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8

 夜の庭園へと半分の月が顔を出す。

 奇岩の頂上に懸かる、右半身を暗く染めたその月が夜の深さを告げている。

 先程よりも気温は下がり、夕食前に比べて虫達の声も静かになった。

 もういい頃合いだろう。

 静かに立ち上がり、部屋の窓枠に手をかけてそっと通り抜けた。


 おそらく、この庭から奇岩の麓へ降りられるはずだ。

 ゆっくりと崖の方に向かって歩き出す。

 すると、背後で浅い息遣いがした。

 大げさに溜息を吐き、肩を落として振り返る。

 先ほど出てきた部屋から少し離れた、歩廊の屋根の上にそいつらは居た。

 目が合った一頭が歩廊から飛び降りる。

 低い姿勢で喉を鳴らしながらじりじりと近づいてくる。

「……なぁ。このまま俺を行かせた方がお前らにも都合がいいんじゃないか?」

 メリアのお願いのことなど知るはずもないだろうが、とりあえず説得を試みる。

 そもそもどれだけ言葉を理解できるのだろうか。そもそも、こいつはどっちなんだ?

 そんなことを考えながら近づかれた分だけ後ろへ下がりつつ、ふと歩廊の方へと顔を向けた瞬間、静かだった庭園の空気が動いた。


 腰に吊るした曲刀を鞘から抜かず盾代わりにして、脚を狙ってきた牙を受け流す。

 一撃を凌がれた程度で諦める気はないのだろう。懲りずに唸っては威圧してくる。

 今度は視線だけ歩廊へやると、先程まで居たはずのもう一頭の姿がなかった。

 ――狼らしいな。

 獣は人より単純だがそれゆえに、合理的な選択を取るのだとこの世界で実感させられてきた。

「お前……スコルだろ? 昼間、俺の隣にきて一緒に歩いたよな?」

 此方の話を聞いているのかいないのか、相変わらず唸ったままだ。

「何でこんなことをするんだ? 俺達、友達だろ?」

 なんて心にもないことを言えるんだろう。もしこの薄っぺらい言葉が理解されていないとしたら、その滑稽さは青天井だ。

 端から期待していなかったが、話しかけたところで推定スコルの態度は変わりそうにない。

 暫定ハティは姿を見せず気配もない。

 面倒だが最悪このまま崖まで行ければなんとかなる――などと考えたところで、スコルが飛びかかってきた。


 再び曲刀を盾にして受け流そうとするが、今度は曲刀に牙を立てられた。

 その大きな体躯から伝わる力強さは相当なものだ。

 太い首を乱暴に左右に振り、此方の手から曲刀を奪いにかかる。

 気を抜けば一気に持っていかれるだろう。

 そうはいくかと、此方も力を入れて全力で抵抗を――しなかった。

 予想外だったのか、スコルは勢い余って体勢を崩しそうになる。だがそこは流石に狼。一瞬で立て直した。

 しかし勢いのあまり、曲刀が鞘口との摩擦保持の限界を超え、鞘から飛び出し歩廊近くの鉢植えを直撃した。

 音を立てて崩れる鉢植えを見届け、つい舌打ちをする。

 まるで呆然としているかのように固まるスコルを横目に、背後から飛びかかるハティを躱す。

 初撃を躱されてもハティは止まらない。

 幾度となく飛びついてくるハティを手で()なし、身を翻してはやり過ごす。

 そうしながらも少しずつ崖の方へと進んでいく。

 遠くで何かがぶつかる音が響く。

 すると、急に我に返ったかのようにスコルも飛びかかるようになった。

 二頭になり激しさを増していく牙の勢い。流石にこれは無傷で済ませることはできないだろう。

 とりあえず一発ずつ殴ると腹を決め、軽く拳を握りしめたところで――


「待って!」


 息を切らせたメリアが現れた。

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