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日記(前編)


1.

 橘子爵の孫娘である優子は、今年の春から女子学習院に通い始めた。彼女の父である弁護士、橘梓は優子を溺愛しており、学校の行き帰りは女中に付き添わせていたが、2学期が始まり「ある程度は一人で行きたい」という優子の希望を汲んで、付き添いは最寄りの電停までとした。


 新学期が始まって十日ほどは、学校で新しいことを習ったとか、帰り道で聞いた紙芝居が楽しかったなどと嬉しそうに話していたが、一昨日帰ってきてからは何やら塞ぎ込んでいて、元気がない。梓は風邪かと疑ったが、熱も咳もない。本人に聞いても「何でもないよ」と言うばかりだった。


 絶対に何かあると踏んだ梓だが、無理に問い詰めるわけにもいかず頭を抱えていたところ、弟の橘薫が顔を出した。


2.

「ただいま。もうすぐ優子の誕生日だからさ、プレゼント持ってきた。」

 包みを抱えた橘が言った。これは渡りに船だと思い、梓は橘に頼んだ。

「ちょうど良いところに来た。一昨日から優子が落ち込んでいてな。お前、理由を聞き出してこい。」

 橘はすぐに優子の部屋に行ってドアをノックした。


「優子いるか?もうすぐ誕生日だろ、プレゼント持ってきたぞ。」

橘が呼びかけると、

「ちょっと待ってください。」

 と部屋の中から声がし、しばらくして優子が出てきた。確かに優子は元気がない顔をしていた。

「一緒に食堂でお茶でも飲みながら、プレゼントを開けないか?」

「わかりました。」

 橘と優子は食堂まで一緒に行った。


 橘からのプレゼントは、グリム童話集と手作りの本だった。優子のために、まだ日本版のない『胡桃割りとねずみの王様』を自分で翻訳し、綺麗な厚紙で挟んで製本したものだ。優子は読んだことのない物語に目を輝かせた。

「あと、これは伊達からだ。」

 橘は優子に薄い紙袋を渡した。

「まぁ、伊達さまから?」

 優子は驚いた表情で袋を受け取り、中身を取り出した。


 伊達からの贈り物は星座早見だった。優子は盤に刻まれた美しい星をしばらく眺めた後、橘に尋ねた。

「おじさま、これはどうやって使うの?」

 橘は分からないという顔をして、梓を呼んだ。

「お父さんに教えてもらうのが良いよ。兄貴、ちょっと来てくれ。」


 橘は食堂に入ってくる梓の元へ行って、耳打ちをする。

「優子の部屋を見るぞ。」

 梓は小さく頷いたあと、優子の隣に座った。

「お、星座早見か。懐かしいな。お父さんに任せろ!」

 梓は自信たっぷりに胸を叩いた。


3.

 橘はそっと食堂を離れ、優子の部屋に入った。ランドセルは机の横にきちんと掛けられており、本棚の教科書やノートに破れや不自然な汚れはなかった。机の上には花柄の愛らしいノートが置かれていた。日記帳だろうか。橘は

「優子、ごめんな。」と小さく謝り、ページをめくった。


 一昨日の日付を見つけると、そこには『のろいをとくには、しゅうぶんの日の前日、赤さかのじんじゃ。これはぜったいにひみつ』と書かれていた。橘は手帳に急いで書き写し、

「呪いとは穏やかじゃないな…」

 とつぶやいて日記を元に戻した。


 食堂に戻った橘はタイミングをみて梓に呪いの件をそっと話した。梓は大いに慌てたが、橘は自分の口に人差し指を当てた。

「『絶対に秘密』と書いてあったから無理に聞くのは悪手だ。今夜、伊達と会うから相談してくる。」



4.

 橘が東京魔術倶楽部に着いたとき、伊達は新聞を片手にコーヒーを飲んでいた。

「ちょっと頼み事があるんだが。」

「また厄介ごとか?」

 伊達は新聞をたたみながら、軽く笑った。


 橘は優子の日記に書かれた内容を話し、どうすればいいかを伊達に相談した。伊達は少しの間、目を閉じて何かを考え、橘の方を向いて口を開いた。


「まずは呪いが本物かどうかだ。次に本当でも嘘でも、誰が何の目的で優子さんにそれを伝えたか。」

「呪いか……だったら、伊達の実家にいる恵梨が詳しいんじゃないか?この倶楽部にいたわけだし。」

 橘が言うと、伊達は「そうだな」と返しそうになったが、恵梨とは別の人物が頭に浮かんだ。

「心当たりがあるから、明日またここで会おう。」

 伊達は橘にそう言った。

橘の姪、再びです。準レギュラーですね!

お父さんに似ず落ち着いています。

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