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日記(後編)

「さてと、次は薫さんとお友達を占うから、呼んできてくださる?」

 美月が言うと、優子は別の部屋で待っていた橘と伊達を応接室に呼んできた。

「優子さんもここにいる?」

 美月が聞くと、優子は首を振る。

「あっちに行っています。」

 優子は部屋を出て静かにドアを閉めた。


 優子が遠くに行ったのを確認してから、美月が口を開いた。

「姪っ子さんの件はほぼ解決したわ。念のため、秋分の前日は学校まで迎えに行けば問題ないけど……」

 美月は優子から聞いた話をまとめて伝えた。紙芝居屋が呪いの話をし、赤坂にある某神社に、秋分の日の前日の夕方に『一人』で来ること、そして『他人に話せば不幸が訪れる』と告げていたという内容だった。 


「単なる怖がらせる仕掛けならいいんですけど、それにしては場所と日時が具体的すぎますよね。」

「橘から話を聞いた時点で、少し気になっていたが、これはもしかすると誘拐の手段かもしれないな。」

 美月の言葉に伊達も同意する。

「話を聞いたのが優子以外にもいるかもしれないな。紙芝居の場所が女子学習院に近いのも気になる。」

 橘が真面目な口調で続けた。


「ここからは男の子にお任せいたします。そうそう、これをお友達さんに。」

美月は、かばんから神田明神のお守りを出して伊達に渡した。それから美月は橘を向いて頼みごとをした。 

「迷惑でなければ、お兄様の法服が見たいの。弁護士の。」

「美月さんは法律を学んでいるんだったな。」伊達が言った。

「そんなことくらいなら、お安いご用だ。兄貴に言って借りてくるよ。」

 橘が部屋を出て行った。


 応接室に美月と二人きりで残された伊達は、美月の連絡先を聞こうかと考えた。しかし、伊達が口を開く前に美月が笑いながら言った。

「私に連絡したいときは、山下のおじさま宅にかけるか、星に祈ってくださいませ。」


 橘が持ってきた胸に唐草模様が刺繍された法服を美月は嬉しそうに見た。

「触ってもいいかしら?」

「どうぞ。なんなら着てもいいと思うよ。」

 橘が返事をした。

「触るだけで十分よ。」

 美月は愛おしそうに法服に触れた。


「今年の法改正で女性にも法曹の道が開けたと新聞で読んだよ。」

 伊達の言葉に、美月は静かに返した。

「ええ、いつかこれを着られるよう頑張りますわ。では、私はこれで。大人なので一人で帰れます。」

美月は軽く手を振って、橘子爵邸を後にした。そして門を出た後で屋敷を振り返り、

「いつか……か」

 とつぶやいた。その目には少し悲しみの色が滲んでいた。


 その夜、橘と伊達は東京魔術倶楽部を訪れた。中に入ると、河村が珍しく甘味なしでカクテルを飲んでいた。橘が軽く手を挙げると、河村はグラスを少し掲げて答えた。


 橘と伊達が河村を挟むように両側に座り、昼間の話を相談した。

「で、うちの軍事顧問はどう思う?」

 橘が聞く。

「誰が軍事顧問ですか……」

 河村が嫌そうに言い返し、ため息をついた。

「おそらく皆さんの想像通りですね。子供を怖がらせるだけにしては妙に凝っている。あとはどうしたいか次第ですよ。今回だけに絞るなら学校に連絡すればいいし、根元から断ちたいなら、話を聞いた他の生徒が神社に行くのを利用するか、姪っ子さんを囮に使うかですね。」

「さすがに囮は……」

と橘が眉間に皺を寄せた。

「囮を使えば打ち合わせができる分、成功率は上がりますよ。でも、まぁ嫌ですよね、変なことを言ってすみません。」

河村は頭を下げた。

「無駄足になっても付き合いますよ。上司の許可が下りたらですけど。」

河村は、カクテルの残りを飲み干した。


7.

  翌日の昼休み、河村は海軍歴史編纂室の竹内中佐を訪ねた。口実は将棋だ。この部署の職員には相当の暇人と思われているだろう。


「おう河村、入れ入れ。」

竹内が室長室に河村を招き入れた。

 いつものように対局しながら、河村は今回の案件を竹内に相談した。


「かなり微妙だな。華族の娘が狙われているのは問題だが、軍が直接関わるのも妙な話だ。」竹内は河村の飛車を取りながら言った。

「それは承知しています。ですから個人として……」と

河村が言いかけると、竹内はぼそりと独り言のようにつぶやいた。

「河村、休暇を取れ。」

  怪訝そうな顔をする河村に

「だから休暇だ。最近疲れが溜まっているはずだ。みなまで言わせるな。」

 と竹内が言った。それは黙認だと河村は理解した。


「資料室の武器は使わせられんが。」

 竹内は立ち上がり、引き出しからブローニングM1900を取り出し、そっと河村の前に差し出した。

「俺の古女房だ。連れて行け。油断するなよ。」

「お気遣い、感謝いたします。」

 河村は深く頭を下げ、銃を受け取った。


8.

