくらいでいいんじゃないかな。やり直しができるくらいがちょうどだ。」

と答えた。

「俺の教授も伊達くらい甘かったら、俺も卒業できたのにな。」

伊達はそううそぶく橘を見て少し笑った。

「いや、私でも放校処分にするだろう。」

「傷ついたから、伊達の奢りだな。」

橘はウインクしてウイスキーを頼んだ。

トリックがマニアックすぎですがお楽しみ頂けましたでしょうか。

普通ならこんな周りくどい作り方はしませんが、研究なので。


感想お待ちしております。

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