日記(中編)
6.
伊達の心当たりは稲葉美月だった。彼女の言動からなんらかの呪術に詳しいことは明らかだった。伊達は山下経由で連絡をとると、そのことを橘に伝えた。
日曜日の昼下がり、伊達と美月は落ち合って橘子爵邸へと向かうことにした。秋分より少し前の太陽はまだ夏の名残りを残していたが、占い師の雰囲気を出すために黒いワンピースを着た美月は、
「着替えを持参すれば良かったですわ。」
と少し困ったように笑った。
玄関の前で橘が待っていた。
「お久しぶり。こないだはお守りとお菓子をありがとう。」
「どういたしまして。今日は占い師役を頑張りますので、よろしくお願いします。」
美月はにっこり笑って、答えた。
優子に会う前に、美月は応接室で橘から彼女の誕生日や好きな食べ物、交友関係などをいろいろと聞き出した。いわゆるホットリーディングの手法だった。
「準備は整いましたわ。あとは、まぁ成り行きで。」
美月はかばんから水晶玉を取り出した。
「雰囲気が出るでしょ?」
7.
応接机の上に水晶玉を置いた後、橘が梓と優子を呼びに行った。まもなく二人が応接室に入ってきた。優子は応接室の雰囲気に少し驚いた様子で、不安そうに梓の方を見た。
すかさず美月が立ち上がり、
「こんにちは、お嬢さん。私は薫さんの友人、稲葉美月と言います。占い師をしていると言ったら、薫さんが興味を持っちゃって。」
と自己紹介し、にっこり微笑んだ。
「おじさまのお友達なの?」
優子はまだ緊張していたが、占いに少し興味を持ったようだった。
「美月の占いはめっちゃくちゃ当たるから面白くてさ。今日暇だって聞いたから、家に来てもらったってわけ。」
橘が続けて言った。
「じゃあ、私も占ってもらおうかな!」
梓が美月の前に座った。美月はこほんと軽く咳払いし、梓に尋ねた。
「本日は何を占いましょうか?」
「実はしばらく前からライターが見えなくなってね。気に入っていたから、見つかれば嬉しいんだけど。」
「分かりました。」
美月は神妙な顔で水晶玉に手をかざした。
「これは、リビングルーム……いえ、ベッドルームかしら?周りが暗い場所です。ベッドの下やマットの隙間……またはサイドテーブルの後ろを探してご覧なさい。」
美月が静かに言った。
「俺、寝室見てくるわ!」
橘が部屋の外に駆け出し、数分後、ライターを片手に息を切らして戻ってきた。もちろん仕込みだった。
優子は驚いて目を大きくした。
「お嬢さんも何か占って欲しいことがあれば、失せ物から恋のお悩みまで何でも占いますわ。」
優子は少し目を伏せ、何か悩んでいる様子を見せた。
「もしかして、男の人には聞かれたくない話かしら?薫さん、お父様とお友達を連れて外で待っていてくださる?」
美月は橘を向いて言った。
8.
三人が応接室を出た後、美月は優子を手招きして、自分の前に座らせた。
「さて、お嬢さん、お名前を……いえ、そこから当てましょう。」
美月は再び水晶玉に手をかざし、
「や、ゆ…よ。弥生さんや優子さん、洋子さんのようなお名前かしら?」
と尋ねた。
「は、はい!優子です。橘優子です。」
優子は驚いた顔で答えた。
「どうして名前を当てられたか分かる?」
優子が首ふった。
「それはね、薫さんにあなたのお名前を聞いていたから。」
美月は微笑んで言った。優子はえっという顔をして美月を見た。
「占いが全部嘘ってわけじゃないけど、こういうカラクリを使うこともあるの。さっきのライターもお芝居だったし、怖い話や呪いだってそうよ。」
美月は優しく諭すように言った。
「薫さんが、あなたが落ち込んでいるって心配していたわ。それで相談を受けたの。私が占い師というのは本当よ。失せ物をピタリと当てることはできないけど、悪いことが起こらないか、どうすれば物事が良い方向に向かうか、そういったことは分かるから、良かったら相談してね。」
そして美月は優子の目を真っすぐ見つめた。
「あのね……火曜日の帰り道に紙芝居屋さんがいて……」
しばらくおいて優子が話し出した。どうやら下校時に出会った紙芝居屋から呪いの話を聞いたらしい。
話の内容は、どこかの武家の姫君が婚礼を前に病にかかり、心残りを抱えたまま亡くなったというもので、この話を聞いた者は姫に呪われないよう神社に供物を捧げなければならないということだった。
話を聞いた美月は数秒考えてから、口を開いた。
「お話を怖くするためのお芝居ね。私も小さい頃、呪われる話を聞いてすごく怖かったけど、結局言われたことをしなくても全然平気だったの。今もぴんぴんしてるでしょ?」
「うん、でも……」
優子はまだ怖がっている様子を見せた。
「大丈夫よ。私、話を聞けばそれが本当かウソか分かるの。今の話に呪いはないわ。」
美月は優子の手をぎゅっと握った。
優子は少し安心したように頷いた。美月は優子の手を離した。
「ウソのお話だけど、お姫様が死んじゃうのは悲しいから、このお話は終わりにしましょ。他に占って欲しいことはない?」
「将来、素敵なお嫁さんになれるかな?」
優子は少し頬を染めて、尋ねた。美月は間を置かず、笑って答えた。
「占うまでもなく、なれますよ。」