  9月22日金曜日、秋分の日の前日にあたるこの日、河村は休暇をとり、朝から件の神社を訪れていた。


 境内にはまばらながら参拝客がいて、神職が参道を掃いていた。参道から少し離れた場所に物乞いが座り込んでいたが、それ以外特に目立つことはなかった。


 河村は、橘から聞いた呪いを解くお供えを置く場所に向かった。それは神社の奥にある祠の前で、木々がうっそうと茂り、人通りはない。誘拐犯が潜むならここ辺りかと歩きながら目星をつけた後、祠の賽銭箱にそっと硬貨を入れて任務の成功を祈願した。


 昼過ぎに河村は伊達、橘と合流した。河村が祠を見渡せる少し離れた木陰に立ち、伊達は祠近くの茂みに潜ませて確保役とした。橘を祠から境内に続く道の脇に配置し、誘拐犯が逃げた場合の追跡役とした。


 犯人が複数いた場合には河村が拳銃で威嚇して取り押さえる作戦で、下校時刻の二時間前から張り込んだ。夏ほどではないがまだヤブ蚊が残っていて、音を立てないよう時々手で払っていた。


 下校時刻の少し前に男が一人祠の後ろに隠れる姿が見えた。おそらく誘拐犯だろうと河村は思った。


 それから誰も来ないままあたりが暗くなり始めた。河村が時計を確認したところ、時刻は十七時。張り込みを始めてから三時間が経っていた。


9.

 その時、境内から祠へと続く道をランドセルを背負った少女が歩いてきた。身なりから察するに良家の子女だろう。後ろから男がついてきたが、保護者とは思えない。

「誘拐犯は、複数人か……少し厄介だな。」

 河村は銃をホルスターから静かに抜いた。


 祠に着いた少女はランドセルを下ろし、中からお菓子を取り出して祠に供えはじめた。その後、両手を組み目を閉じて祈りを捧げ始めた少女を、後ろから来た男が拐おうと手を伸ばした。その瞬間、茂みが揺れた。


「そこまでだ。」

 低く響く声と同時に、伊達が犯人の手首をがっちりと掴んだ。


 犯人の男は振り払おうとしたが、伊達が一歩踏み込み、肘を極めて腕をひねり上げ、体重をかけて男を地面に倒し、膝で背中を押さえ込んだ。


 伊達が仲間を制圧したのを見て、もう一人の誘拐犯が驚いて動き出した。その瞬間、木の陰から河村が現れ、拳銃を構えた。


「動いたら撃つ。」

 銃口が一直線に犯人の胸を狙っていた。しかし、ほんの一瞬、少女の前で撃つべきか迷いが脳裏をよぎった。その一瞬が命取りだった。


 誘拐犯は素早く少女に駆け寄り、腕を引き寄せて刃物を取り出し、首元に突きつけた。

「動くな!撃てるもんなら撃ってみろ!」

 男が叫んだ。少女は恐怖で体が震えていた。


「おい、お前ら騒がしいな。」

 突然、低くしゃがれた声が響いた。河村が声の方を見ると、誘拐犯の後ろからみすぼらしい服を着た物乞いがふらりと現れた。


「関係ねえ奴は引っ込んでろ!」

 犯人が怒鳴るが、物乞いはにやりと笑った。次の瞬間——、ゴンッと乾いた衝撃音が響く。物乞いが犯人の後頭部に的確に拳を叩き込んでいた。


「ぐっ……!?」

 男は膝から崩れ落ち、少女が解放された。物乞いはそのまま倒れた犯人を地面に組み伏せ、叫びんだ。

「河村、娘を保護しろ!」

 物乞いは竹内中佐の変装だった。


 河村が少女に駆け寄り、しゃがみこんで目線を合わせた。

「もう、大丈夫。……怖かったね。」

 少女が頷いた瞬間、河村はそっと両腕で抱き上げた。


「河村、甘さが出ていたぞ。」

 そう言いながら、竹内はゆっくりと立ち上がろうとしたが、表情が一変した。

「やっちまったな、ぎっくり腰だ。」


 その後、待機していた橘が警察を呼んだ。警官が現場に着く寸前で、河村が伊達と橘に目くばせをし、竹内とともに現場を去った。


「どうして現場に来られたんですか?」

 河村に、竹内は腰をさすりながら、

「大人の事情だ。」

 とだけ答えた。

竹内さんカッコよくないですか!?

実はかなりお気に入りです。ヘルニアですけど。

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