鰻(後編)
5.
「洋食のほうが良かったか?」
席に着くなり、少佐が河村に尋ねた。
「いえ、好き嫌いは特にありません。」
「そうか、それは良かった。」
少佐はおしぼりで手を拭きながら、ふっと笑う。人好きのする笑顔だった。
「本当は顔も拭きたいところだが、水交社だからな……やめておくよ。」
河村もおしぼりを手に取る。ひんやりとした感覚、その冷たさが心地よい。
「ビール一本と、コップを二つ。」
少佐は河村に酒が飲めるかどうか確かめもせず、飲み物を注文した。程なくして、よく冷えたビールが運ばれてくる。
「料理はもう頼んである。」
少佐はコップを手に取り、河村へと差し出した。
「飲めるか、とは聞かないんですか?」
河村の問いに、少佐は笑いながら瓶を傾けた。
「顔を見れば分かるさ。今日はこの間の礼だ。遠慮なくやってくれ。」
他愛もない話の中で、河村は歳上に見えた少佐が実は同い年だと知った。
ビールが空になる頃、朱塗りの重が二つ運ばれてくる。タレの香ばしい匂いがあたりに満ちた。蓋を取ると、炊き立てのご飯の上に大きな蒲焼きがのっている。
「特製のやつだ、さあさあ。」
少し酔いの回った少佐が、嬉しそうに促す。河村は箸を取り、鰻を一切れ口に運んだ。小骨は多いが、脂がのっていて、実に美味しい。
「美味いか?」
追加で日本酒を頼んだ少佐が、河村に尋ねた。
「ええ、とても。恥ずかしながら、鰻を食べるのは今日が初めてなんです。」
秋田の山間で生まれた河村は、郷里で鰻を口にしたことがなかった。軍医になってからは高級な店にも足を運んだが、なぜか鰻だけは縁がなかった。
「そうか……今日が初めてか。」
少佐は、なぜか少し残念そうな顔をして、蒲焼きを皿で追加した。
運ばれてきた蒲焼きは、先ほどと同じく香ばしく焼かれ、脂ものっていて美味だった。だが、小骨が少なく、格段に食べやすい。
「個体によって、骨の多さが違うんですね。」 感心したように言う河村に向かい、少佐はバツの悪そうな顔で答えた。
「最初のお重な……あれ、鰻じゃなくてウミヘビなんだよ。代替食品の味見をしてくれって、主計の知人に頼まれてな……」
河村の昔話に、橘が腹を抱えて笑ったところで、鰻重が運ばれてきた。
「ホタテウミヘビと言って、小骨が多い以外は鰻そっくりの味でした。おかげさまで、それ以来は用心深くなれましたよ。」
そう言うと、河村は静かに箸を持ち上げた。
最近寝ぼけて更新ミス多発です、すみません(汗)




